第10話

 その後、俺たちはレイラと一緒になって懐中電灯以外の道具も用意した。

 千年草を採りに行く時とは違い、今回はあれこれと荷物が多かった。

 それだけシェイドとはやっかいなモンスターなのだろう。

「よし、これで準備は整ったな?」

「そうだな必要な物は舟も含めて用意できたし、後は島に上陸するだけだ」

「それでは、そろそろ夕食にしませんか?」

 グズグズの提案で、俺たちは出発前の食事を摂る事にした。

 レイラが言うには俺たちが島に行くのは夜明け前らしい。

 その時間にならないと夜顔の朝露は採取出来ないのだと言う。

「グズグズは本当に料理がうまいなぁ」

「これくらいは旅をしていれば自然と身につくと思いますよ?」

「……」

 グズグズの問いかけにレイラは答えずに黙って食事をしていた。

 俺は知っている。レイラの料理の腕がかなり低い事を。

 初めて彼女の料理を食べた時は正直、ビックリした。

「グズグズは料理を誰かに習って上達させたのか?」

「う~ん、故郷に居た頃は母に習ったりしましたね」

「ふーん、お母さんってどんな人?」

 俺はグズグズに家族について質問してみた。特に意味なんて無い。

 ただ、グズグズは一族のために強くなりたいと言っている。

 だから、どんな人たちの為に頑張っているのかが知りたかった。

「母はいつも優しい人でどんなに苦しい時も僕たちに笑いかけてくれます」

「レッサーデビルの生活ってそんなに苦しいのか?」

「はい、僕たちの住む山は痩せた土地で作物があまりとれないんです」

 グズグズの表情が一瞬、陰ったように見えた。

 こうしている間にも一族は寒くて空気の薄い場所で身を寄せ合って生きている。

 そう考えたら辛い気持ちになるのも無理はなかった。

「だから強くなって一族をもっと住みやすいところに連れて行きたいのか?」

「……はい、あんなところじゃなくもっと暖かくて肥沃な場所に住んで欲しいです」

「そうか……頑張ろうな?グズグズ」

「はい、絶対に進化の秘薬を手に入れてみせます!」

 グズグズの表情はどこか思い詰めて、鬼気迫るものを感じられた。

 彼はこの旅に一族の未来を賭けているのだ。

 食事が終わった後は、俺たちは明日に備えてさっさと寝た。


「先輩にもきっと良い人が見つかりますよ。だから諦めないで下さい」

 川口はビールを流し込みながら俺を元気づけようとしてくれた。

 ああ、これはまた夢なんだなと俺は即座に思った。

「先輩に足りないのは積極性だけですよ。何度もアタックしなくちゃ!」

「それはお前だから上手くいっただけだろ?」

 俺が死ぬ二年前、川口は趣味を通じて今の婚約者と出会った。

 婚約者は美人とまでは言わないが、優しくて気遣いも出来る良い人だ。

 きっと二人なら幸せな家庭を築けるだろうと俺は確信していた。

「そんな事ありませんって!誰にでも好きになってくれる人は居るんですって!!」

「こんなインドア派でおしゃれにも興味がない奴をか?」

 インドア派は基本的に出会いがない。そんなの当たり前と言えば当たり前だ。

 人とコミュニケーションを取らないのだから出会いなんてあるはずがない。

「インドア派でも出会いくらい、いくらでも作れますって!」

「例えば?」

「SNSを通じて知り合うとか同じ趣味の人が集まるオフ会に参加するとか」

 川口は俺に彼女が居ない事を真剣に心配してくれていた。

 アイツから見たら俺は結構良い男で誰とも付き合わないなんてもったいないらしい。

「SNSって言ったって、結局面白いこと言ってる奴がモテるだろ?」

「そんな人ばかりじゃないですって!先輩みたいな人がタイプの人も居ますって!!」

 SNSでの出会いだって簡単じゃないはずだ。

 俺みたいにあんまり面白い事が言えない人はその他大勢にしかなれないだろう。

「それとかオフ会だって、結局ルックスとコミュ力で選ばれるだろ?」

「コミュ力は鍛えれば良いじゃないですか!?」

 実際、川口のアドバイスは本当の事も含んでいるはずだ。

 俺も地道にコツコツ努力すれば、誰かと良い雰囲気にはなれるかも知れない。

 だが、その度にあの時言われた言葉がフラッシュバックして俺にまとわりついた。

「あたし、桜井君みたいな『格好いい人』が好きなの」

 あの言葉が俺の心に抜けない杭のように刺さって動けなくしていた。

 もちろん、地球上に居る全ての女性がそんな事を言う人だとは思っていない。

 だが、体感として視界に入る女性の九割がそんな事を言いそうな気がした。

「先輩に必要なのはもっと自分から声を掛ける勇気だけですよ!」

