第11話

 そんな他愛の無い話しをしているうちに中間地点までやって来た。

 ここからは俺に代わってレイラがオールを漕ぐ番だ。

「貴様にそんな心配をされる筋合いは無い!」

「いや、筋合いあるよ?だってレイラが作る料理を全員で食べるんだから」

 俺たちは三人で行動すると決めた時から役割をローテーションしている。

 だから、食事も三人がその日ごとに担当している。

 つまり、レイラの料理の腕は俺たち全員の問題と言うわけだ。

「私だって一応は努力している!むしろおかしいのは貴様の方だ!!」

「俺?どこが?」

 俺はいたって普通にしているつもりだからそんな事を言われるなんて想定外だった。

 俺のどこが彼女から見ておかしいのだろうか?

「貴様はどこで料理を習った?オークは料理などしないだろう?」

「それは僕も思いました」

「え?二人ともそんな事言うの!?」

 まさかグズグズまでもが俺の事をそんな目で見ていたなんて!

 何で?オークの俺が料理なんてしたらそんなに変?

「カカポさんはオークらしくないところがちょっと多いです」

「オークらしくないってどう言う事!?俺、オークでしょ?」

 俺だって好きでオークをやっている訳では無い。

 出来ればオークなんてやめたいし、そのために秘薬を求めている。

「まず、私が言ったようにオークは料理などせん。人や獣の生肉を貪る」

「いや、生の肉を食べるなんていくら何でもワイルドすぎるだろ?」

 今は亡きススレも生の肉を食べ、生き血をすすって腹を満たしていた。

 でも、俺にはそんな事出来なかった。だから木の実や草の実をかじっていた。

「そこなんです。普通のオークはそんな事を考えたりしません」

「いや、それくらいで普通じゃ無いとか言われても……」

「そこだけでは無い。貴様の一挙手一投足がオークらしくない」

 レイラもグズグズも俺をオークらしくないと言う。

 確か、ススレも「お前は普通と違う」と言っていたっけ?

「例えば、オークは衣服など身につけないし道具も使わない」

「僕、カカポさんを初めて見たとき『この人は何の種族だろう?』って思いました」

「そんなにか?そんなに俺って変か?」

「ハッキリ言って変だな」

「僕も少し変わってると思います」


 なんと俺は舟の上で二人に挟まれてしまった。水上だから逃げる事も出来ない。

 レイラもグズグズも俺がオークらしくないと言い、俺の秘密を知りたがっている。

「カカポ、貴様は本当は何者なんだ?」

「何者って見てのとおり、ただのオークだぜ?」

 しかし、俺は自分の秘密を二人に話して良いものか迷っていた。

 自分には前世の記憶があり、人としての知識や心があると言う秘密だ。

「僕たちにはカカポさんが『オークの姿をした別の何か』に見えてます」

「俺が二人を騙してるって言いたいのか?」

 もちろん、俺は二人を騙しているつもりは全くない。

 ただ、二人の言うとおり心までオークにはなりきれていないのも事実だった。

「騙してるとまでは言わんが、何か重要な秘密があるとは思っている」

「秘密くらい誰にでもあるはずだろ?」

 この秘密をしゃべってしまったら、二人は何と言うだろうか?

 せっかくここまで関係を築けてきたのに、それが壊れてはしまわないだろうか?

「確かに僕にも秘密はあります。でも、カカポさんの秘密はちょっと特殊です」

「特殊ってどう言う意味だよ?どうして俺の秘密は特殊なんだよ?」

 二人は俺の事を不審に思っている。

 俺をオークの皮を被った得体の知れない何かだと考えているのだろう。

「貴様が本当は何者なのかが分からないと共に旅が出来ないからだ」

「カカポさん、話して下さい。あなたは一体何者なんですか?」

「……それは」

 隠し通すのも限界なのかも知れない。二人の言っている事はもっともだ。

 命を預け合う関係なのに、相手の正体が分からないなんて不気味だ。

 俺だって何考えてるか分からない奴に命なんて預けられない。

「……分かったよ。話すよ」

「ありがとうございます。カカポさん」

 俺は舟の上で二人に自分の秘密を話す決心をした。

 俺が前世の記憶について話している間、二人は黙って聞いていた。

「……と、言う事なんだ」

「なるほど。だから貴様は他のオークと違うのか」

「僕、オークになった転生者なんて初めて聞きました」

 だが、二人は俺の話を案外すんなりと信じてくれた。

 普通、前世の記憶なんて言い出したら精神病院に連れて行かれるのがオチだ。

 どうして二人はこうも簡単に俺を信じてくれたのだろうか?


