第26話

 俺たちは南の高地について調べる事にした。

 春でも雪を被っていると言う事は結構寒い場所なのだろう。

 気合いを入れて準備しないと命を落とす事になるやも知れない。

「秘境と言えばグズグズは高山に住んでたんだよな?」

「はい。と言っても僕の場合は北の高山ですけどね」

 グズグズは進化の秘薬を求めて北の高山から山を降りて旅をしている。

 進化の秘薬を使って痩せた土地に住む一族を住みよい場所に住まわせるのだと言う。

「高いところに登る時ってどんな準備が要るんだ?」

「そうですね。まずは防寒対策は絶対に必要ですね」

 グズグズは俺に基礎的な登山知識を教えてくれた。

 彼の知識にはいつも助けられている。グズグズが居なかったら危なかった時もある。

「……グズグズは何でも知ってるんだなぁ」

「僕はただお二人より長く生きてるから知ってるだけですよ」

「そんな謙遜する事は無いだろ?」

 この世界に生まれて数年しか経っていない俺からしたらグズグズは賢者のようだ。

 レイラも色々と教えてくれるが、グズグズの方が幅広い知識を持っている。

 身体はパーティーで最弱だったが、それを差し引いても頼もしい存在だ。

「カカポさんだって力持ちじゃないですか。羨ましいです」

「俺のはただの体力馬鹿だよ。世界の事を何も知らないし」

「そんな事、無いですよ。カカポさんの発想力は大した物です」

 グズグズは体力くらいしか貢献できるものを持たない俺をフォローしてくれた。

 きっとコイツが進化の秘薬を手に入れたら俺なんかよりずっと良い事に使うだろう。

 俺なんてイケメンになる為に進化の秘薬を求めてるくらいだからな。

「俺なんてグズグズやレイラが教えてくれた事をちょっとひねっただけさ」

「そのちょっとひねってくれる人が居ないと僕たちは困るんですよ?」

「……グズグズは本当に良いヤツだな」

 俺は分かっている。このパーティーで一番役に立たないのは自分自身だと。

 こんな醜いオークがいるせいでレイラもグズグズも町や村に入れずに居る。

 でも、そんな事は面と向かって言えないから俺と一緒に居てくれているのだ。

「僕は本当の事を言っているだけですよ?」

「……うん、ありがとう」

 俺は改めてグズグズやレイラのありがたさを実感した。

 二人が居なかったら、俺は冒険者に狩られて首だけになっている。

 二人が俺を護っていてくれるから旅が出来るのだ。


 それから俺たちは黒い花を求めて南へと下り続けた。

 下ると言っても、乗り物が使えないから基本的に徒歩だ。

 オークを乗せてくれる隊商や船なんて居ないから俺は仕方が無いと思っていた。

「どうだ、グズグズ?何か見えるか?」

「う~ん、あっちの方に町が見えますね」

 俺たちは切り立った崖の上から遠くを見ていた。

 オークの俺を連れたこの旅は何かと制約が多い。特に人には絶対会えなかった。

 この世界ではオークは人に危害を与えるモンスターと考えられているからだ。

「では、少し東の方へ寄りながら進むしか無いな」

「そうですね。ちょっと川からは離れますがそれが良いでしょうね?」

 レイラとグズグズのやりとりを聞いていて、俺は申し訳ない気持ちになった。

 俺がパーティーに居るせいで、二人は人里を避けて旅しなくてはいけない。

 二人の足を引っ張っているのは明白だった。

「……なあ、そんなに気を遣わなくて良いんだぜ?」

「急になんだ?今、道を探しているところだが?」

 レイラとグズグズは依然として遠くを見ている。俺のせいで二人が苦労している。

 そう思うと、我慢できなかった。

「俺、一人だけ迂回して進むからさ。二人は普通に進めよ」

「はぁ?なんだ貴様は藪から棒に。何の話しをしている?」

「俺のせいで二人が町に近づけないんだろ?俺なんて気にするなよ」

 確かに、二人が居なかったら俺はここまで来れなかった。

 でもいつまでも二人に面倒を見て貰っていては申しわけなかった。

「……そう言うことか」

「レイラ?」

 彼女の俺を見る目がいつにも増して冷たい気がする。

 でも、俺が言ってる事って間違ってないだろ?本当の事だろ?

「貴様、自分が私たちのお荷物になっていると言いたいのだな?」

「だってそうだろ?俺が居なければ二人はもっと楽に旅が出来る筈だし今でも……」

「たわけが!!うぬぼれるな!!!」

 レイラは厳しく俺を一喝した。何でそんなに怒るんだよ。

 現に俺のせいで二人は不自由してるじゃ無いか。

「カカポ、私は貴様のおもりをしながら旅をするほど物好きでは無いぞ!?」

「……じゃあ、何で町を避けて通ろうとしてるんだ?おかしいじゃないか」

 俺のせいじゃないとしたら、二人は何の為にルートを変更するんだ?