「……考えとくよ」

 そう言うと、俺はジョッキを空にしてハイボールを注文した。

 結局、その後で俺がアドバイスを実践した事は一度もない。


「カカポさん?時間ですよ?」

「ん?グズグズ?」

 俺はグズグズの声に起こされた。随分、ぐっすりと眠っていたらしい。

 グズグズが俺を起こしたと言う事は出発の時間が迫っているのだろう。

「おはよう、グズグズ」

「おはよう御座います。レイラさんが準備してますよ?」

「じゃあ、早くしないとまた怒られちゃうな」

 俺は寝袋から這い出すと急いで準備を始めた。

 テントの外はひんやりとしており、まだ暗かった。

「……あれ、何だ?」

「分かりませんが多分、あそこに夜顔があるんだと思います」

 俺が気になったのはシェイドの島の一区画だった。

 夜の闇の中でその場所だけがまるでライトで照らしたように明るいのだ。

「夜顔って光るのか?」

「はい、夜顔は花が開いている間はうっすらと光ります」

「そうだったのか」

 つまり、あの光を頼りに進めば夜顔の咲く場所に自動的にたどり着けるのだ。

 それなら島中を探し回る必要もないし、陽光石の効果時間内に帰れそうだ。

「カカポ!グズグズ!!用意は出来たのか!?」

「待ってくれレイラ!すぐに支度するから」

「急げよ?時間は待ってはくれないからな」

 俺たちは大急ぎで出発の準備を済ませた。

 テントとかはとりあえずそのままにして、帰ってから片付ける事にした。

 今は少しでも早く夜顔のあるところにたどり着かなくてはいけないのだ。

「よし、これで準備完了だな?」

「はい、道具も全部持ちました。いつでも行けますよレイラさん」

「では出発するぞ?カカポが真ん中に乗れ」

 俺たちは自作した舟に乗船し、シェイドの島へと漕ぎ出した。

 波は穏やかで流れも遅く、船出するには絶好のタイミングだった。

「島に着くまでに腹ごしらえをしておけ」

「はいよ」

 俺たちは三人でオールを漕ぐ役をローテーションし、順番で休んだ。

 そして、休んでいる間に干し肉やパン等の簡単な朝食を摂る事にした。

 舟の上で飲む眠気覚ましのお茶はひと味違うように感じられた。


 ギーコ、ギーコと言う音を立てながら俺はオールを動かした。

 舟を漕いだ経験とかはあまりなかったから、最初は苦戦したが次第になれた。

 島に向かってまっすぐ進むだけなら、何の問題もない。

「どうだグズグズ?ちゃんと島に向かってるか?」

「大丈夫ですよ、カカポさん。このまま進んで下さい」

 俺はグズグズの声を頼りに舟を漕ぎ続けた。

 体力の少ないグズグズでは舟を漕ぐのは無理なのでサポートを任せている。

 レイラは俺の目の前で干し肉をかじってはお茶で流し込んでいる。

「なあ、レイラ?」

「どうした?何か問題でも?」

 俺は舟の進行方向に背を向ける形でオールを漕いでいる。

 だから舟の一番後ろに座っているレイラが目の前に見えるのだ。

「いや、問題は無いんだけどさ……」

「何だ、歯切れの悪い。言いたい事があるならハッキリ言えば良かろう」

 レイラは言い方が少しキツいが別に怒っているわけでは無い。

 これが彼女の通常の物言いだ。

「そうか?なら、言わせて貰うけどさ……」

 俺は以前からレイラ対して気になっている事があった。

 でも、それを訊いても良いものかどうかずっと迷っていた。

「レイラはどうして変な料理を作るの?」

「なっ!?変なとは心外な!ちゃんと食べられる料理だろうが!!」

「いや、でも食材をいきなり鍋に入れたり下ごしらえもろくにしないし……」

 レイラの料理の腕前はお世辞にも上手いとは言いがたかった。

 間違いなく、俺たち三人の中で一番料理が下手だ。

「仕方が無かろう!今まで調理について勉強する機会など無かったのだから!!」

「エルフって料理しないのか?」

 レイラの回答と聞いて、俺の頭の中に未調理の食材をかじるエルフの図が出来た。

 ハッキリ言って、やってる事はオーク並だぞ?

「エルフは動物を食べないんですよ。カカポさん」

「そうなのか?じゃあ、エルフって木の実とかしか食べないのか?」

「父も母も純粋なエルフだった。純粋なエルフは獣など食べない」

 そこまで言われて全てに合点がいった。レイラは動物の調理の仕方を知らないのだ。

 お父さんもお母さんも植物しか食べないから、彼女は勉強する機会が無かったのだ。

「これから勉強すれば良いよ。レイラ」

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