第2話 ミスター・トリック誘拐
数日後、ミスター・トリックの身柄とワープ装置は確保された。全米ツアーが終わってハワイの高級リゾートホテルで休暇を取っているところだった。偽名を使い、スタッフの誰にも居場所を教えず連絡も断っていたので、少々手間取った。
《もしや、すでに他国が?》
ディック・スモーラー・ジュニアの脳裏に不安がよぎった。が、
「大統領、身柄も装置も確保しました。御安心ください。現在、輸送機でそちらに向かっております」
ディックは、空軍の輸送機の中から大統領執務室に電話をかけてきた。
「でかしたぞ、ディック、早くその装置を見てみたいぜ」
「お楽しみに、7時間後にはホワイトハウスに到着しますよ」
「深夜じゃないか。だがな、これだけは寝ずに待ってるぜ。原爆を手にした時のトルーマンの気持ちが良くわかるぜ」
“人間は、新しい物、誰も持ったことのない道具を手にした時、それを飾っておくだけでは納得しない。使ってみたくなるという誘惑は本能に近いものがある。色々、それなりの後付けの理屈を付けてはいるが、原子爆弾を手にした時のトルーマンもそうだったに違いない。簡単に言えば、要するに「誘惑に負けた」のだ。本当に考えた上でのことならば、いきなり国際法に完全に反しているような使い方はしないだろう。どこかの無人島にでも落としてその破壊力を見せ付ければそれでいいのだ。次は皇居の上だと威嚇するのが、物事の順序と言うものだろう。順序を守ってさえいれば、何十万人の非戦闘員の犠牲はなくて済んだかもしれない。誘惑に負けたトルーマンは、合衆国に永遠に消えない恥辱を刻んだことになった。”
ジョン・F・ボキャナンは、原子爆弾の投下命令を下したトルーマンを自分なりにかように分析していた。だが、冷静に分析しつつも、自分がその誘惑に勝てるかどうか確たる自信は持ってはいない。しかし、これだけは言える…「勝たねばならない」…。この装置を手にした時からジョン・F・ボキャナンという一人の人間が試されるのだ。
「俺は絶対にトルーマンにはならない。なってはいけない」
そうつぶやくと両の拳を握りしめた。
目隠しを外されたミスター・トリックは、目の前に合衆国大統領ジョン・F・ボキャナンが立っているのを見て腰を抜かした。
「ようこそ、ホワイトハウスへ、ミスター・トリック、大統領のボキャナンです」
ボキャナンは手を差し出し、トリックを引っ張り起こすとそのまま握手をした。
「今回は手荒なことをして申し訳ない。事は秘密裏に運ばないといけないものでね。もちろん、迷惑をかける分は精いっぱいの保証をしますよ」
大統領はにこやかな笑顔で言った。
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