第25話

「先輩ってどんな子が好みなんですか?」

 俺は川口の顔を見てこれはまたいつもの夢なんだなと理解した。

 俺が今、見ているのはかつて堀井と交わした他愛の無い会話だ。

「いきなりどうしたんだ?俺に女の趣味を訊くなんて」

「いや、先輩ってどうして女の子に声、掛けないんだろうって思って……」

 堀井の言うとおり、前世での俺は女の子に声なんて滅多に掛けなかった。

 もちろん、職場の女の子とは話すがそれは業務に必要な範囲だけだ。

 女の子に趣味だとか好きな季節だとか恋人が居るかなんて訊いた事は無い。

「俺がどうして女の子に声、掛けないかなんてお前には関係ないだろ?」

「……もしかしてですけど……年の近い女の子は恋愛対象じゃ無いとか?」

 俺があまりにも女の子に対して奥手だから、堀井はあらぬ誤解をしたらしい。

 断じて俺は『幼女趣味』などではない。

「違うわい!俺だって女の子を好きになる時だってあるわい!!」

「あ、そうなんですか?じゃあ、どんな子が好きなんですか?」

 堀井は悪びれた様子も泣く話題を俺の好みのタイプに戻した。

 こんな事をしても嫌われないのは堀井の得な部分だった。

「俺の好きなタイプかぁ……う~ん……」

「胸は大きい方が好きなんですか?」

 俺が一生懸命に考えてるのに、堀井は矢継ぎ早に質問を浴びせかけてくる。

 って言うか、胸の話題なんて居酒屋で普通するか?

「別に胸が大きいから好きとか無いだろ?大切なのって中身だろ?」

「じゃあ、どんな子が好きなんですか?やっぱり大人しい子ですか?」

「いや~どうだろ?大人しすぎるのもそれはそれでキツくないか?」

「へぇ~先輩ってそんな風に考えるんですね?」

 堀井は意外そうにしているが、俺だって好きなタイプくらい居る。

「やっぱり、付き合うんだからお互いに尊敬し合える方が良いんじゃ無いか?」

「何だ?では、やっぱり私が好きなのか?」

 俺の目の前には鎧を身にまとったダークエルフが居た。

「レイラ!?」

 俺は驚いて目を覚ました。だが、そこはいつもの手狭なテントの中だった。

 外が徐々に明るくなりつつあったから、俺は二度寝せずに寝袋から出た。

 朝日を浴びながらラジオ体操を済ませた。今日は俺が一番早起きだった。

 あの夢は何だったんだろうか?俺はレイラの事が好きなのだろうか?

 そんな風に考えながら俺は二人が起きるのを待った。


「ところで『黒い花』なんてどこに現れるんだ?」

 花を採りに行くのは分かるが、それがいつどこに現れるかは分からない。

 まさか、花を探して世界中を旅するわけにも行かないだろう。

「黒い花は高地に咲いているらしいです」

「高地?高地ってどこにあるんだ?」

 高地と聞いて俺が一番最初に思いついたのがギアナ高地だ。

 この世界にはあんな感じの秘境がどれくらいあるのだろうか?

 もしかしてものすごい数あったりするのだろうか?

