第22話

 その木は奇妙な緑色の花を付けていた。緑色の花なんて俺は見たことが無い。

 前世では品種改良により緑色の花を咲かせる研究もあったが、これは天然だ。

「緑色の花なんて奇妙だ」

「レイラもやっぱりそう思うか?」

 やはりレイラも俺と同じ違和感を覚えているようだ。

 と、言う事はこれは俺たちが探しているヤコイヤの可能性があると言う事だ。

「カカポさん、レイラさん。あれを見て下さい!」

「どうしたんだ?グズグズ」

 俺がグズグズの指さす方を見ると、巨木から白いキノコが生えている。

 大きさは松茸くらいで形は亀の首によく似ている。

「あれってもしかして安楽茸じゃないか?」

「きっとそうですよ!僕、採ってきますね!?」

 グズグズはそう言い出すと木に走り出した。

 キノコはグズグズに任せるとして、俺は緑色の花が気になった。

「しかし変な花だなぁ。緑色の花だなんて」

「気をつけろよ?正体が分からん」

 レイラにそう言われたのに、俺は緑の花に触れてしまった。

 すると、緑の花からザラザラと言う音と共に黄色い粉が大量に出て来た。

「……え?この粉って」

「カカポ、もしやこの木は……」

 俺たちはこの黄色い粉を良く知っている。昨日、俺たちを散々苦しめたからだ。

 これは幻覚作用のある、ヤコイヤの花粉に間違いない。

「カカポさん、レイラさん見て下さい!これが安楽茸に間違いありません!!」

「……良いかグズグズ?キノコを持ったら花に触れないようにこっちに来い」

 俺は努めて平静を保ちながらグズグズにそう言った。

 焦らせたら、グズグズは花に触れてしまいかも知れない。

「どうしたんですか?カカポさん」

「グズグズ、昨日の花粉はこの木の花粉だったんだ」

「え!?それってつまり……」

 グズグズは木を見上げた。木には大量の緑色の花がついている。

 これが一斉に花粉を飛ばし始めたらきっと俺たちは正気を失う。

 そうなれば、俺たちは死ぬまで幻覚の虜になってしまうだろう。

「カカポ!雨が止みそうだぞ!?」

 空の雲はいつの間にか薄くなり、太陽が雲の切れ目から見え始めていた。


「クソッ!タイミング悪すぎだろ!?」

 俺は急いで走り出そうとした。グズグズの足では花粉から逃げ切れない。

 グズグズを俺から迎えに行こうとしたのだ。

「カカポ待て!貴様では身体が大き過ぎる!!」

「じゃあ、どうすんだよ!?このままじゃ間に合わないぞ!!?」

 確かに、俺がグズグズを迎えに走れば間違いなく花に触れてしまう。

 そうなれば花粉が辺りに飛んでしまう。

「私が行く!貴様は私が投げるグズグズを受け止めろ!!」

「上手く投げろよ!?」

 レイラは一目散にグズグズへと走り出した。

 プラチナブロンドの髪をなびかせて走る彼女に俺は思わず見とれてしまった。

 きっとあんな人を恋人に出来るのヤツは、さぞかしイケメンなのだろう。

「こっちだグズグズ!」

「レイラさん!!」

 レイラは走り寄るグズグズを掴むとアンダースローで俺に投げた。

 いくらグズグズが小柄だからって、良くそんな事が出来るなと感心した。

「受け取れカカポ!」

「バッチ来い!!」

 俺はまっすぐに飛んでくるグズグズを抱え込むようにして受け止めた。

 ドッチボールとかで良くやるアレだ。

「カカポさん!キノコはちゃんと採ってきました!!」

「よし!急いで谷から脱出するぞ!?レイラも早く!!」

 俺たちは乱暴に荷物を掴むと来た道を走り出した。

 グズグズは走らせられないから、俺が肩車して連れて行く事にした。

「カカポさん!レイラさん!!空が!!!」

「もう少しくらい待ってくれたって良いだろうが!!」

 俺たちが走る間も、見る見る天気は回復していった。

 日差しが地面に届くようになり、緑の花が開き始めた。

「カカポ!花粉が飛ぶぞ!?」

「花粉なんて大っ嫌いだ!!」

 俺たちは谷に降りるための坂道を必死に逆走していた。

 ここを登り切ればヤコイヤの花粉の飛散圏外に出て安心できるのだ。

 しかし、坂道は雨で濡れて滑りやすくなっていた。足がとられて思うように走れない。

 そんな事を考えていたら、ついに花粉が谷に広がり始めた。


「カカポさん!花粉が!!」

「もう少しくらいのんびりすれば良いのに!」

 俺はこの時、ヤコイヤの木を切り倒してしまえば良かったと後悔した。

 キノコさえ手に入ればあんな不気味な木、切ってしまった方が安全だ。

「もう少しだぞ!?頑張れカカポ!!」

「皆、息を止めろ!!」

 安全圏まで残り二十メートルくらいだった。

 この距離なら、息を止めた状態でも何とかたどり着ける筈だ。

「……」

「……」

 息を止めた俺たちの視界を次の瞬間、ヤコイヤの大量の花粉が遮った。

 もし、息を止めなかったら危ないところだった。

 この花粉の量ではマスクなんてどれほどの効果があるだろうか?

