転生したらオークでした。今度こそ『DT』を捨てて見せます！

第29話

「怖い？断られるのがですか？」

「それもだけど、この関係が壊れるのが怖いんだ」

　俺はいつの間にかグズグズに自分の心の古傷を見せていた。

　忘れもしたい学生時代に初恋の相手に付けられた傷を。

「だってそうだろ？告白したらもう前の関係には戻れないんだぜ！？」

「確かに告白したらもう前の関係には戻れません。相手が離れていく事もあります」

「そうだろ！？だったら伝えないのが一番安全だろ！！？」

　告白したせいで相手に避けられてしまうのなら、告白しなければ良い。

　そうすれば今の関係を続けられる。仲間で居られる。

「そんな事を一生続ける気ですか？告白しなくてもいつかは離れていきますよ？」

「そうかも知れないけど、今じゃ無いだろ？今は一緒に居られるだろ？」

　告白すれば、もうその時点で関係が変わってしまう。

　だが、俺が我慢すれば今の関係を引き延ばすことは出来る。

「それはただの逃げじゃないですか？それでカカポさんは満たされるんですか？」

「でも、告白したら終わりなんだぞ！？どうしろって言うんだよ！！？」

　確かにグズグズの言うとおり、何もしなければ何も得られない。

　だが、何かしたら彼女は離れて行ってしまうだろう。

「どうして自分が振られるって言う前提で話しを進めるんですか？」

「……！？どうしてって……だってそうだろ！！？」

　俺は知っている。女が求めるのは俺みたいなヤツでは無い事を。

　女は誰でもイケメンで金持ちで高身長な男が好きだ。不細工なオークではない。

「俺みたいなヤツを好きになる女なんてこの世のどこかに居ると思うか！？」

「居ると思いますよ？カカポさんを好きになる人くらい」

「え！？」

　グズグズはどうしてここまでハッキリと言い切れるんだ？

　こんな顔のオークをどうして好きになる人が居ると思うんだ？

「カカポさんこそ何でたった一回や二回振られたくらいでそんな事言うんですか？」

「どうしてって……それは……」

「カカポさんは世界中の女の人と出会って告白した事があるんですか？」

「無い……けど……」

「良いじゃないですか、何回振られたって死ぬわけじゃ無いんですから」

「……グズグズは本当にレイラが俺の気持ちに応えてくれると思うか？」

「仮に那由他の彼方だったとしてもゼロでは無いと思いますよ？」

　俺はグズグズにそう言われて黙り込んでしまった。

　グズグズが居なくなってから、俺は一人でずっと考えていた。

　グズグズに言われた事の意味や自分の気持ち、レイラとの今までの事を。

「……ハァ～～」

　俺は大きなため息を吐いた。どんなに考えても答えなんて出ないからだ。

　いや、答えなんて出てるのかも知れない。俺に勇気が無いだけで。

「随分大きなため息だな」

「レイラ！？どうしてここに！！？」

　俺は後ろから聞こえたレイラの声に心臓が飛び出すかと思うくらい驚いた。

　だって、告白するかどうか考えていた本人がやって来たら驚くだろ？

「たわけ、もう時間であろうが」

「え？もうそんな時間か？気が付かなかった」

　どうやら俺は長々と考え込んで居たらしい。太陽がすっかり朱色になっていた。

　レイラは俺の隣に腰掛けると北の方角を見始めた。

「であろうな。貴様、さっきからずっと何やら考え込んでいたからな」

「ちゃんと龍が来てるかどうかは見てたぞ？」

　俺は誤魔化すようにそれだけは付け加えた。

　実際は考え込んでいただけだが、そう言っておかないと怒られると思った。

「で？何を考えていた？私で良ければ相談に乗るぞ？」

「……何でも無いよ」

　まさか告白する相手に告白しようかどうか悩んでいるなんて言えるわけが無い。

　俺はレイラに悟られないようにするために、彼女から表情が見えないようにした。

「何でも無いわけあるか。貴様は取るに足らない事の為に悩んでいたのか？」

「レイラにだって俺に言えない事の一つや二つくらいあるだろう？」

　俺は彼女の追撃をかわす為にそんな事を言って逃れる事にした。

　本当はレイラに言うか言わないかを悩んでいるにも関わらずだ。

「そうだな。言いたくないのであれば言わなくとも良い。すまなかった」

「いや、本当は言えない事じゃなくって言う勇気が無いだけなんだ。ごめん」

　俺は別にレイラに謝って欲しい訳でも困らせたい訳でもない。

　ただ、俺の想いを伝えるか伝えないかをずっと悩んでいるだけなのだ。

「勇気が無い……か。では、言える範囲でだけでも言って見ろ。楽になるぞ？」

「……レイラはさ、誰かを好きになった事ってあるか？」

「何だ？色恋沙汰で悩んでいたのか？まあ良い、言えと言ったのは私だからな」

　レイラは一瞬、あきれたような表情を見せたがすぐにいつもの彼女に戻っていた。

