第24話
グズグズは湯あたりでダウンしてしまったが、俺たちにはする事がある。
それは晩飯の支度だ。今日はレイラが食事を担当するの番なのだ。
「カカポ、初心者でも簡単に作れる料理とはどんな物がある?」
「う~ん、そうだなぁ……」
俺はレイラの出した条件に対してあれこれと考えてみた。
彼女は包丁の持ち方からしてかなり怪しいから、シンプルな料理が良いだろう。
「ピザトーストなんてどうかな?」
「何だ?その『ぴざとーすと』とやらは?」
俺の提案を聞いたレイラは不思議そうな顔をしていたがそれもそうだ。
なぜならピザトーストなんて前世での料理だからだ。
「俺の元居た世界の料理だよ。簡単な割においしいんだ」
「そうなのか?ではそれを教えてくれ」
俺はレイラにピザトーストの作り方をレクチャーする事にした。
と言っても、レクチャーするほど難しい料理でも無いのだが……
「まずはパンを人数分切るんだ。今回だったら三枚だな」
「パンを切るか。よし、やってみよう!」
レイラはおぼつかない手つきでパンに包丁を入れた。
パンはジグザグに切れて、分厚い部分と薄い部分が出来てしまった。
「……こうか?」
「うん、まぁそんなもんかな?」
慣れないとパンをまっすぐに切るのは結構難しい。
この世界のパンを俺が前世で食べていた食パンより固いが初心者には切りにくい。
とりあえず俺は、レイラに数をこなして慣れさせる事を優先した。
「次はパンに乗せる具材を切るんだ。チーズとかハムとかが良いと思うよ」
「チーズとハムか。次こそは……」
そう言うレイラは前傾になりながらチーズの塊に包丁を入れようとしていた。
俺はそれを見て、一旦止める事にした。危ないと思ったからだ。
「ちょっと待った!レイラ、力が入りすぎてるよ!!」
「しかし、力を入れなくては切れないぞ?」
確かに全然力を入れなかったら切れない。
だが、今の彼女は明らかに必要以上の力を包丁に乗せようとしていた。
「姿勢が悪すぎるよ。もっと自然体でも大丈夫だから」
俺はそう言うと、レイラの肩を掴んでチーズの塊から引き剥がした。
このままやらせたら、怪我をしてしまう。
彼女の肩を掴もうとした時、わずかにだが彼女の髪が俺の手に触れた。
そして、彼女の洗い立ての髪からふわりと良い匂いがした。
「……」
「どうした?カカポ」
髪のなめらかさと彼女の匂いのせいで俺は思わず思考停止してしまった。
ほんの一瞬の出来事ではあったが、俺にはとても長く感じられた。
「え?ああ、何でも無いんだ。えっとどこまで話したっけ?」
「距離が近すぎると言ったであろうが」
「ああ、そうだったな!そうだ!!レイラは姿勢が悪いんだ!!!」
俺は誤魔化すように彼女に料理の指導を続けた。
別に何か誤魔化さなくちゃいけないような事は何も無い。
だが、俺には何かいけない事をしているような後ろめたさがあった。
「具材を切り終わったら後はパンにのせて焼くだけだ」
「パンに乗せる順番はどうしたら良い?」
レイラは俺の指導の下、何とか無事に食材を切り終えた。
食材は不格好になってしまったが、食べられない程ひどくは無い。
「チーズを一番下に乗せると焼き上がった時に安定するよ」
「チーズからか。こんな感じか?」
レイラは俺のつたない指導に素直に従ってくれた。
彼女は言葉遣いが少しキツいだけで、何も高飛車な性格という訳では無い。
レイラは俺に言われたとおりにピザトーストを作っていった。
「ん、んん……この匂いは……?」
「グズグズ、気分はどうだ?」
俺とレイラがパンをたき火であぶっていたら、のぼせていたグズグズが起きた。
チーズの匂いが辺りに広がり、グズグズを起こしたのだ。
「ええ、気分はだいぶ良くなりました。今日はレイラさんの当番でしたね」
「そうだ。カカポに教えて貰いながら作っている」
彼女は真剣な目で焼けていくトーストを見つめていた。
トーストの上のチーズはトロトロに溶けてパンの上で踊っていた。
ピザトーストなんて、前世では何度も食べた料理ではあったが旨そうだった。
「……見たこと無い料理ですね?カカポさんの料理ですか?」
「ああ、前世で俺がしょっちゅう食べてた料理なんだ」
パンにはちょうど良い焦げ目がついて、香ばしい匂いを放っていた。
俺たちは少し遅いが夕食にありつく事にした。
「……」
食事を終えた俺は何となく右手のひらを見ていた。
そこはさっき、レイラに料理を教えている時に髪がわずかに触れた場所だった。
俺はその一瞬の感触を確かめるように手を踊らせていた。
「手を怪我したのか?」
「……うわっ!レイラ!!」
俺は不意に現れた彼女の存在に驚きのあまり飛び退いた。
レイラの事を考えていたらレイラ本人が現れたのだから、仕方ないだろ?
