第31話
その夜、俺は何となく寝付けなくて小屋の外へこっそりと出た。
外の風に当たりたいと思っての事だったが、そこには既に先客が居た。
「レイラも寝付けないのか?」
「……ああ、これで全てが決まるのかと思ったら寝付けなくてな」
レイラは石段の上に腰掛け、静かに夜空を見上げていた。
俺はその隣に座ると、彼女に何か言った方が良いかとあれこれ考えた。
「カカポはどうする気なんだ?」
「え?何が?」
レイラは一体、何の事を話題にしているのだろう?
どうする気って明日の朝飯の事?俺が当番だっけ?
「進化の秘薬の事だ。何に使う気だ?」
「ああ、何だそれの事か。俺は朝飯の話しをしているのかと……」
「たわけが!そんな事を気にして眠れないのは貴様だけだ!!」
俺だって別に朝飯の事を気にして起きているわけでは無いぞ?
でも、それは今は関係ないから置いておこう。えっと何の話しだっけ?
そうだ、進化の秘薬を使って何をするかを訊かれてるんだった。
「どうする気かは考えてないけど、オークは止めるつもりだよ?」
「それはオークが醜いからか?」
レイラは俺が不細工な顔をコンプレックスにしている事を知っている。
だから進化の秘薬を使って顔がまともな種族になるのかと訊いているのだ。
「それもあるけどオークって子供を残せないんだ」
「貴様、子供が欲しいのか?」
レイラは意外そうな顔をしてこっちを見た。そんなに意外か?
ススレだって自分の生きた証を残せない事を少し気に掛けていた。
「俺だって自分の子供に興味があるさ。一生、一人じゃ寂しいからな」
「なるほど。貴様は家族を求めているのだな」
レイラは妙に納得したような顔をして少し笑っていた。
両親から追放されたレイラには家族が居ない寂しさが分かるのだろう。
「確かに今は仲間が居るけど、これが終わったら離ればなれになっちゃうからな」
「だから自分の帰る場所が貴様は欲しいのだな?」
「それくらいしか今は考えてないかな?詳しい事は何も詰めてないよ」
「……カカポ、明日は大変な一日になる。しっかり休んでおけよ?」
「うん?」
レイラはそう言うと、俺を置いて小屋の中へと戻っていった。
翌朝、俺が目覚めた頃には小屋には誰も居なかった。
俺が熊のような姿になって小屋から顔を出すと、東から日が昇り始めていた。
「う~~寒っ!この辺りは朝も寒いんだな!?」
「おはよう御座います。カカポさん」
「あれほど早く寝ろと言っただろう!?」
俺は朝起きて一番にレイラに叱られてしまった。
この半年間で何回も繰り返したやりとりだったがこれもいずれ終わる。
進化の秘薬を手に入れたら、俺たちはバラバラになってしまうからだ。
「……ああ、ごめん」
「どうかしたんですか?カカポさん」
「いや、何でも無いんだ!さて、今日も張り切って行きますか!!」
この旅が終わる事はもう決定してしまっていて変えられない。
ならば、せめて気持ちの良い終わり方をしたいものだ。
その為には、こんなしけた顔をしていてはダメだ。
「何だか今日のカカポさんは嫌に元気ですね?」
「そんな事はねぇよ!?グズグズ、今日の朝飯の当番は俺だっけ?」
「いいや、それは私の当番だ」
俺たちは最初の頃よりいくらかマシになったレイラの料理で腹ごしらえした。
本当に彼女の料理の腕はこの半年間で上達したとしみじみ思う。
俺たちは食後にコーヒーのようなものを飲みながら相談した。
「秘境に咲く花ってどんな花なんだ?」
「私も見た事は無いが、何でもロートスに似た黒い花らしい」
ロートスとはこの世界に咲く花で、睡蓮に見た目が似た花だ。
と言うことは、水辺を探せば良いのだろうか?この山の中から?
「ロートスがこんな山奥に生えてるのか?」
「黒いとありますから、高山植物の仲間だと考えられます。可能性はあるかと?」
確かにグズグズの言うとおり、高山植物には黒い花があったりする。
ギアナ高地などには低いところでは見られないような珍しい花が咲くようだ。
「って事はこの山中のどこかに黒いロートスがあるんだな?」
「そうである事を願うだけだ」
「よし!それじゃあ、さっさと片付けちまおうぜ!?」
俺たちは手早く片付けと身支度を終えると、早速探索に出た。
目指すは最後の素材、秘境に咲くと言われる黒いロートスだ。
俺は寂しいような嬉しいような気持ちを抱えて山を登り始めた。
「あのでかいのがそれじゃ無いか?」
「かも知れんな」
俺たちの目の前には巨大な高地がそびえたっていた。。
俺は山をイメージしていたが目の前にあるのはそれとは大きく違うものだ。
まるで誰かが削り出して作ったかのように垂直の崖の上に平らな大地が乗っていた。
「……これが高地なのか」
「僕もこんなのは初めて見ました。さすがは『神の彫刻』ですね」
確かにそう表現したくなる気持ちも分かる。
とても自然に出来た地形とは思えないくらいにまっすぐに切り立っているからだ。
これを登るのって一体どうすれば良いんだろうか?