　俺は何を言ってるんだろうか？好きな人に恋愛相談？何それ？

「誰かを好きになった事か、何回かあるぞ？」

「その人ってどんな人？」

　俺は不意にレイラがどんな人を好きになるのかが気になった。

　もし彼女がイケメンが好きだったら、その時点で告白を諦められるからだ。

「私の話では無く、貴様の話だろうが！」

「あ、そうだった。ごめん」

　しかし、彼女は自分のかつての想い人については教えてくれなかった。

　相談しているのは俺の方であって、レイラじゃないもんな。

「え～っと、その人に気持ちを伝える時ってどんな感じだった？」

「もちろん緊張した。私は見てのとおり、ダークエルフだからな」

　レイラはエルフ族の亜種、ダークエルフの女の子だ。

　ダークエルフは珍しく、彼女は好奇の目で見られる事が多いらしい。

「そんなの気にする事じゃ無いんじゃないか？レイラは美人だし」

「貴様は知らんのだろうがダークエルフは不吉な存在として忌み嫌われているんだ」

　彼女の両親はレイラがダークエルフだからと言う理由で彼女を追放した。

　信じられるか？実の親が我が子を追い出すんだぞ？

「肌が黒いからか？」

「ああ、そうだ。しかもダークエルフは獣の肉を食うからな」

　ダークエルフはその名の通り、黒いエルフだ。

　しかも違うのは見た目だけでは無く、食性もエルフとは少し違った。

「たったそれだけで皆から避けられなくちゃいけないのか？」

「違う者は虐げられる。この世界はそう言う風に出来ているらしい」

　俺はそれを聞いてかつて黒の森に住んでいた時の事を思い出した。

　あの時、俺はススレや他のオーク達を野蛮で汚らわしい連中だと言う目で見ていた。

「……分からないなぁ。ちょっと違うだけなのに」

「そのちょっと違うのが相手には許せなかったらしい」

　それはつまり、レイラの想いは相手に拒絶されたと言う意味だろう。

　何人かと彼女は言ったので、何度か告白を試みたのだろう。

「俺がその人たちだったら、むしろ喜んで受け入れるのに」

「……ふふっ」

　俺のつぶやきを聞いてレイラが急に笑い出した。俺、何か変な事を言ったか？

「何で笑うんだ？俺は真面目に言ってるんだぞ？」

「いや、すまん。貴様は本当に純朴な男だなと思ったんだ」

　何だかレイラにそう言われると、急に顔が熱くなってきた。

「で？貴様は誰かに気持ちを伝えたいのか？」

「……うん、まあそんなところかな？」

　正直、俺の中では想いを伝えたい気持ちと伝えたくない気持ちが半々だった。

　レイラは今はこうやって俺に寄り添ってくれるが、告白した後はどうなるだろうか？

　それを考えたら、伝えない方が正解かも知れないと思わずには居られない。

「ハッキリせん言い方だな。伝えたいのか？伝えたくないのか？」

「分かったよ、伝えたいんだよ。ただ、伝えるのが怖いんだ」

　俺はレイラにせかされるようにして自分の本音を吐いた。

　レイラはグズグズとは違って、少しキツい物言いをするヤツだった。

「それは貴様がオークだからか？」

「そうなんだ。俺がこんな顔だから伝えるのが怖いんだ」

　俺はいつもなぜ自分がオークなんかに転生したのかを疑問に思っている。

　オークなんかじゃなかったら、もうちょっとマシな生を遅れるのにと。

「下らん。貴様のそれはただの言い訳だ」

「言い訳じゃ無いよ！誰だって不細工なオークから告られたって嫌だろ！？」

　実際、俺の生きていた前世では顔の良いヤツは良い人生を送れる。

　顔さえ良ければ女の子に好かれる事だって容易に出来るのだ。

「では貴様は顔が良かったら想いを伝えるのか？」

「もちろんだよ！顔さえ良ければこの想いを伝えられるよ！！」

　俺は本気でそう思っていた。顔さえ良ければ告白できると。

　イケメンになればレイラだって俺を好きになってくれると本気で思った。

「それは違うな。顔が良くなったら今度は別の言い訳を探すに決まっている」

「どうしてそんな事、言えるんだよ！？」

　レイラは美人だから俺の苦悩が分からないんだ。

　俺たち不細工はどんなに努力しても顔という不利を受け続けているんだぞ！？

「私は自分がダークエルフだったとしても想いを伝えたからだ」

「……あ、そうか……」

　そうだった。レイラはダークエルフで皆から避けられたり好奇の目で見られる。

　それでも勇気を振り絞って好きな人にぶつかっていったのだ。何度も。

「カカポ、貴様に必要なのは顔では無い。傷つく勇気だけだ」

「本当にそれだけだとレイラは思うか？」

「告白すれば上手く行くとは言わん。だが、伝えん事には何も始まらんぞ？」

　俺に無くてレイラにある物、それは顔なんかでは無くただの勇気だ。

　俺は顔が悪いから告白しても無駄だと決めつけているだけなのかも知れない。