第23話
「あ~、全身泥まみれだよっ!」
雨の中、谷を散策して回ったせいで俺もレイラもグズグズも泥んこだった。
何かさっぱりしたい気分だなぁ……
「川は水が増してて、水浴びするのは少し危険ですからね」
「これでは手ぬぐいを濡らして身体を拭うしかあるまい」
確かに二人の言うとおり、とてもじゃないが川には入れそうに無かった。
川は昨日の様子とは打って変わって、濁流が激しく流れていた。
今日の雨のせいだった。
「う~ん、それしか無いのかなぁ……」
「仕方があるまい。無理して怪我でもしたら元も子もない」
レイラはそう言うが、俺にはどうしても諦めきれなかった。
何か良い方法が無いかと考えていた時だった。硫黄の臭いを俺は嗅ぎ取った。
「何だ?この臭いは?どこから来るんだ?」
「どうかしましたか?」
最初は気のせいかとも思ったが、間違いなくこれは硫黄の臭いだった。
硫黄の臭いは風に乗って俺の鼻に届けられている。
「……あっちの方かな?」
「おい、カカポ!何処へ行く!?」
俺は制止するレイラたちを振り切って臭いの元を探し始めた。
そう言えば、レイラと出会った時もこんな感じだった気がする。
「そこの岩陰からだ!温泉の臭いがする!!」
「確かに硫黄の臭いが強くなってきましたが、こんなところに温泉なんて……」
グズグズもレイラも半信半疑のまま俺について来ていた。
だが、俺には確信にも近い強い予感があった。そこに温泉があると。
「……あった……」
「本当に温泉がありましたね。でも、何ででしょうか?」
「自然に出来た物では無いな。何者かの隠し湯だろうな」
俺の予見は的中し、岩陰には温泉が隠されていた。
温泉は雑な作りではあったが、誰かが作ったのが分かった。
岩には何か文字のような物が掘られていた。
「何て書かれてるんだ?これ」
「え~っと……この湯はウォルター家の物だと書いてあるな」
「じゃあ、入れないって事か?」
せっかく見つけた温泉なのに領主の私物では入れない。がっかりだ。
「いや、そうとは限らんぞ?ウォルター家は没落したらしいからな」
「本当か!?じゃあ、入っても良いって事か?」
没落貴族には悪いが俺は喜んで風呂を利用させて貰う事にした。
お湯は少しぬるめだったが、久しぶりに湯に身体を沈めた。
「あぁ~~、しみる~~」
「カカポさん少し熱くないですか?」
俺にはお湯は少しぬるめに感じられたがグズグズには熱いらしい。
グズグズは身体が小さいからそう感じるのだろうか?
「オークは熱に強いからカカポには少しぬるく感じるだろうな」
「そうなのかレイラ?俺、全然そんなの知らなかった」
俺は後ろに居るレイラにオークの特徴を教えて貰った。
レイラは本当に色んな事を知ってるんだな。
ん?レイラ?
「のぉわぁぁぁあああ!!!」
俺は驚きのあまり飛び上がってしまった。
だって、異性が同じ風呂に入ってたら誰でも驚くだろ?
「カカポ暴れるな!湯がかかるであろう!!」
「だ、だってレイラが……」
俺はレイラの裸を見ないように両手で自分の顔を覆った。
でも、おとといはうっかり見ちゃったんだけどな。
「だってでは無い!大人しく座らんか!!」
「う、うん。ごめん」
俺はレイラに背を向けるようにして座った。
さっきまでは全然平気だったのに、急に顔が熱くなってきた。
「……何でレイラまで入ってきたんだ?」
「何だ?貴様は私に湯に入るなとでも言いたいのか?」
「いや、そう言う訳じゃ無いんだけど……」
ドギマギする俺の後ろでレイラは平然と湯に浸かっている。
普通、こう言う時は女子の方が恥ずかしがるもんだろ!?
