第5話 越後屋の菓子箱

 渡辺とジュリーは研究室でディック・スモーラー・ジュニアと会っていた。今回は、大学を通して正式にアポを取ってきたのだ。会わない分けにはいかない。

「どうか、我がアメリカ合衆国に御協力していただけませんか」 

ディック・スモーラーはそう言うと、かたわらから風呂敷包みを差し出した。中から桐の菓子箱が出てきた。 

「中をお改めください」

 ディックがにやりと笑う。

 渡辺が桐の菓子箱を開けると、そこには最中もなかが並べられていた。 

「二段になっております」

「えっ」

 渡辺が上の段の下紙をそろっと上げて二段目を見ると、そこには小判が敷き詰められている。

「これは……」

「チョコレート小判でございます。越後屋セットと申しまして、山越やまごえデパートのヒット商品でございます。上のお菓子は、他に大福、海老煎えびせん金鍔きんつばなどに変えることもできます。 

 これはほんの挨拶代りでございまして、場合によっては、下のチョコレートも、もっと光り輝くものに変えることができますでございます」

「…………」

 これの意味するものは何か?

 渡辺もジュリーもおおよその筋は理解した。だが、ほいほいと乗ってしまうのもさすがに情けない。

 渡辺が口を開いた。

「なんだかんだと言って、結局は軍事に利用するんでしょ。いつもそうだ。最新技術は何でも最初は戦争に使われるんだ。そして、戦争で使う必要がなくなった時、平和利用なんてきれいな言葉で、今度は商売に使われるって訳だ。科学者はいつも利用されてるだけじゃないか」


 《おっ、渡辺、なかなかやるな、見直したぜ》

 

ジュリーがその後を続けた。

「そうよ、その通りよ。核にしたって、人工衛星にしたって、レーダーにしたって、全てそうじゃない、私たち科学者は、金輪際、軍事、戦争の道具に使われるのは願い下げよ。ゼニカネの問題じゃないわ」

「いえ、軍事なんてもっての外、我々は当初から平和利用を考えておりまして」

 ディックは、ハンカチで額の汗を拭っている。

「どんな平和利用よ。具体的に言ってちょうだい」 

「どんな平和利用か具体的にとおっしゃられても、それは私どもが考えるようなことではございませんですし………」

「答えになってないじゃないの」

 ディックは、少しの間、視線を遠くにして考えていたが、おもむろに口を開いた。 

「とにかく、私ども代理人といたしましては、契約の成立を目指しているわけで、それには、ゼニカネの問題は避けては通れないわけでして、とりあえず、一応、ゼニカネの事、御気分を悪くされるかもしれませんが、話しておきましょうか」

 渡辺は、その言葉にうなずいた。 

「それはそうでしょう。代理人としての役割は果たさないといけない。その立場は十分理解しております。一応ね、一応一応、とりあえず一応、ゼニカネの事なんか本当は聞きたくはないけどね、一応だけね、ゼニカネの事、聞いておきましょうか」

「そうね、わたしもゼニカネの事なんか全然興味ないけど、スモーラーさんの立場もあるしね。一応、一応だけね、聞いておきましょう」

 ジュリーも相槌を打った。 

「それでは、これはゼニカネの問題ではないことは当然のこととして、一応、一応、私共が考えている金額を呈示しておきます。お二人様それぞれにズバリ一億というところでいかがですか」

 ディック・スモーラーは、人差し指を一本立てて、二人に示した。

「いいい、い…ち…お…く…え…ん…」

二人は目を合わし、同時に立ちあがった。

 そして、同時に。

「よろしくお願いします」

 と言って頭を下げた。

 交渉は成立した。

「奴ら、確か、1億円って言ったよな。俺は、1億ドルのつもりだったのにな。まあいいか」

  帰りのタクシーの中で、ディックは独り囁いた。


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