第19話
「……ハァ。だから言ったのに」
「仕方ないだろ!?まさか水浴びをしてるなんて思わなかったんだよ!」
俺の話を聴き終えたグズグズは大きなため息を一つ吐いた。
そんな反応する事は無いだろ!?俺だってわざとじゃないんだから。
「普通はもうちょっと周辺に気を配るものですよ。怒られるのも当然です」
「それは俺が悪かったとは思ってるよ」
確かに比は俺にある。さっきの俺はあまりにも視野が狭すぎた。
もうちょっと気を配っていればこんな事にはならなかったはずだ。
「仕方ないですね。もうやってしまった事をあれこれ言っても始まらないですから」
「何か良い案は無いか?俺、このままなんて嫌だ」
俺は何とかしてレイラに許して欲しかった。
彼女に嫌われたままの旅なんて、俺には到底耐えうるものでは無かった。
「僕も色んな失敗はして来ましたが、こんなのは初めてです」
「俺だって女の子の下流で水を飲んだのなんて初めてだよ!」
今回のケースで一番の問題は俺がレイラの裸を見た事では無い。
それも充分に問題があるが、一番の問題は水を飲んだ点だ。
誰だって自分が身体を清めた水なんて飲まれたらぞっとする。
「レイラさんにはちゃんと謝ったんですよね?」
「もう平伏して謝ったよ。出来る事なら時間を巻き戻したい」
もし、タイムマシンがあって過去の過ちを一つだけやり直せるなら今使う。
そして、約一時間前に巻き戻してレイラの水浴びを回避する。
「現実逃避は後にして今はこれからどうするかを考えましょう」
「結構、辛辣だな。グズグズって」
普段、グズグズはもっと柔らかい接し方をしてくれる。
しかし、今のグズグズはズバズバと痛いところを突いてくる。
「事が事ですからね。こればっかりは僕もどうやって弁護したら良いか……」
「そんな事、言わないでくれ!お前に見捨てられたら俺、どうしたら良いか……」
三人した居ないパーティーの中で二人に見捨てられたらもうどうしようも無い。
グズグズが俺にとって最後の望みだった。
「とりあえず、もう一回正式に謝った方が良いですね」
「じゃあ、今から謝ってくる!」
「これ以上、怒らせないようにして下さいね?」
俺はグズグズに連れられてレイラの元へと向かった。
グズグズが立会人になって俺とレイラの間に入ってくれるのだ。
「レイラ。今、ちょっと良いか?」
「……カカポか?どうした」
俺はレイラの入っているテントを訪ねた。俺とグズグズはいつも違うテントで寝る。
中から反応が返ってきて俺は内心安堵した。
完全に嫌われてしまっていたら、返事すらしてもらえないからだ。
「あの~~、その~~」
「何だ、歯切れの悪い。言いたい事があるならさっさと言えば良かろう!!」
「カカポさんは今日の事を謝りたいんです」
なかなか言い出せないで居る俺の背中をグズグズが押した。
これで後には引き返せなくなった。
「そうなんだ!レイラ、さっきはごめん!!俺、水が見つかって嬉しかったんだ!!」
「……それで?」
「それで……レイラに気が付かなくって飲んじゃったんだ!本当にごめん!!」
「たわけが!私が怒っているのはそこでは無い!!」
「え?じゃあどこ?」
レイラは裸を見られてしかも水を飲まれたから怒ってるんじゃ無いのか?
だったら彼女は俺のどこに対して怒っているのだろうか?
「カカポ。貴様あの時、何の確認も無しに水をガブガブ飲んでいたな?」
「……うん。喉が渇いていたもんだからつい」
俺は川を見つけるなり、何も確認せずに水を飲んでしまった。
ちょっと気を遣えば、レイラが居る事に気がつけただろうに。
「もし、あの川の水が飲めなかったらどうする気だった?」
「え?川の水なんだから飲めるんじゃ無いのか?」
「そんなはずあるか!飲めない水だってある!!」
「……レイラは水を飲まられた事を怒ってるんじゃ無いのか?」
「私とてあんな経験が一度も無かった訳では無い。旅をしていればまれにある事だ」
「そうだったのか。俺はてっきり水を飲まれたからレイラは怒っているのかと……」
「無論わざとだったら許さんが今、私が怒っているのはそこでは無い」
レイラは自分が辱められた事に怒っているのでは無く、俺の軽率さに怒っていた。
「貴様が汲んだ水は私たち全員が口にするものだ。安全かどうか常に確認しろ」
「……うん、分かった。次からは気をつける」
「私が言いたいのはそれだけだ。他に何かあるか?」
「いや、何も無い。お休み、レイラ」
「カカポ、明日は谷に降りる。疲れを残すなよ?」
翌朝、俺たちは朝食を終えると早速谷に降りてみた。
谷は結構深く、しかも霧のようなものが立ちこめていて視界も悪かった。
「足下に気をつけろよ?足を滑らせたら谷底まで落ちる事になる」
「この高さから落ちたら多分、助からないな」
だが幸い、気をつけていれば足が滑るような道では無かった。
案外、普通の谷なのかも知れない。俺がそう思っていた時だった。
「先輩!こんなところに居たんですか?」
「え?堀井?」
俺の後ろから声がしたから振り向けば、堀井が立って居るでは無いか。
何でこんなところに堀井が居るんだろう?
