第17話

 この世界では食事の前には祈りを捧げるのが一般的らしい。

 自分の糧となってくれる食べ物に対して感謝するのだという。

「……」

 俺は祈りの時の言葉を良く知らないし、内容を理解もしてない。

 だから黙って目を閉じて祈りを捧げるだけにとどめている。

「さあ、食べましょう」

「いただきます」

 俺は最初に川魚の串焼きにかぶりついた。我ながら絶妙な塩加減だと自負している。

 しかし、俺にはのんきに食事を楽しむ余裕は無かった。

 なぜなら、食事が終わった後でレイラに謝らなくてはいけないからだ。

「うん、なかなか上手いな。ただ魚を焼いただけなのにどうしてこうなるのだ?」

「え?あ、それは火加減と塩加減のなせる技だよ」

 俺はここの後の事を考えるあまり、レイラの話が脳に届くまで時間がかかった。

 ほとんど余裕の無い俺に対して、レイラはあまりにも普段通りだった。

「私も何度か挑戦した事があるが、こうはならないぞ?」

「レイラは火加減がちょっと強いんだよ。それじゃ中まで火が通らないんだ」

 俺はレイラに世の中の事を色々と教えて貰う機会が多い。

 逆に俺がレイラにこうして何かを教えるのは結構レアケースだったりする。

「火が強ければそれだけ早く焼けるのでは無いのか?」

「表面はね。中までおいしく火を通そうとすると強すぎたらいけないんだ」

 俺はレイラに対して料理のコツを色々とレクチャーした。

 普段は年上の貫禄を出す彼女がまるで子供のように俺の話を聞いていた。

「……なるほど。奥が深いのだな、料理とは」

「そうだよ?おいしくするって言うのは簡単なようで難しいんだ」

 俺は前世ではソロキャンプにはまっていた時期がある。

 だからこの手の料理は動画とかを見て、段々と身についていった。

「貴様のそれは親から教えて貰ったのか?」

「う~ん。ちょっと違うけど、誰かから教えて貰ったのは確かだよ?」

 親はアウトドア料理なんて教えてはくれない。

 でも、料理の基本を教えてくれたのは間違いなく前世の両親だ。

「……私も練習すればうまい料理を作れるようになるだろうか?」

「これくらいで良いなら誰にでも作れるようになるよ」

 レイラとそんな会話をする内に、俺の気持ちは自然と軽くなっていった。

 これなら後でレイラにちゃんと謝れそうだ。


 夕食が終わり、俺たちは明日の支度をするだけになった。

 テントは組み立て終わっていたし、後は寝袋にくるまるだけだった。

「……レイラは今、どこに居るかな?」

 俺は今日、彼女に働いた無礼をわびる為にレイラを探す事にした。

 食事の時は彼女は普段通りのレイラだったが、どうだろうか?

「お、居た!」

 俺はすぐにレイラを見つかって、嬉しいような嬉しくないような気分だった。

 もうちょっと時間がかかった方が心の準備が出来たのに。

「……隣、良いかい?」

「カカポか。別に構わんが?」

 俺はレイラの隣に座ると、彼女と同じように星空を見上げた。

 天空には宝石をちりばめたように星がキラキラと瞬いていた。

「……レイラ、今日の事なんだけど……」

「今日のこと?どうかしたか?」

 俺は隣に座る彼女の顔が見れなくて、夜空を見上げたままだった。

 しかし、勇気を振り絞って話を切り出した。

「俺、レイラにあんな事を言うつもりじゃ無かったんだ!!本当にごめん!!」

「……それは私の両親の話か?」

 レイラの口調はいたって普通だった。怒ってもないし、悲しんでもない。

 強いて言うなら、少し呆れているような感じではあった。

「……うん。俺、レイラを傷つけたかったわけじゃ無いんだ……だた……」

「あの程度の事なら、私の人生では日常茶飯事だ。気にするな」

 俺は彼女の顔が怖くて見れなかったが、彼女の声は笑っていた。

 なぜ彼女は自分が差別された過去を引き合いに出されたのに笑っていられるんだ?

