第13話

「進化の秘薬のためなら、僕はこれくらい怖くありません」

「しかしだ。グズグズ、貴様が死んでしまったら進化の秘薬も意味が無いぞ?」

 レイラはグズグズに対して疑問を投げかけた。

「そ、それは……」

「確かに進化の秘薬がどうしても必要なのだろう。しかし、同じくらい貴様も必要だ」

 レイラの言うとおりだった、グズグズは進化の秘薬にばかり目が行っている。

 進化の秘薬が手に入っても、それを使うグズグズが死んでしまったら意味が無い。

 進化の秘薬とグズグズの両方が居て初めて、彼の望みは叶うのだ。

「そうだぞ、グズグズ。お前が死んだら誰が進化の秘薬を使うんだ?」

「その時は二人が僕の代わりになる人を探して下さい」

「断る」

 グズグズの頼みをレイラはバッサリと切り捨てた。

 普段から、ちょっとキツい言い方の彼女だったが今回は特に冷たかった。

 だが、そんな頼みを俺たちは聞くわけには行かなかった。

「え?どうしてですか?」

「勘違いするな。私たちは進化の秘薬を手に入れるために協力しているだけだ」

 レイラはあえて冷たい言い方をしていた。

 ここでグズグズの頼みを聞けば、彼は捨て身になってしまう。

 そんなのは仲間として見過ごせなかった。

「貴様の一族の事など私たちは関知しない」

「グズグズ、俺もレイラの意見に同意見だ」

 レイラがあまりにも冷たい言い方をするから、俺は慌ててフォローした。

 俺たちは本当はグズグズに生きて欲しいのだと伝えたかった。

 俺たちの旅は死に向かうものじゃなくて、希望に向かうものだと思いたかった。

「カカポさんも?」

「グズグズが一族のために命すら投げ出す覚悟があるのは認めるよ」

 俺は努めて柔らかい言い方をした。

 そうしないと、俺たちはただのビジネスライクな付き合いになってしまう。

「でも、秘薬はちゃんとグズグズ自身が使うべきだと思うんだ」

「僕自身が?」

「そうしないと薬が正しく使われてるか分からないだろ?」

「……分かりました。次からはあんな無茶はしません」

「分かってくれたならそれで良いんだ」

 俺は膝をつくとグズグズの肩に手を触れた。


 グズグズの覚悟を知った俺たちは夜顔を目指して、歩き出した。

 夜顔までは後、半分くらいだったがそこからなかなか進めなかった。

 夜顔に近付けば、近付くほどにシェイドに遭う回数が増えたからだ。

「何なんだ?これは」

「妙だな。まるで夜顔に私たちを近づけたくないようだ」

 レイラの言うとおりだった。夜顔に向かうために道にはもれなくシェイドが居た。

 居たというより配置されていたと言った方がしっくりくるくらいだ。

「カカポさん、レイラさん、いくら何でもおかしくないですか?」

「ああ、おかしいと言うより不自然だ」

 俺たち全員がこのシェイドの配置に意図的なものを感じていた。

 何者かが夜顔を護るためにシェイドを置いているようにしか見えなかった。

「ちんたらしてたら朝になっちまうな」

「何か良い策があれば……」

 俺たちは物陰から三体のシェイドを見ていた。

 シェイドたちはフラフラとあっちへこっちへと歩き回っている。

 グズグズは非戦闘要員だから、数的にはこっちが不利だ。

「一体ずつならたいした事は無いんですけど……」

「ん?一体ずつ?」

 俺はその言葉を聞いてある出来事を思い出した。

 それは前世でゲームをしていた時によくやっていた行為だ。

「そうだ。引けば良いんだ」

「カカポさん。引くって何をですか?」

 俺が思い出したのはMMORPGでの一場面だ。

 俺がプレイしていたゲームではプレイヤー同士が協力してモンスターと戦う。

 しかし、ゲーム内のモンスターが結構強くて一匹ずつじゃないと危ない。

 そんな時はモンスターを一匹ずつ戦いやすい場所に連れて行き、たこ殴りにする。

 それをゲーム内では『引く』と呼称していた。

「……なるほど。つまり三対一の状態を意図的に作り出す訳か?」

「確かにその方法なら相手が何体居ても、問題なく倒せますね」

 俺はレイラとグズグズに引く事をかいつまんで説明した。

 流石にゲームの事までは説明しなかったが、イメージは伝わったようだ。

「引くのは俺に任せてくれ、こう言う役はタンクがする事だからな」

「……気をつけろよ?危ないと思ったら迷わずに逃げろ」

