概論
本当に偶然だった。
偶然地元から二時間ほどのこの町で。
偶然訪れた不動産屋が紹介した物件で。
偶然気に入ったこのアパートの一室で。
俺と現川は再会を果たした。実に十年ぶりの事だった。もっとも、これを再会と言っていいかはわからない。なぜなら彼女は月並みな言い回しをするなら、「幽霊」のような存在になっていたからだ。こちらに危害を加えるわけでもなく、話しかけてくるわけでもない、よくできた置き物のような幽霊に。
彼女は死んでしまったのだろうか。気になったが調べる気にはなれなかった。知ったところで気が滅入るだけだし、そもそも調べる当てもツテもない。生活への支障もそこまでない。彼女との半強制的な同棲生活は、最初の方こそ慣れなかったものの、だんだん気にならなくなって、いつしか日常の風景の中に溶け込んでいった。
だから話しかけたのは本当に久しぶりのことだった。結果は先述のとおりだったが。
「重症だな………」
このままだと俺も化けて出ることになってしまうかもしれない。
候補としては両親と山祇あたりだろうか。あとは俺を嵌めた編集部のやつ。
「………………」
空しい。空くて空くてたまらない。時間があると考えてしまう。どうしようもない詮無いことを。それはつらい。孤独は辛い。一人は怖い。どれだけ言い訳しようとそれは変わらない。心の奥に澱のようにたまっていく。だから忘れなくてはいけない。とにかく動かなくてはならない。考える時間を、無くさなくては。
心の中で五秒数えて、一息にベッドから起き上がる。それから重い足をひきずって洗面台へ向かう。
時刻は昼過ぎ。今日は平日。
外に出るなら今しかない。
「あの、うちでは新500円玉使えないんですよ」
目の前では精算機がガタガタと聞いたこともないような音を立てている。顔を上げれば店員のお姉さんの愛想笑い。……気まずい。
やってきたのは最寄りのコンビニ。会話の糸口を見つめるために何か買おうとか考えた俺がバカだった。素直に最初から言えば良かったのだ。「バイトの募集を見てきたんですけど」と。しめて十六文字。たった十六文字のために更なる難関を呼び込むことになろうとは。情けなさすぎて死にたくなる。
こういうときどう対応すればいいんだ?
普通なら千円札でもだして乗り切るところだが、あいにく俺はこの500円玉一枚しか持ち合わせがない。というかほぼ全財産だ。「じゃあやっぱりいいです」とかいって会計を断るべきか? いや流石にそれは恥ずかしすぎる。さしもの俺にも多少のプライドはある。いい大人が、それをするのはかなり厳しい。できればしたくない。したくないが……手詰まりだ。まずい。思考がまとまらない。言葉が、でない。いっそここから逃げ出してしまおうか。結局俺には無理だったんだ。こんなところで詰まってるようじゃ、どうにもならない。もう一生ここで買い物することはできなくなるけど仕方ない。あるいは--------。
「よう五日。探したぞ」
不意に背後から声が降ってきた。
----懐かしい声だ。いつも俺に手を差し伸べてくれた、あの声だ。
振り返るとそこには案の定奴がいた。
すらりとした長身に精悍な顔立ち。真新しいスーツを着こなす俺の幼なじみ。そして、今の俺にとっての救世主。山祇遊馬がそこにいた。
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