第3話 転送装置の解析
ミスター・トリックのマジックショーの世界ツアーの中止が発表された。トリックの健康上の問題という、取って付けたような理由であった。が、実際は、3000万ドルで手を打ったのだ。
ワープ装置の分析が始まった。全米の理工系大学の研究員、NASAの技術者、航空機メーカー、三軍のエンジニアの中から選抜された者達が分析を担当した。装置を分解しながら、複雑な構造を確かめ,部品の一つ一つを解析していった。
そして、その結果、
《壊してしまったのである》
何とか組み立てて、再作動をしたところ、
《爆発してしまったのである》
従来の常識では何に使うか判断できない部品が数多く使われており、初めて目にする仕組み、構造だったので混乱するのも仕方がない。そもそもの原理が理解されていないので、土台無理なことなのである。電燈をやっとこさ発明したエジソンにコンピュータを造れと言っているようなものなのだ。結局、何も分からず、黒焦げになった電子レンジが二台残っただけだった。
黒焦げになった電子レンジを見て、ミスター・トリックは気を失った。そして、うつ状態になり寝込んでしまった。本当に病気になってしまったのだ。
大統領のボキャナンの怒りは頂点に達した。
「誰も分からんとは何たること。わが合衆国の技術はこの程度だったのか!」
「あのう、お忙しいところお邪魔でしょうが、よろしいでしょうか」
渡辺の研究室のドアを少し開けて、顔をのぞかせている男がいる。
「あ! チョビヒゲ」
ジュリーと目が会った。
「ご
「これは、これは、トリックさん、お久しぶりです。どうぞ、どうぞ……」
渡辺が招き入れた。
トリックは、台車に乗せた段ボール箱を二つ運び込んだ。
「マジックショーの全米ツアー、大成功だったようですね。で、なんか
「まあ、なんとかかんとか生きております。それよりもこれを見て欲しいのでございます」
トリックは、運び込んだ二つの段ボール箱を指さした。
「これは?」
段ボールの中からは黒焦げになった電子レンジが出てきた。
「壊してしまったんですよ。修理していただけないかなと思いまして。一応、メンテナンス契約もしておりますし」
「しかし、これはひどい」
メンテナンスと言っても、これはかなりの手間と時間がかかるな、と渡辺が思ったその時だった。
「ちょっと待った!」
ジュリーの声が響いた。
「メンテナンスってのはね、通常の使用をしていて壊れた場合に限るのよ。これはどう見ても分解かなんかをしやがったな。ここなんか部品の位置が全然違うじゃないの。配線だっておかしいし」
「確かに、よく見ると、これ相当いじっているな」
渡辺も装置を見ながら頷いた。
ジュリーは続けた。
「さては同じもん、いくつも造ってやろうなんて思いやがったな。これはね、世界の一流科学者なんて奴らが束になってもできないのよ。だから、特許なんて奴もいらないの。分かる? トリックさん」
「よくわかります。この目で確かめましたので…」
「残念でした。そういうことで、メンテナンス契約の範囲外。修理なんてしません。さあ、帰ぇった、帰ぇった」
「そんな殺生な……」
ミスター・トリックは、また段ボールを二つ台車に乗せ、部屋を出て行った。
窓の外に広がる武蔵野台地、その丘陵のひとつにあるこの大学のキャンパスの芝は昨晩からの雪で白く染まっていた。しばらくやんでいた雪もまた降ってきている。肩を落としたトリックの後ろ姿も、激しく舞う粉雪の中に消えていった。
ジュリーがカレンを連れ、着の身着のままでこの街にやって来て早や二年が過ぎようとしていた。
「あの時も雪が降ってたわ」
ジュリーは小さな声でささやくように呟いた。
見ず知らずの初めての土地にやって来て、カレンの手を引いて駅に降り立ったとき、季節外れの粉雪が舞った。そのことを思い出していた。
「なんか、あの後姿見てると、ちょっと可哀想ね」
「だったら、ジュリー、お前が直してやったらどうなんだ」
「あそこまでひどいと、直すより最初から造った方が手っ取り早いわ。でも、造るといっても、かかりっきりでふた月は要るし、他の仕事の事考えると、今更あんなのばっかりに関わっていられないし」
「まぁーな」
だが、渡辺は、トリックが帰る間際に言った言葉が気になっていた。
「このまま私が帰ると、次にやってくるのはCIAですから気を付けておいてくださいよ。やつらは絶対にやってきます。そして、あなた方を拉致します」
一種の脅しだろうか、それとも錯乱しているのか。
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