「なんでそんな簡単に流せるんだ?辛い過去なんじゃ無いのか?」

「確かに辛い過去ではあるし、蒸し返されて気分の良いものでも無い」

 やっぱり彼女にとって差別された過去は思い出したくないものなのだろう。

 だが、レイラはその事で俺を責めたりしなかった。

「じゃあ、何で怒らないんだ?俺は酷い事を言ったんだぞ?」

「貴様に悪意が無い事くらい分かっているし、もっと酷い言い方をされた事もある」

 レイラの過去を話題にしたヤツは俺一人では無かったのだ。

 この世界はレイラ、と言うかダークエルフに対して風当たりが悪い。

 彼女たちが差別される存在である事をネタにして笑う者も居るのだろう。

 レイラだってそんな経験の一回や二回はあるのだ。


「貴様は知らんだろうがダークエルフは好奇の目にさらされやすい」

「あの冒険者たちみたいにか?」

 俺が言っている冒険者とは俺とレイラが初めて出会った時に居た連中の事だ。

 あいつらはレイラの事をまるで色違いモンスターでも見るような目で見ていた。

「あれくらいはむしろ優しいくらいだ。私たちを売り買いしようとする輩も居る」

「そんな事するのか?まるで物みたいじゃん!?」

 俺はあえて奴隷と言う単語は使わないようにした。

 本人に対してそんな言葉は絶対に使ってはいけないと思ったからだ。

「物みたいではない。物だ。私も何度かそういう輩に会った」

「そうか、そいつらはレイラの過去を……」

 ダークエルフはエルフの中に生まれる亜種だとグズグズは言った。

 つまり、ダークエルフ達は生まれながらにして孤独な存在なのだ。

 そして、きっと多くのダークエルフ達がエルフから差別された過去を持つ。

 心ない輩がダークエルフ達の立場をネタにして笑いものにするのだろう。

「そういう事だ。だから貴様の言った事など大した事では無い」

「……それでも、俺がレイラの辛い過去をほじくり返したのは変わらないよ!」

 もっと酷い言い方をされたから気にしなくて良いなんて納得できなかった。

 悪意が無くとも、俺が酷い事を言ったのには変わりが無い。

「ふむ。では、貴様は罰して欲しいと言う事か?」

「じゃないと俺の気が済まないんだ!何でも良いんだ!!言ってくれ!!!」

 俺はレイラに思わず土下座をしていた。

 ブタ野郎が美人の女性に罰して欲しいなんて変なシチュエーションだ。

 だが、俺自身は罪悪感から真剣に言っている。

「そうだな……貴様にして欲しい事か……」

 レイラは少し、考えているような困っているような様子だった。

 彼女自身は俺の非礼をもう許しているし、罰なんて与えようと思っていない。

 ただ、俺が自分にけじめを付けるために無理を言って頼んでいるだけだ。

「……では私に時々で良いから料理を教えろ。良いな?」

「そんな事で良いなら、いくらでも教えるよ!」

 俺は二つ返事でレイラの要望を快諾した。

 これから俺はレイラにおいしい料理の作り方を教える事になった。

「それから、それは一体何なんだ?」

「……ジャパニーズドゲザスタイル?」

 やっぱり土下座はこの世界では通じなかった。


 レイラに許して貰った俺は寝袋にくるまった。

 隣ではグズグズが既に横になっていた。

「……何だかさっきとは打って変わって機嫌が良いですね?」

「あ、起こしちゃったか?ごめんな」

 俺は普段通りにしているつもりだったが、グズグズにバレてしまった。

 そう言えば俺、前世でもわかりやすいヤツだと言われていたなぁ。

「いえ、まだ寝てなかったんで大丈夫ですよ」

「そうか?じゃあ、良かった」

 明日はグズグズが料理の当番だったっけ?

 じゃあ、レイラに料理を教えるのは明後日からだな。何を教えようかな?

「何か良い事でもあったんですか?」

「いや、良い事って程でも無いんだけどな……」

 俺はグズグズにさっきの出来事をかいつまんで説明した。

 レイラに謝って許してもらえた事。これから彼女に料理を教える事。

「なるほど。だからウキウキしてるんですね?」

「そうなんだ。まさかこんなにあっさり許して貰えるなんて思っても見なかった」

 俺は正直、レイラに許して貰えなかったらどうしようかと不安だった。

 だが、そんなのは杞憂に終わった。

「喜んでるところってそこですか?」

「どう言う意味だよ?他にどこで喜ぶんだ?」

 グズグズは俺がどうして喜んでいると思ってたんだろう?

 レイラと仲直りした。これ以上の事があるだろうか?

「レイラさんにこれから料理を教えられるから喜んでるんじゃないんですか?」

「……え?」

 グズグズに指摘されて、俺は自分が何に対してウキウキしているのか自覚した。

 俺はこれからレイラにマンツーマンで料理を教えられるから嬉しいのだ。

 彼女と二人の時間を作る口実が出来たからそれで嬉しいのだ。

「良かったじゃ無いですか。レイラさんと共通の話題が出来て」

「……そう、だな?」

 俺は何でこんなにも喜んでいるのだろうか?

 レイラに料理を教える事がどうしてこんなに嬉しいのだろうか?

 別に俺は誰かに何かを教えるのが好きと言うわけでは無い。

 それなのに、どうして俺はこんなにもウキウキしているのだろうか?

 答えが出ないまま、俺は夢の世界へと落ちていった。

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