 俺たちはゲームの戦術でシェイドを倒す事にした。


「……」

 俺はまず、物陰からシェイドたち様子を窺う事にした。

 こっちの理想としてはシェイドを一体ずつ引いて倒したい。

 そのためには、俺の姿を一体にだけ見せる必要があった。

「……今だ!」

 俺が潜んで五分くらい経過した頃にチャンスはあっさりやって来た。

 俺は物陰から姿を現し、シェイドの一体にあえて自分を見せた。

 そして、その後はレイラたちが控えている場所まで逃げた。

「お客さん、一名様入ります!レイラちゃんご指名です」

「ふざけてないで真面目にやれ!!」

 俺はレイラに叱られながらシェイドがやってくるのを待った。

 シェイドはゆらゆらと歩きながらゆっくりやって来た。

 俺は囮役だから、レイラがシェイドの背後をとるまで注意を引きつけた。

「お客さんふらふらだけどお仕事大変?ブラック企業は大変ね?」

「……」

 シェイドにどうでも良い話しを振る俺をレイラがにらみつけていた。

 そんな顔されたって、この状況でどうしろって言うのさ?

 ただ突っ立って囮役をするのも暇なんだぜ?

「でも、大丈夫よ。これから二、三日お休みがもらえるから」

「ふざけるなと言ったであろうが。たわけが」

 レイラはシェイドの背後を完全にとり、曲刀でシェイドの首を切断した。

 ゴトンと言う音を立てて、シェイドの首が地面に落ちた。

 そして、頭を失った胴体は崩れるように地面に横たわった。

「カカポさんの作戦通りでしたね」

「無駄口さえ無ければ完璧だったのだがな」

「良いじゃ無いか。ほんの遊び心だろ?」

 俺たちはこのやり方に味を占めて残りのシェイドたちも順番に片付けた。

 地味で時間のかかるやり方だが、これが一番確実だった。

 今は効率的なやり方では無く、安全かつ確実なやり方が大切な時だ。

「もう少しで夜顔までたどり着けますね」

「何とか間に合いそうだな?」

「安心するな。まだ、目的を達成したわけでは無いのだぞ!?」

 俺たちは階段状に並んだ石を登り、広間に出た。

 何だ?この場所は?明らかに人工的に作られた空間だぞ?


「久シブリダナ。ココニ盗人ガ来ルノハ」

 俺たちが円形に作られた小さな闘技場に驚いていると声が聞こえた。

 その声の主は全身を覆う甲冑を身につけたシェイドだった。

「貴様は何者だ?この場所を作ったのも貴様か?」

「オイオイ、自己紹介モ無シカ?マア、名前ナンテドウデモ良イカ……」

 俺は最初、甲冑のシェイドは一体だと思っていたが間違いだった。

 甲冑を着たシェイドは三体居て、俺たちを包囲していた。

 それぞれ、持っている武器はバラバラだったが全員フル装備だった。

「……ドウセ、全員死ヌンダカラナ」

「カカポ!グズグズ!!気をつけろ!!!」

「分かってるよ!」

 俺たちは直感した。こいつらがシェイドの親玉なのだと。

 ここに来るまで居たシェイドたちを意図的に配置したのはこいつらなのだ。

「オラァ!!」

 最初に襲いかかってきたのは槍を持ったシェイドだった。

 今まで倒してきたシェイドとは明らかに戦い方が違う。

「そおい!!」

 だが、俺たちだってもう素人では無い。こんな直接的な攻撃は食らわない。

 俺は身を翻して、突進攻撃をかわすとカウンター攻撃を入れようとした。

 この攻撃が決まれば、とりあえずこのシェイドは黙らせる事が出来る。

「カカポ!危ない!!」

「え?」

 レイラの声で俺はカウンターを取りやめた。

 なぜならもう一体のシェイドが大きな鉄槌、ウォーハンマーで俺を攻撃したからだ。

 俺はその攻撃を間一髪で回避し、二体にシェイドから距離をとった。

「リエット、オ前モウチョット考エテ攻撃シロヨ」

「ウルセエ。ドウセ死ナネェンダカラ良イダロ」

 鉄槌のシェイドに助けられた槍のシェイドは『リエット』と言うのか。

 この三体のシェイドはコンビネーション攻撃を繰り出してくるらしい。

「リエット、ロジュリノ言ウトオリダゾ。シェイドノ能力ニ頼ルナ」

「……チッ」

 そして、鉄槌を持つシェイドはロジュリと言う名前らしい。

 どうやら、最初に俺たちに声をかけた剣のシェイドがリーダー格のようだ。

 この三体をどうやって相手にすれば良いだろうか?

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