 レイラやグズグズは俺とは違ってモンスターではない。

 その気になれば村や町に入っていけるはずだ。

「カカポ、貴様には私はどう映っている?」

「え?どうって……それは……」

 俺はその質問に即答できなかった。言葉が口から出なかった。

 俺にとってレイラはとても綺麗でかっこよく見えるが、それを言うのが怖かった。

 言おうとした時、学生時代の苦い思い出がフラッシュバックしたからだ。

「ごめんね。私、もっと格好いい人が好きなの」

 あの言葉が俺の心に深々と突き刺さっていて俺に躊躇させていた。

 だって綺麗でかっこよく見えるなんて告白とほとんど同じだろ?

 言えばきっと俺とレイラの関係は終わってしまうだろう。

「どうした、言えないのか!?」

「いや、その、なんて言ったら良いのか……」

 レイラは俺の目の前で仁王立ちで俺の言葉を待っている。

 何とかして嘘じゃ無い事を言ってやり過ごすしか無い。

 俺の気持ちなんて知ったら、レイラは俺を避けるようになるに決まっている。

 だったら一生この気持ちを胸の奥にしまい込んでいた方がマシだ。

「……仲間だ」

「ん?良く聞こえなかったぞ!?」

「大切な仲間だ!頼りになる大切な仲間だ!!だから迷惑を掛けたくないんだ!!!」

 俺は何とかその言葉を振り絞って言った。と言うか叫んだ。

 俺の気持ちがレイラに伝わらない事を願いながら彼女に伝えた。

「仲間か。貴様の中では仲間とはそんなよそよそしい連中なのか?」

「よそよそしいってどう言う意味だよ?」

 俺は正しい事を言っているつもりだ。俺はこのパーティーでただ一人のオークだ。

 俺が二人の足を引っ張っているのは間違いない事実だろう。

「言葉通りの意味だ。貴様はグズグズを背負う時、迷惑を掛けられていると思うか?」

「そんな事は思わねぇよ!?グズグズは仲間だからな」

 確かに、グズグズは俺に背負われて移動する事が多い。

 だが、グズグズの知恵と年長者としての気遣いは俺たちを何度も助けてくれる。

 そんなグズグズを背負って運ぶくらい、何でも無い。

「では私が帰らずの谷で幻覚を見た時、なぜ放っておかなかった?」

「そんな事、出来るか!レイラだって大切な仲間だろうが!?」

 俺は怒った。レイラは何が言いたいのだろうか?


「そうだろうが!共に支え合う仲間だから迷惑だなんて思わないのだろう!?」

「!?」

 俺はその言葉で自分がとんでもない思い違いをしていた事を思い知った。

 俺は自分の事を勝手にパーティーのお荷物だと決め込んでいた。

 しかし、そんな風にレイラもグズグズも思ってはない。

「私たちがお前に支えられるようにお前を私たちが支える。それだけの事だろうが」

「それにカカポさん。僕たちは何もあなたの為に町を避けている訳ではありません」

「え?どう言う意味だよ?」

 俺の為じゃ無いとしたらグズグズはなぜ町を避けるのだろうか?

 オークと一緒じゃ町に入れないからじゃないのか?

「カカポさんは自分のせいだと思ってますが、僕たちも町に行きたく無いんです」

「どうしてだよ?町に行けば旅が楽になるだろ?」

 町に行けば情報や物資が手に入る。

 場合によっては移動手段だって用意できるかも知れない。

 それなのにグズグズたちが町を避けるのはなぜだろう?

「僕はレッサーデビル、レイラさんはダークエルフです」

「そうだな。それがどうかしたのか?」

「僕たちも人目にあまり付きたくないんです。物珍しがられますから」

「物珍しがられる?」

 俺は世間知らずだからグズグズの言わんとする意味がピンと来なかった。

 俺からしたら二人は特に変わったところなんか無いように見えるからだ。

「私のようなダークエルフはエルフの中に希に生まれる亜種だ」

「だからダークエルフは変な目で見られるのか?」

「そうだ。私を売り飛ばして金に換えようとする輩は少なくない」

 失礼な話しだが、俺はレイラだったら買いたいと思ってしまった。

 彼女は俺が今まで出会った全ての女性の中で間違いなく一番の美人だった。

 きっとレイラを騙して売り飛ばそうと考えるヤツは多いだろう。

「そして、僕たちレッサーデビルは高山にしか住んでません」

「だからグズグズも売り飛ばされそうになった事があるのか?」

「いいえ、僕の場合は安い労働力として搾取されそうになります」

 そこまで言われて、俺はグズグズの置かれている状況を理解した。

 グズグズたちレッサーデビルは身体が小さくて、力が弱い。

 きっと他の種族に奴隷として良いように使役されるから高山に住んでいるのだろう。

 寒くて食べ物の少ない高山の方が奴隷よりいくらかマシなのだろう。

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