第7話 箱バン型転送装置

 渡辺は、このところ時間があればこのガレージで何やらひそひそやっている。

 ジュリーが、

「何やってんのよ」

 と聞いても、

「まあな、たいした事じゃないんだ」

 というようなあいまいな返事しか返ってこない。

 そのうち、ジュリーも関心を示さなくなった。ジュリーにとって今最大の関心事は、ママさんバレーなのである。

 最初、PTAのママさんバレーに誘われたときは、きっぱり断った。バスケットと陸上と柔道は州大会で優勝するほどだったのだが、バレーボールはルールさえ全く知らないし、仕事が終わって疲れているところに、夜にまた練習するというのも気が乗らない。

 が、環境が劇的に変わったのだ。ジュリーが一方的片思いをしている中華料理屋の主人、山岡竜一がママさんバレーの新監督になったのだ。その事を聞いた数秒後、ジュリーは上島に入部の意思を伝える電話をしていた。小学校の体育館を借りて月曜と金曜の夜に練習があるのだが、練習日は朝から落ち着かない。時間が経つのがこんなに遅いのかとやきもきする。


 “ いっそ、タイムマシンでも造ってやろうか ”


 この女、本当に造ってしまうかもしれない・・・

「おい、こんなとこで何やってんだ?」

 渡辺が、愛用のスバルサンバーを止め、ジュリー親子に声をかけた。 

「あっ、渡辺、ちょうどいいわ、乗せてって頂戴」

 と言うや、二人はスバルサンバーに乗り込んできた。 

「別にかまんが、どこに行く気だ?」

 ジュリーが言うには、この週末の土日、隣の町の市営体育館でママさんバレーの県大会があるのだが、寝過ごしてしまい遅刻をしそうなのだ。タクシーもつかまらないし、困っていたちょうどその時に渡辺が通りかかったというシチュエイションなのだ。                         

 ジュリーは、その恵まれた長身を生かした強烈なアタックでチームのエースになっていた。監督の山岡にいいところを見せようという少々よこしまな動機もあって、上達は早かった。

「しかし、これじゃ試合には間に合わんな」

 道路は渋滞気味になってきた。

「ああ、どうしよう。山岡さんに合わせる顔がない。もうダメ、山岡さんに嫌われたらわたし、死んだ方がまし」

「ママ、死なないで」

 カレンがジュリーの手を握って言う。 

「なにを大げさな、お前らには付いて行けんわ。まっ、非常時、人の命がかかっているということで、いっちょやったるかい!」

 渡辺はそう言うと、運転席の天井にあるスライド式のパネルを開いた。

 中からは複雑な計器類とボタン類が出てきた。天井を見上げながら、何やら操作をしている。

「行くぞ、準備OK!」

「何が準備OKよ?」

「ワーーープ」

 スバルサンバーは緑色のプラズマに包まれ、そして消えた。

 緑のプラズマが晴れると、外の景色が一変した。

「ママさんバレー県大会会場、ただいま到着しました」

「こそこそ何してるのかと思ったら、こんなことしてたの。でも今日のところは恩に着るわ」

 ジュリーは、カレンと車を降りた。

 渡辺は、愛車のスバルサンバーにワープ機能を搭載していたのだ。ガレージでこそこそやっていたのは、これだったのだ。ただ、思った以上に経費が掛かり、この男の口座にはほとんど残高はない。元の貧乏学者に戻っていた。


「ジュリー、早かったわね」

 すぐ後に、バレー仲間の五人が乗り合わせた車が着いて声をかけてきた。

「ええ、もう興奮して早起きしてしまったのよ。今日は優勝狙って頑張りましょうね。やるぞ!」

 ジュリーは、そう言うと右手を上げてママさんたちとハイタッチをした。

「相変わらず調子のいい女だ」

 渡辺はあきれてつぶやいた。

 

 だが、このところ渡辺はジュリーのあけすけで表裏のない性格、社交的ですぐ誰とでも親しくなれるところが羨ましく思えるようになっていた。ジュリーがカレンの手を引いてこの街へやって来て3年も経ってはいない。しかし、なんか、何10年も暮らしている人間ような錯覚を覚えることがある。それだけ街や人々に溶け込んでいるのだ。それに引き替え、四国の離島を後にして、マジソンバックを片手にこの大学に入学してから20数年、いまだに親友と呼べる人間もいない。親しく交流している人も皆無に近い。ピアニストのミッキー初音くらいだ。無論、学生とは交流はあるが、彼らは、4年もすれば、ほとんどがこの街を出て行く。


「やっぱ、俺はネクラな人間なのか」

 独り言を言うと、ため息をついた。

 そして、また、天井のパネルを開き操作を始めた。

「よーし、今日はエアーズロックにでも行ってみるか。ワープ!」

 スバルサンバー・トランスポーターは緑のプラズマに包まれ、そして消えた


「旅の目的は、もちろん目的地に着くことですが、それだけではありません。目的地に着くまでの過程、プロセスも大事な要素なんですよ」

 以前。関東日本ツーリストの社長、近藤鉄三の言った言葉が思い出された。やっぱりその通りだとつくづく思う。

 渡辺は、ワープ機能搭載の愛車スバルサンバーで、カナダ日帰り、ブラジル日帰り、キリマンジャロ日帰り登頂、南極日帰りなどをして面白がっていたが、・・・(キリマンジャロ日帰り登頂はいきなり頂上で達成感ゼロ、おまけに、サントリーローヤルの封を切りロックで飲んでいるところに豹に襲われた。南極日帰りは強烈な寒さに耐えられず、実際は数十秒帰り、風邪をひいてしまった)………そのうち飽きてしまった。今では、よほど急いでいる時とか、出張旅費を浮かせるためにしかワープはしない。


【サントリーローヤルを封を切り、ロックで入れて飲む……60歳以上の人しか分かりません。分かるとしたら、ユーチューブで「サントリーローヤル」の検索で探してみてください。すぐに分かると思います。曲は、小林亞聖です。アンジェラ・アキではありません(手紙の曲に似てますが)。】 


「こんなんじゃ、大金かけて改造なんかするんじゃなかったな。現金で置いといたほうがよかったな」

 スバルサンバーを運転しながら呟いたその時だった。


「渡辺教授、お久しぶりです」

 

 突然、後部座席で声がした。

 驚いて振り向くと、そこにはディック・スモーラー・ジュニアが座っていた。

「驚かせてすみません。ホワイトハウスからワープをして参りました。この車にもワープシステムを搭載されたようですね」     

「よく知ってますな。さすがはCIA、何でもお見通しだ。で、なんか用?」 

「いえね、ある情報が入ったもので、とりあえずは伝えておかないといけないと思いまして」

「ある情報?」

 ディック・スモーラーのもたらした情報は、この気の小さな男にとってまさに驚愕きょうがくすべきものだった。ワープシステムの存在が合衆国以外の大国に漏れた可能性が大きいというのだ。そして、現在、血眼になってその開発者と装置を探しているらしい。  

「身に危険が及ぶかもしれないので注意をしておいてください」

ディックは、こともなげに言った。

「どど、どうすりゃいいんだよ」

 渡辺が、すがるような目でディックに言った時、すでにディックは緑のプラズマに包まれて手を振っていた。

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