第12話

 もし、豚にでも生まれ変わっていたら俺はどうなっていただろうか?

 食肉加工されると分かっている生なんてきっと絶望しかない。

「……そろそろ、着きますね」

「話し込んでいたらあっという間だったな。ここからは慎重に行くぞ?」

 それから比べたら、オークに生まれたなんてまだ希望がある。

 頼りになる仲間も居るし、進化の秘薬と言う望みもある。

「舟を隠せ。シェイドに見つかったら壊されてしまう」

「分かった。グズグズも手伝ってくれ」

 俺はグズグズに教えて貰いながら、舟を見つからない場所に隠した。

 これが無いと、島から脱出できなくなってしまうから細心の注意を払った。

「レイラ、隠したぞ?」

「よし、では出発するぞ?見つからないように気をつけろ」

 俺たち三人は夜顔の咲く場所を目指して歩き出した。

 足音を立てないように注意しながら、でもなるだけ急いで行進した。

「どうだ、グズグズ?シェイドは居るか?」

「こっちには居ない見たいですね。ちょっと遠回りですけど、こっちを行きましょう」

 俺たちはグズグズを先頭にして島を進んだ。

 グズグズは高山に住んでいたから目が良いし、小さいから見つかりにくい。

 偵察役としてはうってつけの存在だった。

「もし、シェイドを避けて通れなかったらどうするんだ?」

「その場合は気付かれる前に倒すしかないだろうな」

 俺たちはなるべくシェイドを避けて通れる道を探していた。

 しかし、夜顔に近付くと少しずつシェイドを見かける機会が多くなった。

 最悪の場合は強行突破するしか無い。

「シェイドってどれくらいで回復するんだ?」

「そうですね。傷の程度にも寄りますが首を落としても二、三日で治ります」

「つまり、首さえ落とせばしばらくは安心って事だな?」

「そう考えて差し支えない」

 それだけ時間があれば、夜顔から朝露を採るには充分だ。

 俺たちがこの島に滞在するのは、せいぜい三時間程度なのだから。

「二人とも、待って下さい!」

「どうした?グズグズ」

 突然、グズグズが俺たちを止めた。シェイドが居たのだろうか?

「シェイドが二体居ます」


 物陰からこっそりと覗くと、確かに黒い靄のような塊が二つある。

 シェイドは生前、使っていた衣類や装備を身につけたままウロウロしている。

 夜の闇のせいでその様子は服が宙に浮いているようにも見えた。

「レイラ、どうするんだ?迂回するか?」

「いや、あのシェイドを倒して進む」

 レイラはここに来て初めてシェイドとの戦いを選択した。

 位置的には夜顔が咲いている場所まで残り半分くらいだろうか?

「どうやって戦うんだ?」

「これを使う」

 そう言ってレイラは手のひらサイズの筒状の道具を出した。

 それは出発前に作っていた道具で中に陽光石と薬剤が入っている物だ。

「それってあの時の……」

「そうだ、今からこれを使う。もう、残り時間も少ないからな」

 その道具は強い光を出す懐中電灯のような代物で、シェイドをひるませられる。

 これを使って、シェイドの動きを封じながら戦うのだ。

「グズグズ、シェイドの様子はどうだ?」

「相変わらず、あっちこっちに行ったり来たりしてますね」

「……シェイドってどれくらいの知性があるんだ?」

 俺にはシェイドがあまり知性のあるモンスターには見えなかった。

 見た感じ、お互いにコミュニケーションをとっているようにも見えない。

「ほとんどのシェイドは知性なんて持ち合わせていません」

「ほとんど?」

 何か引っかかる言い方だ。ほとんどと言う事は例外があると言う事だ。

 つまり、中には知性があるシェイドが居ると言う事だろうか?

