第10話 林香琳
ジュリーとカレンが車から降りたその時だった。
「お前たちはすでに囲まれている。おとなしくしなさい。さもないと三人とも蜂の巣になるわよ」
若い女の声がガレージに響いた。
照明が点けられた。マシンガンを持った黒づくめの数人が取り囲んでいる。そして、その中の一人が数歩前に出て来た。ボスなのだろう、体型からは女だ。
「先生、お待ちしてました」
そう言うと、女はサングラスを外した。
「山口、山口淑江ちゃんじゃないか、弁当届けに来てくれたのかい、それにしてもなんだいこれは?」
渡辺が運転席から声をかける。
「先生、まだ状況がお分かりじゃないようね。山口淑江は仮の名、私は、
山口淑江こと林香琳は、勝ち誇った顔で言った。
「騙していたのか」
「当たり前よ、騙すのが私たち工作員の仕事なんだから。それにしても日本人の男を騙すのはチョロイね。この世界の噂通りだわ。特に先生を騙すのは簡単すぎて騙し甲斐がなかったわね」
「俺たちをどうする気だ」
「もちろん、中国へ連れて帰って、一生働いてもらうことになるわね。これで私は、革命英雄、人民代議員の地位も約束されるわ。ハハハハハ、ハハハハ!」
その時、スバルサンバーが緑のプラズマに包まれた。
「あっ、渡辺、一人で逃げるか」
ジュリーが叫んだ。
スバルサンバーは消えた。
が、2メートルも離れていないガレージの中にまた現れた。二度の長距離ワープでエネルギーを大量に消費してしまっていたのだ。しばらくメンテナンスもしてないので、電池の充電容量も低下していた。電池の中の電気はほとんど残っておらず、ワープはわずか二メートルが限界だったのだ。
《この男、生かしておいては世のため人のためにならぬ。必ずや成敗してくれようぞ》
ジュリーは誓った。
しかし、そんなことを考えている場合ではない。
「この三人を連行しなさい」
山口淑江こと林香琳が男たちに命令した。
「そこまでだ。林香琳、お前たちはすでに囲まれている」
男の声が響いた。
「ジュリー、渡辺教授、危ないとこでしたね。でも、もう安心してください」
ディック・スモーラー・ジュニアが立っていた。
周囲を見ると、すでに何人ものアメリカ特殊部隊の隊員たちが、銃口を中国工作員たちに向け照準を合わせている。工作員の額には青いレーザー光線が漏れなく何重にも当たっていた。
ディックが言うところによると、スバルサンバーは秘かに監視されていて、変事が起こった時にはすぐに特殊部隊が送り込まれることになっているらしい、もちろんホワイトハウス地下にあるワープ装置を使ってだ。
「で、こいつらどうするの」
ジュリーが、縛り上げられている中国工作員たちを指さして聞いた。
「そうですね、中国大使館にでも放り込んでおきましょうか」
ディックは答えた。
「待って、お願い、私をアメリカに連れてって、本国に返されたら拷問と粛清か待ってるわ。まだ死にたくない。死にたくないのよ。お願い、先生からも頼んで」
山口淑江こと林香琳は、悲壮な顔を渡辺に向けた。
『なんで俺に振るのだ。なんで俺がこの女の命乞いをせにゃならんのだ、まったくの筋違いだろーが』
とは思ったが、ここまでされながらも、なおまだ下心を持ち続ける悲しい男の
「拷問だの粛清だのってのは、ちょいとばかり穏やかじゃないね。ディックさん、どうにかならんの?」
「徹底的・末期的・壊滅的馬鹿」
ジュリーはあきれてつぶやいた。
「そうですね、CIAとしても、この女から聞き出したいことはたくさんあります。連れて帰る価値はありということですね。ただし、この女、名前も顔も声も体型も経歴も指紋もすべて変えられてアメリカの片隅で生きることになります。それでもいいのかな?」
林香琳に異存があるはずはない。黙ってうなずいた。
ガレージに、ジュリー、カレン、渡辺の三人が残された。
修羅場が始まろうとしている。ジュリーは鬼の形相で渡辺に迫ってくる。
《殺される》
渡辺は、あわててまたスバルサンバーに乗った。
「馬鹿ね、忘れたの、そのポンコツ電池切れよ、ワープはできないわ、ハハハ」
ジュリーが笑った。
「ポンコツ、ポンコツ言うな。スバルサンバー・トランスポーターという列記とした名前があるのじゃ」
その時、
<ブルルルル、ブルルルル>
エンジンがかかった。
「ワープはできないが、普通に道路は走れるんだよ、じぁあな」
渡辺の運転するスバルサンバーは、元のただのポンコツ箱バンに戻って走り去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます