第15話

「本当に二人分で良いんですか?レイラさんの分も採っておきましょうか?」

「いや、私は結構。私は今の状態に満足している」

 レイラは自分の分の進化の秘薬は必要ないと言っているが俺は引っかかった。

 彼女はダークエルフだからエルフの集落を追われたのでは無いのだろうか?

「どうしてだ?レイラだって進化の秘薬があれば普通のエルフになれるんだぞ?」

「何だ、そんな事を気にしていたのか?そんな気遣いはするな。迷惑なだけだ」

 迷惑だとは言ったが、レイラの顔は少し笑っていた。

 だが、なぜ彼女は進化の秘薬を求めないのだろうか?

「でも、エルフになればお父さんやお母さんと暮らせるんじゃ無いのか?」

「どう言う理由があったにせよ、あの人たちは私を捨てた。それだけだ」

 レイラはそう言うと、俺から視線をそらして腕組みをした。

 帰りたい気持ちと帰りたくない気持ちが半々なのだろう。

「……そうか。レイラがそう言うなら」

 俺はもうそれ以上追求するのをやめた。これ以上は余計なお節介だ。

 レイラは自分の意思で進化の秘薬を拒んだのだ。

 それを俺が無理に説得するのは彼女の意思を否定した事になる。

「カカポさん、レイラさん。終わりましたよ」

「そうか。では、島を出るぞ」

 俺たちは舟を隠した場所まで戻る事にした。

 来る時はシェイドがウヨウヨしていた道が今はガランとしている。

 下位のシェイドは朝になると影に隠れてしまうのだとグズグズに教わった。

「……あったぞ!?無傷だ」

「これで問題なく帰る事が出来るな」

 舟も無事に見つかった。俺たちは舟に乗り込むと湖に漕ぎ出した。

 こんな不気味な島とはさっさとおさらばするに限る。


 後になって分かったのだが、あの島にはかつて三人兄弟の騎士が訪れたらしい。

 三兄弟の目的は島に咲く夜顔の朝露を入手する事だったらしい。

 三人は協力して島を攻略し、目的の夜顔を見つけた。

 しかし、夜顔の美しさに心を奪われ三人は仲違いをし殺し合いに発展。

 結局、三人が島から戻ってくる事は無かったらしい。

 あのミオ、リエット、ロジュリの三体のシェイドは俺たちを盗人と言った。

 生前、夜顔の朝露を手に入れられなかったから誰にも渡したく無いのだろう。

 だから夜顔を護るべく悠久の時をさまよっているのだろう。


 夜顔の朝露を手に入れた俺たちは早速、次の素材の話しをした。

「レイラ、次は何を採りに行くんだ?」

「次か?次は東の谷へキノコを採りに向かう」

 レイラは今、俺にキノコ狩りに出かけると説明した。

 キノコが薬の素材?冬虫夏草みたいな物か?

「キノコ?キノコだったらその辺にいくらでも生えてそうな気がするけど?」

「ただのキノコでは無い。ある場所にだけ生える特別なキノコだ」

 レイラの説明を聞いて、俺は未知のキノコをイメージしてみた。

 特別なキノコとはどのようなキノコなのだろうか?

 あんまり変なところに生えてなければ良いのだけど……

「東にある『帰らずの谷』にしか生えないキノコがあるんです」

「帰らずの谷?何かヤバそうな単語が……」

 帰らずと言うからには一度行ったら最後、もう帰れない場所なのだろう。

 でも、帰れなかったら俺たちの旅は終わりなんじゃ?

「文字通り、そこに行った者は帰ってこないのだそうだ」

「じゃあ、行ったらダメじゃね?」

 行ったら旅が終わってしまうなら、それは行ってはいけない場所だ。

 って事は俺のイケメンになる夢はここで頓挫か?

「帰らずの谷と言う名前ですが、一人も帰ってこなかった訳ではありません」

「千人中一人くらいしか帰ってこないから帰らずの谷と呼ばれている」

 グズグズとレイラは絶対に帰れない場所では無いと俺に説明した。

 でも、九百九十九人が帰れない谷ってどんな危険な場所?

「千人行って一人しか帰れないってどんな場所だよ!?」

「詳しい話しは私も知らん。ただ、帰ってきた者は『普通の谷だった』と言っている」

 それ、絶対に嘘だよね!?絶対に普通の谷なんかじゃ無いよね?

 普通の谷だったらそんなに人を飲み込んだりしないよ?

「普通の谷は九百九十九人も死なないよ!?」

「そこがその谷の摩訶不思議なところなんです。一体、何が待ってるんでしょう?」

 グズグズもレイラも驚くくらいに平然としている。

 あれ?もしかして俺が変なの?これくらいで驚いてる俺の心臓が小さいの?