「どうして二人とも普通に信じられるんだ?怪しいとは思わないのか?」

「貴様は知らんだろうが、この世界ではそう言う事はままある事だ」

 レイラは俺に転生者について説明してくれた。

 俺は転生者なんて言葉は耳慣れないからしっかりと聞く事にした。

「この世界では『異世界』と言う概念が存在する」

「異世界?」

 俺は異世界なんて言葉は初めて聞いたから何の事か良く分からなかった。

 異世界とは俺が前世で住んでいた地球の事だろうか?

「呼んで字のごとく、この世界とは異なる世界の事です」

「この世界とは異なる種族が住み、異なる文明や文化が発展している」

 グズグズやレイラの説明を鵜呑みにするなら、異世界とは地球の事だろう。

 しかし、俺の世界ではそんな別の世界から来た人なんて聞いた事が無い。

「でも、俺の住む世界じゃそんな話し聞いた事が無いぞ?」

「それはそうだろうな。こっちからあっちに行く事は無い」

 レイラはさも当然のようにそう言い切って見せた。

 つまり、地球からこの世界までは一方通行と言う事だろうか?

「カカポさん、砂時計をイメージして下さい」

「砂時計?」

 砂時計ってあの上から下に砂が落ちて時間が分かるヤツだろ?

 グズグズはどうしていきなり砂時計の事なんて引き合いに出したのだろうか?

「あっちの世界は砂時計の上に位置し、こっちの世界は砂時計の下になるんだ」

「砂時計の砂が逆流する事は無いですよね?」

 つまり地球とこの世界は一方通行の関係にあり、こっちは来るだけなのだ。

 だから地球では異世界から来た人は居ないのだ。

「つまり、あっちの世界で死んだ人はこっちに来るって事か?」

「そう言う事にはなっているが、全ての者がこっちに来る訳ではないらしい」

「どう言う訳だ?」

 もし、この世界が砂時計の下になるなら、地球で死んだ人は全てこっちに来る。

 だが、レイラは一概にそうとは言えないと言っている。

「この世界に来る魂は選別された魂なんです」

「選別?俺は選ばれた存在って事か?」

 選ばれた存在と言う事は特別な存在と言う意味だと解釈できる。

 それなのに俺はオークなんかに転生してしまった。

 ハッキリ言って罰ゲームにも等しい。


「あっちの世界で聞いた事は無いか?悪い行いをすると死後、悪いところへ行くと」

「天国と地獄のことか?」

 宗教によって呼び方は変わるが、おおむね考え方としては同じだ。

 生前に良い行いをすると良い場所へ行き、悪い行いをすると悪いところへ行く。

「そうだ。そしてこの世界はその一つと言う風に言われている」

「ここは地獄って事か?」

 少なくとも、ここは天国ではなさそうだ。つまり地獄と言うことか?

 俺は地獄に落とされるくらい悪い事をした記憶が無いのだが?

「死後に行く世界は二つでは無いらしいです。それでは数が合いませんから」

「この世界はあっちの世界で比較的善良な者がやってくる世界だと考えられている」

「そうなのか?ここはマシな方なのか?」

 それを聞いて俺は少し安心した。

 だって大した悪い事もしてないのに地獄に落とされたなんて分かったら最悪だろ?

「貴様の世界では悪人はどんな世界に行くと考えられている?」

「え?俺の世界での地獄は確か……」

 地獄では悪い魂を更生するために拷問が行われているらしい。

 針の山を登ったり降りたりしたり、血が出るくらい寒いところに行かされたり。

 想像するだけでも恐ろしい場所だと俺はじいちゃんから聞いている。

「そんな世界と比べたらこの世界なんてマシだと思いませんか?」

「確かに地獄と比べたらこの世界はまともな世界だとは思う」

 この世界だって辛いことや苦しいことはある。

 しかし、レイラやグズグズと出会ってからはそれなりに楽しみや喜びがある。

 そう考えると、この世界も悪い世界とまでは言わないかも?

「そして、この世界には時折貴様のようなヤツがやってくる」

「俺みたいなのが何人も居るって事か?」

「何人もは居ません。十年に一度来るか来ないかです」

 俺みたいなのは結構まれなケースらしいが前例が無い訳では無いらしい。

 レイラもグズグズも俺のような転生者の事を文献とか噂で知っていたのだ。

 だから俺が前世の記憶を持っていると知っても大して驚かなかったのだ。

「じゃあ、どうして俺はオークなんかに生まれたんだ?」

「それは僕たちには分かりません。転生者が何に生まれるかは未知なんです」

「中には家畜に産まれてオークよりも壮絶な生を送った者も居るらしい」

「マジか!?」

 じゃあ、オークに生まれたなんて割とマシな方だったりするの?

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