第33話

「ぐぉぉぉおおお!!!???」

「……どうやら効いたみたいだな」

 グギュルルルと言う音を立ててグズグズの腹は入っていた異物を排出しようとした。

 グズグズは腹を抱えて苦しそうにもんどりを打った。

「我に何を飲ませた!?」

「腐った卵だよ!うっかり使い忘れて背嚢の中で眠ってヤツだ!!」

 前世で傷んだ卵を卵かけご飯にして食べた経験が一度だけあった。

 あの時の苦しみは文章では表せないくらい壮絶なもので、あのまま死ぬかと思った。

 おそらくグズグズもあの時、俺が味わった苦痛と同じ物を感じているはずだ。

「ぬおおおぉぉぉおおお!!!」

「そろそろだな。さあ、腹の中の物を全部出しちまえ!!」

 おそらく今のグズグズは腐った卵のせいで腹を下している筈だ。

 そして、腹を下した時にする事なんて決まり切っている。

「カカポ!グズグズはどうなっている!?」

「今からグズグズの腹から進化の秘薬を全部出させる!」

 俺がグズグズに腐った卵を食べさせた真の目的、それは彼に下痢をさせる事だ。

 下痢と共に進化の秘薬がグズグズの体外に排出されれば彼は元に戻る。

 そう睨んだから一か八かでこんな手段に出たのだ。

「待てカカポ。それはつまりグズグズが……」

「この状況じゃ綺麗も汚いも言ってられないだろ!?」

 俺がレイラにそう説明した次の瞬間、グズグズの肛門から全てが吐き出された。

 大量の排泄物が見る見るうちに山となって高地に積み重なっていった。

 その一方でグズグズ本人は見る見るうちに小さくなっていった。

「うぐぉぉぉおおおぁぁぁあああ!!!」

「よし!狙い通りになったぞ!!」

「この大量のモノも狙い通りなのか!?」

 そうこうしているうちに、グズグズは腹の中の物を全て出し切ってしまった。

 オミゲイは影も形も残らず消え、残ったのは小さなレッサーデビルだった。

 それから山のような下痢便が残ったのも忘れてはいけない。

「……うう、僕の力が。僕の進化の秘薬が」

「グズグズ!」

「ひっ!」

 俺が駆け寄ると、グズグズは小さな悲鳴を上げて全裸のまま逃げ出した。

 何で逃げる必要なんかあるんだ?