「失礼なヤツだな。人が心配してやっているというのに」
「あ、その……ゴメン。ちょっと考え事をしてたんだ」
まさか本人に『髪があまりにもなめらかだったから』なんて言えるわけが無い。
そんな事を言っても良いのはイケメンだけだ。
「明日の事でも考えていたのか?」
「いや、今日の事を考えてたんだ」
俺が進化の秘薬を求める旅を始めてから、色々な事があった。
火山でドラゴンに追われたり、孤島でシェイドと戦ったり。
だが、その中でも今日あった事は特に印象的だったように思えた。
「それは私の事か?」
「……まあ、それも含めるかな?」
嘘だった。本当はレイラの事を含めてなんかなかった。
本当は、今日の俺はレイラの事ばかりを考えていた。
「今日は貴様に色々と教えて貰う事があったな」
「色々って、たかがパンの切り方とあぶり方を教えただけだよ」
俺が今日、レイラに教えた事なんてたかが知れてる。
簡単なピザトーストの作り方を教えただけだ。後は何もしてない。
「いや、それだけでは無い。もっと大切な事を教わった」
「もっと大切な事って何だよ?」
俺にはレイラに他に何かを教えた記憶が無かった。
あれかな?谷で使ったマスクの作り方とかかな?
「自覚が無いならそれでも良い。それが貴様の自然体なのだろう」
「何だよ?もったいぶらずに教えてくれよ」
そんな言い方をされたら気になって仕方ないだろ?
レイラは俺から何を学んだと言うのだろうか?是非、教えて欲しい。
だが、彼女は悪戯っぽく笑うだけで教えてはくれなかった。
「……ったく、もったい付けなくても良いのに……」
俺はモヤモヤとした気持ちのまま、寝袋にくるまった。
しかし、こんな気持ちのままちゃんと眠れるだろうか?
「カカポさん、どうかしたんですか?」
「ああ、グズグズ。実はな……」
俺は隣に居たグズグズにさっきあった出来事について説明した。
グズグズなら、俺の疑問に答えてくれるかも知れない。
「……と、言うわけなんだがグズグズは何か分かるか?」
「なるほど。レイラさんがカカポさんから何を学んだのか知りたいんですね?」
隣で横になっているグズグズは何かを知っている様子だった。
彼ならやっぱり、何かを教えてくれるかも知れない。
「グズグズは何か知ってるのか?もし、知ってるなら教えてくれないか?」
「……僕もレイラさんの気持ちが分かるんでカカポさんに教えられません」
だが俺の淡い期待は裏切られ、グズグズは俺に教えないと言ってきた。
物知りなグズグズがこんな事を言うのは初めてじゃ無いか?
「何でそんな事、言うんだよ?教えてくれよ」
「別に大した事じゃ無いんですよ。カカポさんは普段通りで大丈夫です」
俺はグズグズにすがるように秘密を教えるように頼んだ。
それなのに。グズグズは意味深な事を言うだけで教えてはくれない。
「どうして二人して俺を仲間はずれにするんだよ!?」
「教えたらカカポさんが変わってしまうから教えないんですよ」
なんだそりゃ?教えたら俺が変わる?どう言う意味だ?
もしかして俺には何か悪いところがあって、反面教師にしてるとか?
「自覚無いかも知れませんが、カカポさんはレイラさんに色々教えてます」
「それってレイラが俺を反面教師にしてるって事か?」
「そんなんじゃ無いですよ。良いお手本になってますよ」
「だったら教えてくれたって良いじゃ無いか!?」
「教えたらカカポさんはそれを自覚します。そして今まで通りじゃ無くなります」
つまり、自分が何をしているのか知ったら俺が変わるって事か?
レイラは俺に今のままで居て欲しいから言わないって事か?
「それはレイラさんにとってもカカポさんにとっても良い変化じゃ無いです」
「……俺は今まで通り、自然体でレイラに接して良いって事か?」
「はい、つまりはそう言う事ですね」
グズグズはそう言うとまぶたを閉じた。
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