第28話

「……なるほど。つまり駅とはその列車が人や荷物の積み卸しをする場所なのだな?」

「まあ、そんな感じだと思って貰えば良いよ」

 どうやら、俺のイメージがレイラやグズグズには伝わったらしい。

 これで本題であるここがナヴィア前駅だと言う説明に入る事が出来る。

「でも、ここは崖ですよ?列車なんてとても走れませんよ?」

「走ってたよ。今日、見ただろ?」

「え?今日見た?」

 グズグズは首をかしげている。だが、俺の推理で全て説明できるはずだ。

 俺はグズグズたちに推論を説明する事にした。

「今日、飛んできた龍。あれがこの駅にやってくる列車なんだ」

「何だと!?あの龍は人や荷を運ぶための乗り物だと言うのか?」

「信じられません。そんな事をして龍に何の得があるんですか?」

 二人はとても信じられないという様子だった。二人のリアクションも当然だと思う。

 俺だって龍を利用して人や荷物を運ぶなんて無茶苦茶だと思う。

 でも、これが一番無理が少ない推測だと思う。

「龍に得なんて無いさ。ただの習性だからな」

「習性?龍の習性をお前は知っているとでも言うのか?」

「知らないよ。ただの推論だからな」

 確かに俺の言っている事は全て推論の域を出ない。

 ただし、それを裏付ける証拠は目の前にある。

「あの龍は決まった周期でここを含む決まった場所を周回するんだ」

「どうしてそんな事が言えるんですか?全部、推測ですよね?」

「答えはこの石碑さ」

 俺がここまで自信満々に言えるのはこの石碑が動かぬ証拠だからだ。

 この石碑に刻まれている文字は俺には読めない。

 だが、文字が読めなくとも俺にはその意図が分かった。

「この石碑の裏を見て欲しい」

「裏だと?裏に何かあるのか?」

 レイラとグズグズはいぶかしそうに石碑の裏に回り込んだ。

 石碑の裏には五行くらいの文字が刻まれている。

 そして真ん中の行にはナヴィア前と刻まれている。

 表にデカデカと刻まれている文字を全く同じだから読み間違える筈が無い。

「これは何だ?町の名前や主要な地名が書かれているが?」

「それは龍が立ち寄る場所の名前だよ」


 石碑の裏に刻まれた文字列。それはいわゆる『時刻表』のような物だった。

 龍がどの駅へ向かうのかを書いた物でこれを見れば行きたい場所に行ける。

「多分、ここには利用者が毎日やって来て龍に乗り降りをしていたんだと思う」

「なるほど。だからここに石碑を置いて龍が次に何処に行くかを記したんだな?」

「そう言う事だと思うぞ?」

 ただし、これはあくまでも推測に過ぎない。

 本当かどうかを確かめるには明日、龍に乗ってみるしか無い。

「この石碑には龍がここから向かうのは『フラク』だと書いてあります」

「フラク?だったら好都合では無いか。カカポの推論が正しいか確かめられるぞ?」

「フラクって場所と俺たちが向かう南の山と何か関係あるのか?」

 俺はレイラとグズグズにフラクについて尋ねてみた。

 フラクが何なのか、俺にはさっぱり分からなかった。町の名前か?

「大いに関係ある。フラクは南の山の麓にある町だ」

「もし本当にあの龍がフラクに行くなら、時間が一気に短縮できますね」

「でも、もし俺の勘違いだったらどうするんだ?俺のはただの推論だぞ?」

 さっきまで自信満々に持論を披露しておいて今更だが、怖くなってきた。

 もし、あの龍が本当はフラクの町に行かなかったらどうしよう?

 俺の当てずっぽうのせいで、二人を危険にさらしてしまう。

「その時はその時だ。少なくともあの龍が南に行くのはこの目で確かめた」

「それに、カカポさんの案は良く役立ちますからね」

 だがそんな俺の不安とは裏腹に二人は明日、龍に乗る気のようだ。

 そんなに俺の事を信頼して大丈夫か?何でそんなに信じられるんだ?

「自分で言うのはなんだけど、やっぱり止めておいた方が良くないか?」

「何だ?今更怖くなったのか?」

「だってあの龍、結構でかかったぞ?俺たちなんて一飲みにされるぞ?」

 確かに龍がフラクに行けばこの旅が一気に楽になる。

 だが、確証も無い事に二人を付き合わせたりして大丈夫だろうか?