「この世界には高地が十数カ所あるが、一番近いのは南の高地だろう」

「ちょっと待ってくれ。もしかしてその十数カ所の高地をしらみつぶしにする気か?」

 いくら何でも無謀すぎるし、時間がどれくらい必要かも分からない。

 そんな事をしていたら『高地ハンター』になってしまう。

「何か手がかりがあれば良いんですが記録が残ってなくって……」

「高地に黒い花が咲くのはどうして知ってるんだ?」

 レイラとグズグズは手がかりが少ないと言っているが、ゼロでは無い。

 つまり、根拠となる何かしらの手がかりを持っていると言うことだ。

「有名な昔話だ。この五百年ほど昔に黒い花を採ったと言う内容のな」

「その話しを俺にも教えてくれないか?」

 その昔話を聞けば、何か分かるかも知れない。

 この手の昔話は、子供にわかり易くする為に比喩が含まれている場合が多い。

 それを解読すれば、何かが分かると思った。

「そうか?では、最初から言うぞ?昔々、あるところにチバがいました」

 俺はレイラの聞かせてくれた昔話を聞き逃しの無いように聞いた。

 地面に枝でメモも書きながら、耳だけはレイラに集中させた。

 レイラの声は、普段の厳しい口調とは全然違いとても優しかった。

 昔話は案外長く、一時間くらいレイラは話し続けた。

「……こうしてチバは黒い花を持ち帰りましたとさ。めでたしめでたし」

「カカポさん、どうですか?これが今に伝わってる内容の全てです」

 俺は地面に書かれたメモを一から見直しながら暗号が隠されていないか探した。

 話しの途中に引っかかる部分は何カ所もあり、何かをぼかしていると思った。

「そもそも『チバ』なんて言う名前の奴って居るのか?」

「いいや、チバと言う名前はこの世界には滅多に使われない」

 それで確信した。このチバとは主人公の本当の名前では無いのだ。

 チバとはこの世界に居るスズメくらいの鳥の名前だ。


 日本の昔話でも登場人物を猿と呼んだり蟹と呼んだりする。

 あれは本当は人を猿や蟹に例えて面白くしているだけだ。

「……チバ?チバに例えられる人の名前?」

 俺はチバの事を自分の頭脳をフル動員して良く思い出してみた。

 チバは渡り鳥だから、一年を通して移動を続ける鳥だ。

「ん?待てよ。レイラ、物語の冒頭に『ネネの種』が出なかったか?」

「確かに冒頭部分に『チバはネネの種を拾いました』とあったが?」

 ネネとはこの世界にある果物の事で、スモモに似た果物だ。

 季節としては春の終わり頃から真夏まで食べられる果物だ。

「つまり、この物語が始まったのは夏の始まりから真夏までの間だ」

「しかし、それだけでは手がかりが少なすぎる。チバは長い旅をするのだから」

 確かにレイラの指摘はもっともだ。作中、チバは冬を越す描写がある。

 いくらチバの旅が始まった季節が分かっても、それでは手がかりにならない。

「……でもチバがどこの出身の人かくらいは分かりそうですよ?」

「本当か!?グズグズ」

 俺はグズグズを目を輝かせて見た。チバがどこの人か分かれば手がかりになる。

 そうすれば黒い花に一歩近付く事が出来るかも知れない。

「はい、チバが春の終わりから真夏頃に居る地域は大体決まってますから」

「なるほど。確かにその推論ならチバがどこから来たのか分かりそうだな」

 レイラもグズグズの推測に納得している。これなら行けるかも知れない。

 やっぱり俺たちが三人集まれば、本当に進化の秘薬にたどり着けるかも知れない。

「しかも、チバはある地域では信仰の対象になっているらしいからな」

「本当か?レイラ」

 俺は世間知らずだから、宗教の話しはちんぷんかんぷんだ。

 だが、世間の事をすれるくらいに色々と知っているレイラなら分かる。

「ああ。私の知る限りではチバは北の降雪地帯では春を告げる鳥だと言われている」

「確かに僕の居た高山でもチバは大切にされていました」

「で、その地域にはチバは夏まで居るのか?」

 俺は二人に先を急がせた。早くチバの出所が知りたかったのだ。

 チバの謎が解ければ黒い花に近付く事が出来る。

 そうすれば、俺は念願のイケメンに一歩近付く事が出来る。

「はい!もちろん居ますよ」

「よし!この調子でドンドン解読していこう!!」


 それから俺たちは丁寧に謎を解き明かしていった。

 レイラの語った昔話は結構長く、文庫本一冊分くらいの内容だった。

 それを作った作者もいすごいが、それを暗記しているレイラもすごかった。

「ここで『朝日を浴びて山が白く輝きました』ってあるな?」

「朝日と言う事は東側の斜面と言う事ですね」

 その長い物語を俺たちは何日もかかって解読した。

 確かに退屈な作業ではあったが、山をしらみつぶしに探すより遙かに安全だ。

 この世界が地球と比べてどれくらいの広さか知らないが、こっちの方が早いだろう。

「ここでチバが冬を越すシーンがあるな」

「冬を越しては居るが、雪が積もる描写が描かれていない」

「……と、言う事は温暖な地域と言う事でしょうか?」

 チバの旅は長く、どうやら北の降雪地帯から出発して南へと進んでいるらしい。

 南に進むにつれて暖かい地域に変わり、冬でも雪が降らなくなる。

 そしてあるところまで進むと、今度はだんだん寒くなっていく。

「ここでカカの花をチバが嗅いでいるぞ」

「カカの花は春に咲く花だ。つまり季節が変わったのだろう」

「ここからチバがまた、旅を始めますね」

 俺たちは地図と昔話を照らし合わせながら解読作業を続けた。

 俺の頭の中にチバと呼ばれる人物が旅を続けるイメージが浮かんできた。

 きっとそれはレイラもグズグズも同じ事なのだろう。

「おい、ここに『チバが山を見上げると山は雪をかぶっていました』ってあるぞ?」

「春になっても雪をかぶっている山はそう多くは無い」

「案外、簡単に特定出来そうですね?」

 物語の中でチバは黒い花を探して、ドンドン南下していく。

 そして、チバは遂に高地で黒い花を発見するのだ。

 なんとその頃には旅は一年を経過していたのだった。

「春でも雪をかぶっている山は北方か南方にしかない」

「そして、チバは北の果てからやって来て北はもう調べ尽くしました」

「……と言う事は南方の山だな?」

 こうして昔話の解読が完了し、俺たちの次の目的地が決まった。

 俺たちは黒い花を求めて、南にある高地へと向かう事にした。

「南方ってどんな場所なんだ?」

「私も南の方へは行った事がないから詳しくは知らん」

「どこかで話しを聞くしか無いですね」

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