「お前、堀井か?何でこんなところに居るんだ?」
「この谷はこの世界と元の世界がつながる特異点なんです」
「特異点だって?」
俺にはにわかには信じられなかった。そんな話しはレイラ達から聞かなかった。
だが、目の前に居るのは間違いなく俺の知る堀井だった。
「先輩!俺たちの結婚式に参加してくれるって言ってたじゃ無いですか!?」
「え?ああ、そうだったな。ごめん」
そうだった。俺は堀井の結婚式に参加する約束をしていたんだった。
だけど、車に轢かれそうになっていた堀井を庇って死んだんだった。
「もうすぐ式が始まります。すぐにこっちに来て下さい!」
「え?でも、俺は今レイラ達と安楽茸を採りに……」
なんだか夢を見ているようだった。って言うか夢だったりして。
堀井が手招きをしているが、俺は迷っていた。
「川口君!早くこっちに来て!!」
「え!?君は!」
気が付くと堀井の傍らにはかつて俺が片思いをしていた女の子が居た。
その姿はあの頃から変わっておらず、俺が恋した時のままだった。
「川口君。あたし、川口君と一緒に居たいの!」
「俺と一緒に居たい?本当に?」
「うん!本当だよ!!川口君の事が好きなの」
その言葉で俺は確信した。コイツらは偽物だ。本物だったらこんな事は言わない。
「嘘だな」
俺は斧で堀井と女の子に切りつけた。二人は靄のように霧散して消えた。
俺の目の前には道は無く、切り立った崖があるだけだった。
「何だったんだ、今のは?幻でも見せられたのか?」
この手の作品には幻を見せてくる敵が登場するものだ。
俺はそいつに幻術を掛けられてしまったのだろう。
「レイラ、グズグズ。この谷には何かが居る……」
そう言いかけて俺は絶句した。二人の様子があまりにも異常だったからだ。
二人とも目の焦点が合っておらず、何か訳の分からない事を言っている。
「お父さん、お母さん。こんなところに居たの?」
レイラはどうやら、自分を捨てた両親の幻を見ているようだ。
彼女はフラフラと歩き出した。このままじゃ谷底に落ちてしまう。
「レイラ、危ない!」
俺はとっさにレイラを押さえ込んだ。彼女には俺の声が聞こえていない様子だった。
力尽くででもレイラを止めなくては彼女の命を救う事は出来ないと思った。
「おとうさぁん、おかあさぁん……」
「どうすれば良いんだ?どうすれば二人の幻術を解く事が出来るんだ?」
そんな風に俺が頭をフル回転させている時だった。
急に地面から黒い手が伸びて、俺の首に絡みついた。
「うぐっ!?」
黒い手に首を絞められた俺は呼吸が出来なくなってしまった。
何とかしてこの手を振りほどかないと窒息してしまう。
「や、やめろぉぉぉおおお……」
俺は必死に手を振りほどこうと足掻くが、手に触れる事が出来ない。
手を掴もうとしても宙を掴むだけで手応えが全くないのだ。
「……もう、ダメだぁ」
そう俺が諦めかけ思わず深く呼吸をしようとしたその時、呼吸が出来たのだ。
まるで首なんて最初から絞められてないようだった。
「え?何だ?これ」
俺が見ると、手は相変わらず俺の首に絡みつているように見える。
だが、よく見るとそれは手では無く地面に映った俺の影だった。
俺は自分の影を見てあたかも地面から手が伸びたように錯覚していたのだ。
「また幻術か?いや、これは幻術じゃ無い!」
俺はこれと似た現象を現世で知識として聞いた事がある。
あれは薬物乱用の恐ろしさを子供に教えるためのビデオだった。
薬物中毒になってしまった患者がこう言った幻覚を見てしまうとあった。
って言う事は俺たちは今、薬物中毒になっていると言う事か?
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