第32話

「……では、行ってきますね?」

「ああ、気をつけてな」

 結局、俺たちはグズグズに最後の素材を採ってきて貰う事にした。

 この調子で登っていたらいつになるか分からないし。何よりレイラが心配だ。

「……皆さん、ここまでありがとう御座いました」

「ん?」

 グズグズはそう言い残すと壁を登り始めた。

 小さな身体を駆使して、グズグズはスルスルと高地へと向かう。

 それを俺たちは下から見上げているだけだった。

「カカポ。妙だとは思わないか?」

「ああ、グズグズが今日に限って焦ってるように見える」

 今日のグズグズは普段の彼らしさを欠いていた。

 普段の彼は鷹揚に構えていて、多少の事では動じたりはしない。

 それなのに、今のグズグズは先を急ぐあまり俺たちを置いて一人で行ってしまった。

「それだけでは無い。ヤツはさっき『ありがとう御座いました』と言った」

「何て言うか、今生の別れみたいに聞こえたよな?」

 俺とレイラは頂上に到達し、見えなくなってしまったグズグズの事を考えていた。

 本当に小さな違和感だったが、嫌な予感がしてならなかった。

「……グゥゥゥオオオォォォ!!!」

「!?」

 その時、高地の頂上から聞いた事も無いようなうなり声が聞こえてきた。

 声の大きさからしてかなり大きい生き物のようだった。

「カカポ!急いで登るぞ!!」

「分かってるよ!!!」

 俺たちは待つのを止めて急いで段差を登り始めた。

 頂上で一体何が起こっているのだろうか?グズグズは無事だろうか?

「カカポ!急げ!!」

「急いでるよ!これが限界だよ!!」

 俺たちは必死の思いで段差を登り続けた。

 もう、ペース配分なんて関係ない。無我夢中で登り続けた。

「グズグズ!!」

「無事か!?」

 俺たちは頂上まで登ると、そこに居るであろうグズグズに呼びかけた。

 だが、事態は俺たちの想定する最悪の状況だった。


「なん……だ?コイツは……!?」

「オミゲイだ」

 俺たちが見たものは巨大な銀色に輝くモンスターだった。

 脚は四本、腕は二本、口は顔と胴体に一つずつある見た事も無いモンスターだった。

「オミゲイって何だ!?」

「伝説上にだけ存在する最強のモンスターだ」

 俺は最強のモンスターが突如として出現した事に驚いた。

 だが、それ以上にグズグズが何処にも見当たらない事が気がかりだった。

 もしかして、このオミゲイとか言うモンスターに食われてしまったのだろうか?

「……随分急いで登ったようだな?二人とも汗だくじゃ無いか」

「コイツしゃべれるのか!?」

 俺は目の前のオミゲイに突然、話掛けられたものだから思わずそう言ってしまった。

 オミゲイは見上げるくらいある巨大なモンスターだ。

 コイツの機嫌を損ねたら俺たちなんてひとたまりも無い。

「最強のモンスターに知性が備わっている事くらい当然だろうが」

 オミゲイは黒いロートスの花畑の真ん中で得意そうに語っていた。

 俺はオミゲイのすぐ下である物を見つけた。

「あれはグズグズのはいてたズボンと靴!?」

「それだけではない!グズグズの手荷物が落ちている!!」

 グズグズのズボンと靴は無残な姿になっていたが、手荷物はほぼ無傷だった。

 それがオミゲイの下に落ちていると言う事はやっぱりコイツがグズグズを!?

「お前!グズグズをどうした!?ここにレッサーデビルが来たはずだぞ!!?」

「そんな弱いモンスターはここには居ない。居るのは最強のモンスターだけだ」

「……てめぇ!!?」

 この野郎!俺たちの仲間をまさか!?許さねぇ!!

 俺はとっさに愛用の斧に手を掛けた。コイツだけは許せないと思った。

「待て!カカポ!!」

「止めないでくれレイラ!コイツだけはぶっ殺す!!」

 この戦力差だ。戦えば死ぬ事くらい分かっている。

 だが、命を預け合った仲間を殺されておめおめと引き下がれるだろうか?