「(息止めたまま走る事がこんなに苦しいなんて思わなかった!)」

 俺はチラリとレイラの方に目をやった。グズグズは俺の後頭部にいるから見えない。

 やはり、レイラも苦しそうな表情をしている。そんなのは当たり前か。

「(ほんの少しで良いから呼吸がしたい!!)」

 全身の細胞が酸素を求めて俺に抗議してくる。

 だが、それを受け入れて息をしてしまったら幻覚の虜になってしまう。

 せっかくここまで来たのに、全てが水の泡だ。それだけは回避しなくては!

「(あと、ほんの数メートルだ!頑張れみんな!!)」

 数メートルの坂を登り切れば花粉が薄い場所に出られる。

 そうなれば俺たちは帰らずの谷から帰ってきた者になれる。

 俺はイケメンになるために気力を振り絞って足を動かし続けた。

「(……もう、ダメだ)」

 酸素が欠乏し、意識がもうろうとなってきた。

 俺、こんなところで終わるのか?まだ、この世界に来て数年しか経ってないぞ?

 俺が諦めかけた時だった。レイラの声がした。

「カカポ!もう大丈夫だぞ!?」

「……え?」

 俺はレイラに言われて思いっきり空気を吸い込んだ。

 なんともない。俺たちは遂に安楽茸を持ち帰る事に成功したのだ。

「レイラ!グズグズ!!俺たち、やったんだな!?」

「そうだ。私たちは三つ目の材料を手に入れたんだ」


 俺たちは遂に三つ目の素材を手に入れたのだ!それに誰かが死んだりもしていない。

 色々と困難やピンチはあったが、おおむね順調と言える成果だろう。

 だが、ここに来て俺にはある疑問が浮かんできた。

「そう言えば、進化の秘薬の素材ってあとどれくらいあるんだ?」

「そうだったな、カカポにはまだ言っていなかったな。済まなかった」

「進化に秘薬には、あと一つの材料が要るんです」

 グズグズの説明を聞いて、俺は安心した。

 だって、あと一つって事はもうほとんど集めてるって事だろ?

 これが残り十種類とか言われたら心が折れるかも知れない。

「あと一つって何を集めれば良いんだ?」

「最後は『秘境に咲く黒い花』だ」

「え、花?」

 俺は耳を疑った。だって『花』なんてどうやって素材にするんだ?

 確かに千年草を俺たちは持ってるが、あれは根を素材にする。

 あまりにもツッコミどころ満載なものだから、俺の頭に大量の『?』が浮かんだ。

「僕たちも詳しい事はあまり知らないんです。最後の一つは情報が少ないんです」

「進化の秘薬を完成させた者があまりにも少なすぎて、不明な点が多すぎるのだ」

「……って事はこれから先はほとんどヒント無しって事か?」

 最後の一つだから楽勝だなんて一瞬でも思った自分が憎かった。

 秘境ってどこにあるんだ?黒い花ってなんだ?

「そんな顔をするな。少ないが前例が無いわけでは無い、何か方法があるはずだ」

「三人で知恵と力を出せばきっと今回も切り抜けられますよ。頑張りましょう」

 俺とは違ってレイラとグズグズはこの状況でも何とかなると思っている。

 この二人に比べて、俺は覚悟が足りないのかも知れない。

 特にレイラなんて自分には何のメリットも無いのに旅に付き合ってくれている。

「……そうだな。まだ出来ないって決まったわけじゃ無いもんな!」

「そうですよ!諦めるのはまだ早すぎますよ!!」

「一応、部分的に言い伝えは残っている。そこに何かヒントがあるやも知れん」

 レイラとグズグズに励まされて俺は黒い花を探す事を決意した。

 もうこうなったら花でも何でも手に入れてイケメンになってやる!

 イケメンになったら今度こそ彼女を作るんだ。

「……なぜ私の顔をまじまじと見ている?」

「え?あ、いや。何でも無いんだ」

 俺、何でレイラを見てたんだろう?

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