「カカポ、私たちは最初から綱渡りでここまでやって来たんだぞ?」

「火山で知り合った時から僕たちは命を預け合ってきました。今更水くさいですよ」

「……本当に良いのか?後悔するかも知れないぞ?」

「くどいぞ?もっと自信を持ったらどうだ?」

「カカポさんを僕たちは信じます。だからカカポさんも信じて下さい」

「……分かった。明日は龍に乗って南に行こう!」

 こうして俺たちは一夜を明かし、龍がやって来るのを待つ事にした。


 そして翌日、俺たちは交代で龍が来るのを待つ事にした。

 昨日、龍を見たのは夕方だったが今日は違うかも知れないと思ったからだ。

「グズグズ、交代だぞ?」

「あ、カカポさん。もうそんな時間でしたか」

 俺はグズグズの隣に座って龍が来るのを待つ事にした。

 この世界にはスマホはもちろん漫画もゲーム機も無い。

 おまけに俺は文字が読めないから書籍の類いも読めない。

 俺は暇つぶしのために色々と苦心する事になるだろう。

「……何で立たないんだ?もう、交代だろ?」

「カカポさん、少し話しをしませんか?」

 グズグズは遠くを見たまま俺に話しを振ってきた。何の話しをする気だろう?

 彼がこんな風に二人っきりのタイミングで話しかけてくる時は何度かあった。

 そしてその場合は決まって俺に何か込み入った話をする時だった。

「俺、今回は何もしてないぞ?」

「だから話しをするんですよ。このままじゃ良くないから」

 相変わらず、グズグズは彼方を見つめている。

 表情は穏やかで、怒っている様子では無いように見える。

「何の話しをする気なんだ?俺は何をするんだ?」

「カカポさんはレイラさんの事をどう思ってますか?」

 いきなり何を訊いてきてるんだ?このレッサーデビルは?

 俺がレイラをどう思ってるかなんて聞き出してどうするつもりなんだ?

「どうって……仲間だよ。頼りになる仲間だよ」

「それだけじゃ無いですよね?僕はカカポさんの本当の気持ちが知りたいです」

「お前、そんな事を話題にしてどうする気なんだ?何の関係があるんだ?」

 俺はグズグズの意図が分からなくて少しムカッとした。

 コイツは俺に何を言わせたいんだ?俺をどうする気なんだ?

「カカポさん、僕たちは命がけの旅をしてるんですよ?」

「だから何だよ?それと俺の気持ちに何の関係があるんだよ!?」

 俺がレイラをどう思っていようがグズグズには関係ない事だ。

 グズグズが出しゃばって俺の気持ちをあれこれ聞き出すなんて間違ってる筈だ。

「このまま気持ちを伝えなかったら、後悔するかも知れないって言ってるんです」

「後悔?どうして後悔するんだよ!?」

 グズグズは俺に対してレイラに想いを伝えて来いと行ってきた。

 そんな事、出来る訳がないだろ!?


「さっきも言いましたが、僕たちはいつ死んでもおかしくありません」

「そんなの分からないじゃ無いか!?現にこうして三人とも無事だ」

 確かにグズグズの言うとおり、俺たちの旅は命がけだ。

 ここまで何度も死ぬかと思ったし、それを切り抜けられたのは奇跡だったと思う

 でも、死ぬ事を考えながらだったらこんな旅はそもそも出来ない。

「確かに今まで三人で切り抜けました。でも、次は上手くいかないかも知れません」

「どうしてそんな事を言うんだよ!?どうして死ぬ事なんか考えるんだよ!!?」

 次は死ぬかも知れないなんて考えてどうする気なんだ?

 そんな事よりも次も上手く行くにはどうしたら良いか考えるべきだろ?

 三人が無事に旅を終えるにはどうするのが一番かの方がずっと重要だ。

「僕は何も生きる事を諦めろと言いたいんじゃありません」

「じゃあ、何が言いたいんだよ!?」

 俺には次の南の高地で誰かが死ぬから別れの挨拶をしろと言っているように聞こえる。

 三人で居られるのはこの時間が最後だと言っているように思えて仕方ない。

「覚悟を決めろと言いたいんです」

「……覚悟だって?」

 グズグズは俺に死ぬ覚悟を決めろと言うために隣に座っているのか?

 だが、それとレイラへの想いが何の関係がある?

「気持ちは伝えた方が良いって事です。もうこれが最後のチャンスかもしれないから」

「……いつ死んでもおかしくないから言いたい事は言っておけって意味か?」

 本当は分かっていた。いつ俺がレイラとお別れしてもおかしくない事くらい。

 どっちが死ぬかは分からないが、死んだらもう想いは伝えられない。

 伝えられなくなってから後悔しても遅いのだ。

「カカポさんがレイラさんを気にしてる事くらい最初から分かってました」

「そんなにわかりやすかったか?結構、上手く隠してるつもりだったんだが?」

 自分ではレイラやグズグズに気付かれてない自信があった。

 想いを伝えるのは下手だがその分、想いを隠すのは上手いと思っていた。

「全然隠せてなかったですよ?いつ伝えるんだろうってずっと思ってました」

 だが、それは俺が一人で思っておいただけで実際はバレバレだったらしい。

 まさか、レイラにまでバレてないだろうな?

「でも、いつまで経っても進展しないんでこうしてお話してるんです」

「……怖いんだ」

 俺の口からぽつりと本音がこぼれた。

 それは俺が誰にも想いを伝えてこなかった最大の理由だった。

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