「怖じ気づいたか?」

「正直、怖い。けど怖いのは今までもだから今回も行くだけだ!」

 だが、今までだってドラゴンに追われたりシェイドのひしめく島に行ったりした。

 この旅は最初から命がけだったのだから、今更退く事は出来ない。


 そんな会話をしながら岸にたどり着く頃にはすっかり周囲は明るくなっていた。

 朝露を採りに行ったのだから、当たり前と言えば当たり前だが。

「さてと、この散らかった食事のあとを片付けたら早速出発するか」

「そうですね。僕は小さい物を片付けるのでカカポさん達は大きい物をお願いします」

 こうして、俺たちはテントやら鍋やらを片付け始めた。

 舟は名残惜しいが、持って行けないのでバラバラに解体した。

「三人で片付けると結構あっという間だな?」

「三人で居ても、持ち物は三倍になりませんからね」

 俺はレイラやグズグズと旅するのが結構、気に入っているようだ。

 この二人と居ると、頼もしいし寂しくない。

「あれ?レイラはどこに居るんだ?」

「確か、あっちの方に行きましたよ?」

 グズグズは木の茂る方向を指さした。レイラは一人で何してるんだ?

 下手したらモンスターと出くわすかも知れないのに。

「俺、ちょっと見てくる」

「カカポさん。それはやめた方が良いと思います!」

 レイラを探しに行くのをグズグズは間髪入れずに制止した。

 何でそんなに必死になって俺を止めるんだ?

「何かまずいのか?」

「レイラさんにだって人に見せたくない姿はあると思うんですよ」

 そうグズグズに言われて、俺は合点がいった。

 もし、レイラがお手洗いに行っていたら俺はその場面に出くわしてしまう。

「……そうだよな。レイラにだって色々あるもんな!?」

「そうですよ。レイラさんはたった一人の女の子だから色々あるんですよ」

 そうなったら、きっとレイラは俺の事を嫌いになってしまうだろう。

 三人しか居ない仲間内でギスギスするのは死活問題だ。

「ごめんな、グズグズ。俺、全然気が付かなかったよ」

「大丈夫ですよ。未遂ですし、これから気をつければ良いんですよ」

 こういう時、年長者のグズグズは頼りになる。

 彼はこのパーティーで一番貧弱だがその分、色々知ってるし何より大人だ。

「あ、レイラさん帰ってきましたね」

「さっきの話しはレイラには秘密にしてくれよな?」

「分かってますよ。それくらい」

 俺たちはその後、レイラの地図を頼りに東の谷を目指して出発した。


「カカポ、一つ訊いても良いか?」

「ん?どうしたんだよ、レイラ」

 東の谷に向かう途中、レイラが話しかけてきたので少し驚いた。

 普段は俺がレイラに質問するから、逆なのは珍しかった。

「貴様は顔が良くなれば女が寄ってくると考えているようだが、それはなぜだ?」

「なぜだって、実際にそうだからだろ?世の中ってそんなモンだ」

 なぜイケメンになれば女の子に好かれると思っているかだって?

 そんなの『一足す一はなぜ二になるの?』と聞いているようなものだ。

 説明するまでも無い常識だ。

「……なるほど、これは随分な思い込みだな」

「思い込みじゃねぇよ。俺は身をもって知ってるから言うんだよ!」

 レイラみたいな綺麗な人には俺みたいなヤツの苦しみは分からない。

 空を飛ぶ鳥が地を這う生き物の気持ちを理解出来ないような物だ。

 生まれた瞬間から努力ではどうにもならない壁と言う物はある。

「今、身をもって知ってると言ったな?それはいつ、どこでの事だ?」

「いつって前世でだよ」

 前世の世界ではルックスは大きなアドバンテージになる。

 同じ事を言ったりしたりしてもルックスだけで評価が大きく違う。

 ただしイケメンに限ると言う言葉がまことしやかにネット上でささやかれていた。

「カカポ、前世での貴様がどのような人生を送っていたかは私は知らん」

「何だよそれ?この世界じゃ違うって言いたいのか?」

 俺にはレイラの言わんとすることが分かった。

 彼女はこの世界は見た目だけで渡っていけるほど甘くないと言いたいのだろう。

「そうだ。見た目が良ければ女が勝手に寄ってくるなんて考えは今すぐ捨てろ」

「俺だって見た目だけで全部が決まるとまでは言って無いさ!」

 確かに、見た目が良ければ全肯定してもらえるわけでは無い。

 それ以外の要素だって男の価値を決める上で大切なものだ。

「だが、それに近い事は考えているだろう?」

「……だって……」

 だってそうだろう?見た目って悪いよりは良い方が良いに決まってるだろ?

 不細工が親切を働いても、感謝なんてされない。むしろ迷惑がられるだけだ。

 でも、同じ事をイケメンがしたらどうなるだろうか?

「だってでは無い!!」

「っ!?」

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