第6話 2億円と2億ドル

 あくる日、ディックは1億円の現金の入ったジュラルミンのケースを二つ、渡辺の研究室に届けた。

 二人は、駅前のスーパーで買った和菓子を用意して待っていた。 

「粗茶でございます。お口に合いますかどうか」

 ジュリーが、慣れぬ仕草で湯呑ゆのみに入った煎茶せんちゃを出した。にこやかに微笑んでいる。

 億の話が出るまでに二人が大見得を切って論じ上げた正論は、すでに二人の脳細胞の記憶中枢からは跡形あとかたもなく消え去っていた。 

 無論、2億ドルマイナス(1億円×2)、つまり、多少の為替レートの変動はあるが、1ドル130円として、約260億円はディック・スモーラーのふところに収まっている。

 ということで、

 ワープシステムはアメリカ合衆国に売却された。ワープ装置とともに今度こそ合衆国内で生産できるようにと、原理、構造、仕組、操作等々、すべてをレクチャーするという条件だった。面倒なので最初は渋った二人だったが、ディックの一回のレクチァー「10万」という呈示に、即、飛びついた。

 ここでも、10万ドルと10万円の違いに気が付いていない。もちろん、(10万ドルマイナス10万円の差額)×2は、ディックの懐に収まることになる。

 全米から天才の名をほしいままにしている人材がホワイトハウスの地下の特別室に集められた。今回は、政府機関、軍に関係なく広く民間からも招請されている。また年齢に関係なく、ハイスクールの生徒も何人かいた。

 ジュリーがレクチャーを担当し、渡辺が実際に組み立てを実演するという方法がとられることになった。ホワイトハウスまでは当然ワープ装置を使用するので、日本と往復する時間も交通費もいらない。

 体制は万全に思われたが、三回目あたりのレクチャーからすでに脱落者が生じ始めた。ジュリーは、かなり分かり易くしたテキストを用意していたのだが、それでもやはりレベルが高すぎるのだ。


「ビル、だめよ、スティーブのノート写しちゃ。ちゃんと自分で考えなさい」

「はーーーい」

 

「テッペン・ハゲマー博士、寝ちゃだめでしょ」

「いかんいかん、歳を取るとすぐに眠たくなる」


 てな具合である。


 自他ともに認める天才たちは、初めて味わう屈辱と挫折にさいなまれ、涙を飲んで去って行った。最初、20名いたのが、10名となり、5名となり、そして、最後までただ一人頑張っていたスティーブが、ハードワークが祟り入院した。そして、このプロジェクトは終わった。

 これじゃ少々後味がよくないということで、渡辺が残りの部分を急いで組立て、ホワイトハウスの地下室に置き土産として置いて帰った。

 

「ディック、また失敗か、情けないね」

 大統領のボキャナンがぼやいた。 

「いや、ジョン、そうでもないぜ、とりあえずワープ装置一台は確保したんだから、よしとしなくっちゃ」

「そんなもんかな」 

「考えてもみろよ、ジョン、これがありゃクレムリンにでも、北京の中南海にでも、キューバの革命広場にでも、特殊部隊をいつでも好きな時にダイレクトに送り込めるんだぜ。奴らの首根っこ掴んだようなもんだ」

 ディックはボキャナンの肩をたたきながら言った。

「だよな、だよな、そうだよな、俺たちの勝利だ。合衆国の勝利だ。パキス・アメリカーナ、ブラボー」

 特殊部隊に限らず、小型核爆弾でも、生物兵器でも、化学兵器でも何でもダイレクトに送り込めることをこの二人の男はまだ気が付いていない。永遠に気が付かないことをひたすら祈るのみである。

 

 渡辺は、ディック・スモーラーが置いていった現金で大学の近くに土地を買い、小さな研究室を建てた。そして、ついでにガレージも隣接して造った。全部で5000万円ほどかかった。


“ 何であんな貧乏学者にそんな金があるんだ ”


と税務署に疑われるのが普通だが、ジュリーと二人で買った宝くじが当たったことになっていた。一等前後賞合わせて2億円である。ディックが仕込んだことなのだが、CIAという組織にとって、そのくらいのことは朝飯前なのだろう。

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