「どうして逃げるんだ!?グズグズ!!」

「ひぃぃぃいいい!ごめんなさいごめんなさい!!」

 グズグズは裸のまま俺から逃げて高地を走り回っている。

 裸のグズグズを追いかけ回す俺の姿は端から見たら、かなり危ない絵面と思う。

「いつまでそんな格好で走り回っているつもりだ!?」

「レイラ!」

 俺から逃げるグズグズをいつの間にか回り込んでいたレイラがつまみ上げた。

 グズグズはレイラに首根っこをつかまれ、空中で暴れている。

「離して下さい!」

「なぜ逃げる!?理由を話さんか!!?」

 ぶら下がったまま暴れるグズグズをレイラが一喝した。

 その様子は悪ガキを叱るおかんそっくりだった。

 もっとも、年齢で言えばグズグズが一番上なのだが。

「僕に今から仕返しするんでしょ!?」

「何を言ってんだ?仕返し?しないよそんなの」

 グズグズが逃げ回っていた理由が分かった。彼は報復を恐れて逃げたのだ。

 さっきまでグズグズはオミゲイの力で調子に乗って山を消し飛ばしたりした。

 だが、今の彼は弱いレッサーデビルに戻ってしまった。

「嘘でしょ!?あんな事をしたのに僕を許すだなんて」

「許すも許さないもお前はただ、力に溺れてただけだからなぁ」

 俺はグズグズがあんな風になってしまったのはオミゲイの力のせいだと思っている。

 いきなり世界最強のモンスターになったせいで気が大きくなったのだ。

「カカポ、本当にグズグズに何もしないのか?」

「ああ、俺は力を奪う以上は何もしないよ」

 もう、グズグズには戦う力が無い。罰は充分に受けているはずだ。

 これ以上、グズグズに何かをする必要は無いと俺は考えている。

「……甘い男だな。貴様は」

「本当に僕を許してくれるんですか?」

「許すも許さないも最初から俺たちは迷惑を掛け合う関係じゃ無いか?」

 俺が間違えたらレイラやグズグズが俺を正してくれる。

 レイラが間違えたら俺やグズグズが正してあげる。

 そして、グズグズが間違えたら俺やレイラが正してあげる。

「ただ、それだけの事だろ?」

「……そうだったな。私たちはそう言う関係だったな」


「しかし事が事だからな。やはり何の叱責も無いと言うのはどうかと思うぞ?」

「レイラはそう思うか?」

 レイラはグズグズに何かしらの罰を与えるべきだと主張した。

 山を一つ消したのだから何のお咎めも無いと言うわけには行かないのだろう。

「私だけでは無い。グズグズ本人もこれでは気が済まんだろう」

「そうだなぁ~。グズグズにさせたい事かぁ~~」

 俺はあれこれと頭の中で考えを巡らせてみた。

 グズグズに何もさせないと言うのはレイラもグズグズも納得が行かないようだ。

「何か適当な罰が無いかなぁ……」

 そう思って俺が何気なく視線を漂わせていると、あるものが目に付いた。

 それは無人の廃墟と化したフラクの町だった。

「そうだ!あれだ!!」

「あれ?あの廃墟がどうした?」

 レイラには俺が何を思いついたのか、すぐには分からなかった。

 だが、俺の考えを理解すればきっと賛同してくれるはずだ。

「グズグズにはあの町を立て直して貰いたい!」

「立て直すってあの廃墟を人が住めるようにしろって事ですか?」

 フラクの町は廃墟と化して長い間放置されている様子だった。

 あのままじゃ人が住むのはちょっと無理だろう。

「それだけじゃ無い。実際に住む人も連れてくるんだ」

「……ああ、なるほど。そういう事か」

 そこまで聞いてレイラは俺の考えが理解できたらしい。

 悪戯っぽい笑みを浮かべて、俺とグズグズのやりとりを見ていた。

「実際に住む人?そんな人、どこから連れて来るんですか?」

「居るだろ?寒い高山で住む場所をずっと待ち続けてる人が」

 俺がグズグズにさせたい事、それは彼の本懐を遂げさせる事だった。

「寒い高山?それってもしかして……」

「あの町をレッサーデビルの町として再生させるんだ!」

 ここはオークの俺には少し寒いが、グズグズたちにとって過ごしやすいはずだ。

 幸い、ここは外部から切り離されているから外敵が来る事もほとんど無い。

 ここならグズグズの作りたかった麦畑も出来るはずだ。

「やってくれるな?グズグズ」

「……はい!僕、一生かかってもあの町を復興させて見せます!!」

 俺はグズグズに一生かかる罰を与えた。


「……終わったな。カカポ」

「いや。始まったんだ、レイラ」