「グズグズはコイツだ!進化の秘薬でグズグズがオミゲイに進化したのだ!!」

「何だって!?この化け物にグズグズが!!?」

 以前、グズグズは進化の秘薬で強くなりたいと俺に語っていた。

 だが、まさか最強のモンスターになりたいと思っていたとは。


「く……くくっ……くくくっ」

「どうしたグズグズ?急に笑ったりして」

 そうは言ったが、俺にはグズグズの気持ちが分かるような気がした。

 だって、長年の夢が叶ったのだから嬉しいに決まっている。

「はーーっはっはっは!我が最強!最強のモンスター、オミゲイ様だ!!」

「カカポ、何だかグズグズの様子がおかしいぞ?」

「……うん」

 グズグズはまるで別人のようになっていた。力に酔いしれている様に見えた。

 コイツは本当に俺たちが知っているグズグズなのだろうか?

「この力があれば奴らに仕返しが出来る!我の力を思い知らせてやる!!」

「何言ってんだグズグズ!?お前はその力で一族を繁栄させるんだろ!?」

 グズグズは常々、俺に自分の一族の窮状を語っていた。

 そして、一族をもっと住みよい場所に移してやりたいと燃えていた。

「あん?一族だと?そんなものはどうでも良い。弱いヤツは死ぬだけだ」

「何だって!?」

 俺はその言葉を聞いて悟った。グズグズはもう、俺たちの知る彼ではない。

 オミゲイの力を手に入れて人が変わってしまったのだ。

「ひとまず、この力を試してみるとするか……」

「何をする気だ?グズグ……」

 俺がそこまで言いかけた瞬間、グズグズの口から一条の光が放たれた。

 光は遠く離れた山にぶつかり、山は溶岩の塊となって爆発した。

 子供の頃、映画で見た巨神兵の一撃にそっくりだった。

「うわぁぁぁあああ!!!」

「きゃぁぁぁあああ!!!」

 俺とレイラは押し寄せた爆風に危うく飛ばされるところだった。

 進化の秘薬でこんなにも強大な力が手に入るなんて信じられなかった。

「素晴らしい!この力があれば地上の全ての者が我に平伏するに違いない!!」

「止めろ!グズグズ!!そんな事をして何になる!?」

 俺は別人と化したグズグズの前に立ちはだかった。

 彼を凶悪な破壊神にする訳には行かなかった。旅の仲間として。

「……どけ」

「うわっ!」

 グズグズは巨大な人差し指で俺をピンと弾いた。

 まるで虫けらのように俺は高地の端まで飛んでいった。


「カカポ!大丈夫か!?」

「ああ、何とかな」

 派手に飛ばされた割に、俺は大した怪我をしていなかった。

 俺たちは変わり果てた旅の仲間を見た。

「カカポ、もうこうなったらグズグズを倒すしか無い!」

「グズグズを倒すって殺すって事か?そんなのダメだ!!」

 俺もレイラもグズグズもここまで歯を食いしばって手を取り合って助け合ってきた。

 それなのにその仲間を最後の最後で手に掛けるなんて出来るだろうか?

「しかしもうそれしか方法が無い!グズグズもまだ完全な状態では無いはずだ!!」

「いいや、俺は諦めないね!絶対にグズグズを助ける方法があるはずだ!!」

 俺にはグズグズをまだ元に戻せるという確信めいたものがあった。

 俺は何か使えるものが無いかと荷物を全てひっくり返した。

「なぜグズグズを助けられると思う?もう、アレはグズグズでは無い!!」

「俺が生きてるからだ!グズグズがその気になれば、俺はもう死んでるはずだ!!」

 さっき、グズグズは俺を弾き飛ばしてどけた。それも俺が傷つかないように。

 それはオミゲイの中にグズグズの心がまだ生きているからだ。

 彼を救える確率は、限りなくゼロに近くてもゼロでは無いはずだ。

「あった!コイツを使おう!!」

「腐った卵?そんな物で一体何をする気だ!?」

 俺はレイラの質問に答えもせずに、再びグズグズの前へと立ち塞がった。

 彼の身体は徐々に変化し、本当のオミゲイに近付きつつあった。

「グズグズ!!」

「またか。隅で大人しくしていれば良いものを……」

 グズグズは面倒くさそうに再び俺をどけようと手を伸ばしてきた。

 だが、今度はさっきとは違うぞ?

「グズグズ!あーんしろ、あーん」

「あーん?」

 俺は開いたグズグズの口にさっき掴んだ腐った卵を放り込んだ。

 卵は吸い込まれるようにグズグズの口の中へと入り、そのまま飲み込まれた。

「……どうだ?」

「我に何を飲ませた?言っておくが、我には……」

 そこまでグズグズが言いかけた時、彼の腹から地響きのような音が聞こえた。

 どうやら、俺の読みが正しかったようだ。これでグズグズが戻れば良いが。

 それから今から起こることは、最悪のラスボスの倒し方だと思う。

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