「こんなの一体どうやって登れば良いんだ?」
「わずかには凹凸があるようだな。よじ登るしかあるまい」
そう言うと、レイラは腰にロープを結びつけた。
この壁をマジで登ろうって言うのか?俺に出来るだろうか?
「先に行くが、のぞき込むなよ?」
「そんな事しないよ!」
レイラは壁のへこみや出っ張りに手を掛けると、壁を登り始めた。
俺はレイラより重いから、彼女と同じ方法では登れない。
「どうしよっかなぁ?」
「……カカポさん、僕も先に行きますね?」
グズグズの登れないまま立ち尽くしている俺を置いて登り始めてしまった。
まあ、グズグズには俺の手助けなんて無理だから良いんだけどね。
「ほら!これにつかまれ!!」
レイラが上からロープを垂らしてきた。彼女がさっき腰に結んだものだろう。
なるほど、これロープを使って壁を登るのを手助けしてくれるのか。
「じゃあ、レイラの厚意に甘えて登るとしますか」
俺はロープを自分の腰に結ぶと、壁の凹凸に取り付いた。
自分一人の力ではこの壁は登れないが、手助けがあれば何とか登れる。
高地は階段状に段が付いていて、レイラとグズグズはは一段目に居る。
「……カカポ。お前、少し痩せろ」
「オークは太りやすい体質なんだよ!これでも痩せてる方なんだぞ!?」
自分ではそう反論したが、実際オークの俺は太っている。
多分、体重が百五十キロから二百キロくらいあるはずだ。
レイラとグズグズにとって、今の俺はとんでもないお荷物のはずだ。
「フゥー、やっと一段目に登り終えた」
俺は二十分弱も掛けて一段目の段差を登り終えた。
だが、まだ四段も残っていてこれから一時間以上も登り続ける事を意味していた。
「ここで一度休憩しよう」
「……はい」
レイラは段差に腰掛けて休憩し始めた。彼女は三人のい中で一番疲労していた。
こんな図体のでかいオークを引き上げたのだから当たり前だ。
「はぁ~」
「……」
額から汗を流し、水をあおる彼女を見て俺は何だか申し訳なくなってきた。
レイラは別に進化の秘薬なんて要らない。秘薬を求めているのは俺だ。
それなのに、俺はレイラに引き上げて貰ってようやく登ってる。
「なあ、俺はここで待ってるからレイラたちは先に行けよ」
「黒いロートスが必要なのは貴様であろうが。貴様が登らずにどうする?」
確かにレイラが言うとおり、ロートスが必要なのは俺とグズグズだ。
レイラに花を採ってきて貰っては意味が無い。自分で手に入れるのが筋だろう。
「……僕が行ってきましょうか?」
「グズグズ?貴様まで何を言っている?」
状況を見かねたのか、グズグズが一人で登ると言い出した。
グズグズは身体が軽く、さっきも難なく壁を登って見せた。
適任と言えば適任だ。少なくとも俺よりは。
「黒いロートスは僕にも関係ありますし、それなら問題ないですよね?」
「だが、それではカカポがただここで待っているだけであろうが!?」
しかし、レイラはあくまでも俺が自力で手に入れないと意味が無いと主張した。
ここで座って待っているだけで願いが叶うなんて、確かに虫の良い話しだ。
「カカポさんはここまでずっと頑張ってました。僕たちを助けてくれた事もあります」
「それはそうだが、最後の最後でただ待っているだけと言うのは……」
グズグズの意見に徐々に押されていくレイラ。
俺はどっちに加勢するべきだろうか?合理性をとるか達成感をとるか。
「カカポさんも何か言って下さい!このままじゃレイラさんが疲れ果てちゃいます」
「……グズグズに託そう。それが一番良い」
俺が登ると言えばレイラは手助けしてくれるだろう。だが、それで良いのだろうか?
レイラは俺が一段登るだけでもこんなに疲れている。
これ以上の苦労をレイラに強いて。それで俺は達成感なんて得られるだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます