第16話

「貴様、さっきから聞いていればだってだってと……」

「そんな事、言われたって実際に世の中では……」

 世の中では見た目がやっぱり重要視されてると思わずに居られない。

 実際、あの子だって俺にもっと格好良い人が好きだと……

「まだ言い訳をするのか!?貴様は!」

「いっ!?」

 俺はレイラの発する怒気に圧倒された。彼女の圧は有無を言わせなかった。

 こんなに起こってる彼女を見たのは、多分初めてだ。

「ではカカポよ、いくつか質問に答えろ」

「……何だよ?」

 レイラは俺にどんな質問をする気なんだろうか?

 あまり答えにくい質問をしないでくれるとありがたいが……

「例えばだ、この場にカカポ好みの顔をした女が居るとしよう」

「……うん」

 俺好みの顔の女をイメージしようとして、俺は何となくレイラの顔を見ていた。

 レイラは目がぱっちりしていて、鼻筋も通っていて、本当に美人だった。

「お前はその女の顔の何かの拍子に傷が付いたらもうその女を嫌いになるのか?」

「え?なんだよその質問!?」

 好きな女の顔が傷物になったら嫌いになるかだって?

 何でそんな滅茶苦茶な質問をされなくちゃいけないんだよ?

「お前の言っている事はその程度の事だと言っているのだ。どうするか言って見ろ」

「……それは……」

 例えば俺に好きな人が出来たとして、その人が顔にやけどを負ったとしよう。

 その時、俺はその人から心変わりするだろうか?

「……分からないよ……そんなの……」

「なぜ分からない?簡単な問題では無いか?顔だぞ?」

 レイラはさも不思議そうに俺に問いかけてくるが、わざとらしい演技だった。

 彼女の本当の問いかけはそんな事では無いのだ。

「その人と俺がどんな関係なのかも大切な事だろ!?顔だけで決められないよ!」

「そうだな。顔だけで相手の価値を決めるとはそういう事を無視すると言う事だ」

 レイラが言いたいのは、顔が全てでは無いと言う事だった。

 顔が良いからと寄ってくる人は顔が悪くなったら離れていく。

 そんな人たちにどれほどの価値があるだろうかと問いかけているのだ。

 だが、俺にはそれでは納得できない部分があった。


「レイラはどうなんだよ?レイラはダークエルフだから追い出されたんだろ?」

「……なるほど。そこに話しを持って行くか」

 レイラは見た目が全てでは無いと俺に言ったが彼女自身はどうだろうか?

 彼女の両親はレイラがダークエルフだから彼女を追い出している。

「レイラがエルフになった時、お母さん達が仲直りしようって言ったらどうする?」

「ダークエルフの私がダークエルフで無くなった時の話か……」

 レイラだって見た目が原因で仲間から差別された経験があるのだ。

 それなのに、どうして見た目が全てじゃ無いなんて言えるのだろうか?

「レイラだって考えた事はあるだろ?自分がダークエルフじゃ無かったらって」

「確かに貴様の言うとおり、私も何度もそれを考えた事がある」

 やっぱり、レイラだって両親から勘当されて悲しいはずだ。

 そして、その原因となった自分の生まれを呪ったはずなのだ。

「そうだろ?だったら……」

「だが、それでもだ」

「……え?」

 それでもって何だよ?どうしてそんな事を言うんだよ?

 レイラだって、本当はダークエルフなんて嫌だろ?

「それでもあの人たちが私を一度でも捨てたと言う事実は消えない」

「だから例え普通のエルフになっても両親に会わないのか?」

 俺が彼女に言っているのは本当は言ってはいけない事なのだろう。

 土の中から生まれた俺には親に捨てられたレイラの痛みが分からない。

 本当にこの中で一番辛い思いをしているのは彼女なのかも知れないのに。

「会わないどころかエルフになる気も無い。私は一生このままだ」

「どうしてそんな事が言えるんだよ?何とかしたいと思わないのか?」

 俺には自分の生まれ持った物を受け入れるレイラの気持ちが分からなかった。

 彼女の覚悟は一体どこから来ているのだろうか?

「仮に私がエルフになって親と暮らしても、私はあの人達を愛せない。だからだ」

「……そうか。レイラは強いんだな」

 確かに彼女の言うとおりなのかも知れない。

 見た目だけで近付いてきたり、離れていったりする人たち。

 そんな人たちが向けてくる好きは本当の好きでは無いのかも知れない。

 要するにその人達は俺たちの外側しか見ていないからだ。

 本当に大切なのは目に見えない部分なのかも知れない。

 レイラはそれが言いたいのだろう。


「……そろそろ夕食にしませんか?」

 俺たちの間に妙な沈黙が続こうとした頃に、グズグズがそう提案した。

 言われてみれば時間的に考えて、晩飯の支度に入る時間だ。

「そうだな!何だか腹も減ってきたしな!!」

「今日はカカポさんの当番ですよ?」

 俺たちはグズグズによって半ば強引に解散させられた。

 何となくだが、俺はその時のレイラの顔を見るのが怖かった。

 彼女がどんな表情をしているかを想像したら、見れなかった。

「カカポさんは今日は何を作るんですか?」

「そうだなぁ……川魚が手に入ったからそれで何か作りたいな」

 俺は努めて気持ちを切り替える事にした。

 どうしてさっきはあんな事を言ったのか自分でも分からなかった。

 俺の悩みに対して気にする事は無いと言ってくれた人を巻き込むなんて。

 自己嫌悪の気持ちが今更になってふつふつと湧き上がってきた。

「串焼きなんてどうでしょうか?それが一番おいしいと思いますよ?」

「……それも良いかも知れないなぁ」

 俺はその時、グズグズの話しを上の空で聞いていた。

 その時の俺が考えていたのは、レイラに何を言うべきかだった。

 自分で彼女の辛い過去を蒸し返したくせにそれを後悔しているのだ。

「ちゃんと謝った方が良いと思いますよ?」

「……やっぱりそうだよなぁ。って、え!?」

 グズグズは今、何を言った?確か、謝った方が良いって……

 あまりにも上の空で聞いていたから、思わず聞き返してしまった。

「カカポさんがあんな事を言った気持ちは分かります。でも、謝った方が良いです」

「でも、何て言って謝った方が良いと思う?」

 正直、俺は自分の事を最低野郎だと思っていた。

 だって女の子の嫌な過去なんてほじくり返すなんて最低だろ?

 しかも、相手は俺の事を勇気づけようとしてくれたんだぜ?

「正直に謝るしか無いでしょ?それしか方法が無いんですから」

「許してもらえると思うか?」

「許してもらえなくても、悪い事をしたと思うなら謝るべきです」

 グズグズの言っている事は至極まっとうな意見だった。

 許してもらうために謝るのでは無く、悪い事をしたから謝るのだ。

 俺はレイラにちゃんと謝ろうと決心した。


 夕食の支度をしながら、俺は謝罪の言葉を考えていた。

 前世でも、女の子にあまり関わらなかったから何を言えば良いか分からなかった。

「……僕がレイラさんを呼んできますね?」

「ああ、頼むよ」

 俺は絞り出すようにして何とかそれだけ言った。

 レイラにどんな顔をして会えば良いのか、見当も付かないままだった。

「……何て言えば良いんだろう?どうやって謝れば良いんだろう?」

 グズグズの姿が見えなくなって、俺はそればっかり考えていた。

 こんな事になるなら、あんな事は言わなければ良かった。

「いっその事、軽めのテンションで行くか?さっきはゴメンな!とか……」

 俺は一人で謝る練習まで始めていた。

 昔、取引先に謝りに行った事があったがこんなに緊張しなかった。

「いやダメだ!反省してないと思われかねない!!やっぱりちゃんと謝ろう!!!」

 親から勘当された事を引き合いに出したのにそんな謝り方は無い。

 やっぱり土下座でも何でもして、誠心誠意謝るのが筋というものだろう。

「レイラ!さっきは本当に悪かった!!あんな事を言うつもりじゃ無かったんだ!!」

 この世界で最上級の謝罪にはどのような姿勢で臨むのか俺は知らない。

 土下座なんてしても、理解されないかも知れない。

 それでも心を込めて謝れば伝わる……かも知れない……と思う。

「……ああ~~!グズグズにちゃんと教えて貰えば良かった!!」

 俺のこの世界における常識力は限りなくゼロに近い。

 黒の森とか言う外部との交流が無い場所でオークばかり相手にしてきたせいだ。

「貴様はさっきから一人で何を騒いでいる?」

「げ!レイラ!!」

 俺が気が付くと、レイラとグズグズがなんとも言えない目で俺を見ていた。

 レイラはジト目で俺を見るし、グズグズはタイミング間違えた!みたいな目だ。

「人の顔を見るなり『げ!』とは何だ。失礼な」

「あ、いや、違うんだ!変なところを見られたから……」

「たわけが!変なのは最初からであろうが」

 レイラはそう言うと、配膳された食事の前の腰を下ろした。

 俺は気まずい気持ちを抱えたまま、レイラに習って腰を下ろした。

 最後にグズグズも座って、俺たちはいつも通りの食事のスタイルをとった。

「では、食事の前の祈りを捧げますね?」

 俺はグズグズがするのをまねして、食事の前の祈りを捧げた。

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