 俺とレイラはフラク前駅からフラクの町を眺めていた。

 進化の秘薬を求める旅は終わったが、これは新しい物語の始まりなのだ。

「グズグズはあの町を本当の復興できるだろうか?」

「その事なんだけどレイラ、頼みがあるんだ」

 俺はずっとこの旅の後の事を考え続けていたがこれだと言う答えが出なかった。

 だがだったら自分が何をするべきか、何をしたいかがハッキリと言える。

「俺たちと一緒にここで暮らさないか?」

「私も一緒になってこの町を復興しろと言うのか?」

 俺は以前レイラとダークエルフを探す旅に出ると約束を交わした。

 しかし、俺の提案を飲めば、旅には出られなくなってしまう。

「命令なんてしない!誘ってるだけだ」

「しかし分かってるのか?ここはレッサーデビルの町になるのだぞ?」

 グズグズが北の高山から一族を連れてくれば、ここはレッサーデビルだらけになる。

 そこにはダークエルフもオークも俺たちだけしか居ないと言うことだ。

「大丈夫だ。ちゃんとその点は考えてるから」

「……秘薬をどう使うのかが決まったと言うことか?」

 俺はレイラにダークエルフの仲間を探すと約束した。その約束を俺は守りたい。

 グズグズの願いも、レイラとの約束も、自分の望みも全てかなえる答え。

 それは俺の分の進化の秘薬が持っていた。

「レイラ、俺は絶対に君に後悔なんてさせない!だから俺と来てくれ!!」

「……ふふっ」

 俺の提案を聞いたレイラは急に笑い出した。ここ笑うところじゃ無いよ?

 俺は真面目に言ってるんですけど?

「何がおかしいんだよ!?」

「いや、済まんな。馬鹿にしたわけでは無いんだ。ただ、あまりにも変わったから」

「変わった?何が?」

「貴様がだ。ついこの間まで自分の想いも口に出せなかったくせに」

「……気付いてたのか?俺の気持ちに」

「気付かん方がおかしかろう?貴様は隠してるつもりだった様だがな」

「そっか、バレてたのか。それでレイラはこれからどうするんだ?」

 俺はレイラに確認の意味を込めて再度尋ねた。

 彼女は俺の提案を飲んでくれるだろうか?


 それから何年か時間が流れた。

 グズグズが町長を務めるフラクの町は賑わいを取り戻していた。

 住民達は畑を耕し、羊を飼い、チーズや糸を作って生活していた。

 だが、そこにはオークの姿は影も形も無かった。

「ここがフラクの町かい?」

 そんなある日、一人のダークエルフが町を訪れていた。

「そうだよ。レッサーデビルとダークエルフの町さ」

 そのダークエルフに対応していたのも、またダークエルフだった。

 フラクには噂を聞きつけたダークエルフが毎年のようにやってくる。

 彼らもまた、エルフから追い出され安住の地を求める旅人だからだ。

「ここの町長はどこに居るんだ?挨拶したいんだが……」

「町長だったら今は畑に居るんじゃ無いかな?」

 そう言って旅人に応対している町民は黄金色の麦畑を指さした。

 そこには多くのダークエルフやレッサーデビルたちが収穫作業をしていた。

 そして、その集団に向かって走る一人のレッサーデビルが居た。

「ぅぅぅううう……」

「泣かないで!もうすぐパパとママに会わせてあげるからね!?」

 レッサーデビルはダークエルフの赤ん坊を抱いていた。

 赤ん坊は親に会いたくて今にも泣き出しそうになっていた。

「……ふぇぇぇえええん!!」

「レイラさん!レイラさん!!」

 しかし、赤ん坊は遂に泣き出してしまいグズグズは困ってしまった。

 大きな声で麦畑に呼びかけると、すぐに親が現れた。

「どうしたグズグズ!?こんなところにナナイを連れてきて」

「済みません!どうしてもレイラさんたちに会いたいって泣き止まなくて……」

 グズグズから愛娘のナナイを受け取ったレイラはナナイをあやした。

 数年前まで彼女が漂わせていた他を寄せ付けない雰囲気はだいぶ和らいでいた。

「どうした?レイラ」

 そこにレイラの夫である一人のダークエルフがやって来た。

「カカポ、ナナイがグズグズに迷惑を掛けたらしくて」

「そうだったのか。悪いなグズグズ、町長に子守なんかさせて」

「いえ、迷惑を掛け合うのが僕らじゃ無いですか」

 オークのカカポはあの後、進化の秘薬を使ってダークエルフに進化した。

 レイラの同胞となる事が彼の出した答えだったからだ。

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