「私の事なら気にするな。ただし、ジロジロ見たら許さんぞ?」
「そんな事しねぇよ!?」
「だったら、別に問題なかろう」
せっかくの風呂だったのに、俺にはくつろぐ余裕なんて無かった。
緊張のあまり、身動き一つ出来ない状態になってしまった。
……どうしよう。俺はずっと考えていた。
レイラは黙ってお湯に浸かってるし、グズグズもさっきから何も言わない。
俺にはこの沈黙が耐えがたいほどに重くのしかかっていた。
「……あのさ、レイラ?」
「ん?どうした?何か気になる事でもあるのか?」
俺は沈黙に耐えられなくなって、背中合わせの彼女に話しかけた。
だが、特に何か考えがあったわけでは無く話題も無かった。
「……え~~っと、う~~んっと」
「言っておくが、私が見た幻の話だったらするなよ?」
俺が必死に話題を考えていたらレイラに釘を刺されてしまった。
幻とは、昨日彼女が谷で見た両親の幻の事だろう。
「いや、その話をするつもりは無いよ。レイラだって嫌だろ?」
「そうだな。日頃、あれだけ強がりを言っておきながら結局あれだからな」
レイラは自分が両親の事を断ち切れないで居る事を自嘲した。
幻の中で彼女はご両親の事を求めていた。
「そんな風に言う事ないだろ!?仕方ないじゃないか!!」
「私は貴様に対して偉そうにあれこれ言っていたのにか?」
レイラは俺が顔の事をコンプレックスに感じている事を叱った時がある。
その時レイラは両親が復縁を迫っても断ると断言していたのだ。
「誰にだって、捨てきれない過去があるのは普通の事だろ!?」
「だが私は貴様にそれを捨てろと言ったのだぞ?」
俺からはレイラの顔が見えなかったが、彼女が落ち込んでいるのは分かった。
普段は気丈に振る舞う彼女だが、やはり弱い部分はあるのだ。
「レイラの過去と俺の過去を同列に語るなよ!全然重さが違うじゃ無いか!?」
「だが、貴様にとってもその過去とやらはそれなりに重いのであろう?違うか?」
確かに俺が初恋の相手に振られた過去は、今の俺に影を落とし続けている。
顔さえ良ければ女の子に好かれると本気で思っているくらいには。
「初恋の相手に捨てられたのと、親に捨てられたのは全然意味が違うだろ!?」
「……貴様は優しい男だな。カカポ」
レイラは俺に対してそう言ったが俺には素直には喜べなかった。
俺には彼女の背負う物を軽くしてあげられたという実感が無かったからだ。
「レイラ、泣こう!」
「はぁ?いきなり何だ?」
俺は勢いでレイラに突拍子も無い提案をしていた。
彼女には過去と向き合う時間が無かっように俺には見える。
親に捨てられ、いきなり世の中に放り出されたのだからそんな時間は無い。
気持ちを整理する暇も無く、レイラは今日まで生きてきたのだろう。
「俺は『格好いい人が好き』とか言われてすごく辛かったんだ!」
「……まさか、私にも過去を暴露しろと言うのか?」
レイラは俺が急に過去の暴露話を始めたから戸惑っていた。
彼女に過去を語らせるには、まず俺から語るべきだと思ったのだ。
「俺に聞かせるんじゃない!あの時の気持ちを自分に聞かせるんだ!!」
「……本当は村の仲間達の私を見る目が変なのは分かっていた」
俺に促されてレイラはぽつりぽつりと自分の気持ちを吐き出した。
俺も引き続き、あの時の辛い過去について語ろう。
「彼女は俺にとって全てだったんだ!俺は何でもするつもりだったんだ!!」
「村の仲間達は私を避けてもお父さんとお母さんは違うと思っていた!!」
俺たちは満天の星空のした、温泉の中で思いっきり泣いた。
周囲にもし誰かが居たらきっと変な集団だと思っただろう。
だが、ここは来たら帰れないとまで言われる秘境だ。誰も来はしなかった。
「……グスッ」
「ひっく……えっく……」
どれくらい時間が経ったかは知らない。ほんの十数分だったかも知れない。
でも、俺たちにはこの短い時間が必要だった。
俺とレイラは思う存分に泣き、自分の過去を整理した。
「……カカポ」
「ん?どうした、レイラ?」
俺は後ろから呼ぶ彼女に振り向かずに返事をした。
俺も結構泣いたが、彼女はもっと泣いていたからレイラも目が腫れているだろう。
「……ありがとう……」
「別に良いよ。これくらい」
俺はその時、ほんの少しだけ晴れがましい気持ちだった。
泣いたから気が晴れたのか、レイラに礼を言われたからなのかは分からなかった。
「さて、熱くなっちゃったな?グズグズ」
「……」
「グズグズ?おい、グズグズ?」
だが、グズグズの返事は無かった。のぼせて意識を失っていたからだ。
俺たちは大急ぎでグズグズを引き上げて介抱した。幸い、命に別状は無かった。
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