「まれにだがシェイドの中に特別な個体が出ると言う意味だ」

「そいつは頭を使った事が出来るのか?」

 懐中電灯が光り出すまで少し、時間がかかる。

 俺はその時間で二人にシェイドについて教えて貰った。

「ああ、道具を使い作戦を立て生前身につけた武技を使う」

「その上、死なないなんてそれじゃ無敵じゃないか?」

 不死身なだけでも結構やっかいな能力なのに更に技を使うだなんて。

 それじゃ勝ち目なんてなさそうに思えてくる。

「無敵ではないです。他のシェイドよりかなり強いですが倒せます」

「だが、強力な敵である事には変わらん。出来れば遭いたくない相手だ」


 知性の高いシェイドに遭いたくないのは俺も同意見だった。

 俺たちはたかが、朝露を採取しに来ているだけだ。

 あまりにもリスクとリターンが釣り合っていないように思えた。

「よし、光り出したぞ」

「やっとか!じゃあ、作戦はどうする?」

「二体とも向こうを向いた瞬間を狙う。カカポが頭を落とせ」

 作戦も決まり、準備は万端になった。

 俺は愛用の斧を握ると物陰からチャンスを待った。

「……」

 しかし、なかなか絶好のタイミングがやって来ない。

 二体のシェイドはあっちを向いたりこっちを向いたりしてなかなか揃わない。

 両方が同時に背を向けている時がなかなか無いのだ。

「……早くしろよ」

 俺はイライラしながらチャンスを待ち続けた。

 そうこうしていたら別のシェイドが来てしまうかも知れない。

 一秒一秒がものすごく長く感じられた。

「ん?」

 そんな時だった。シェイドが二体同時に俺たちに背を向けたのだ。

 なんとシェイドの見つめる先には紫色の体毛を生やしたレッサーデビルが居た。

「グズグズ!?アイツ何やってんだ!?」

「考えるのは後だ!行くぞ、カカポ!!」

 俺とレイラは急いで物陰から飛び出してシェイドに迫った。

 シェイドはゆらゆらと動きながらグズグズに狙いを定めていた。

 このままではグズグズがシェイドに殺されてしまう。

「うおりゃぁぁぁあああ!!!」

 俺は渾身の力を込めて斧をシェイドの脳天にたたき込んだ。

 グシャッと言う音と生々しい感触と共にシェイドの頭が潰れた。

 え?シェイドって黒い靄の塊なのにこんな手応えのあるものなの?

「はぁぁぁあああ!!!」

 俺がシェイドの頭を潰すのと同じ頃、レイラはもう一体のシェイドと戦っていた。

 グズグズに気をとられていたシェイドはレイラの接近をあっさり許した。

 シェイドも武器を持っていたが、雑に繰り出される攻撃はレイラには無意味だった。

「甘いっ!」

 彼女は難なくシェイドの首を切り落としてみせた。


「お二人とも、やりましたね」

「グズグズっ!!」

 シェイドを倒した俺たちにグズグズが駆け寄ってきたが俺たちは怒っていた。

 俺とレイラはグズグズに怒鳴りつけた。

「どうしてあんな事をしたんだっ!?」

「カカポの言うとおりだ。下手をしたら死んでいたのだぞ!?」

 俺もレイラもグズグズの無謀な行動に驚くと同時に怒っていた。

 なぜ、グズグズはこんな危険極まりない事をしたのだろうか?

「すみません。でも、ああするのが一番良いと思ったんです」

「一番良いって何がだ!?何にとって一番良いんだ!?」

「僕が囮になれば二人が奇襲をかけられると思ったんです」

 グズグズがあんな危険なまねをした理由。それは俺たちのためだった。

 チャンスを窺い、攻めあぐねている俺たちにチャンスと与えようとしてくれたのだ。

 確かに、グズグズの捨て身の行動のおかげで俺たちは難なくシェイドを倒せた。

「もし、俺たちが仕留め損ねていたらどうするつもりだったんだ!?」

「それだけでは無い。シェイドが一体しか誘いに乗らなかったらどうする?」

 グズグズの行動のおかげで俺たちは絶好のチャンスを得られたのは事実だ。

 しかし、それはあまりにも危険すぎる賭けの上で成り立っていた。

 グズグズのした事は結果的には良いが、褒められる事ではない。

「僕は二人ならきっと何とかしてくれると信じる事にしました」

「信じるって……命が懸かってたんだぞ?」

 グズグズは賭けが失敗した時の事なんて考えていなかった。

 ただ、俺たちが何とかしてくれるとそう思っていただけだ。

 信頼されていると言えば聞こえは良いが、それにも限度がある。

 例えばだが君は会って二、三ヶ月しか経ってない相手に命が預けられるだろうか?

「それでも夜顔にたどり着くにはそれしか無いと思ったので……」

「なんでだ?なんでそこまでして夜顔の咲く場所に行きたいんだ?」

 グズグズがここまでする理由とは一体何なんだろうか?

「それは進化の秘薬の材料だからです」

「お前、そこまで進化の秘薬に賭けてたのか」

 グズグズは進化の秘薬に一族の未来を賭けてたんだった。

 そして、そのためなら自分の命だって危険にさらせる。それが彼の覚悟なのだ。

 俺はグズグズの覚悟が分かっているつもりだったが、本当は分かっていなかった。

 グズグズにとって進化の秘薬とはそれだけ重要なアイテムなのだ。

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