第9話

「あれがシェイドの島だ」

「……あれが次の目的地か」

 レイラが指さす先にはあまり大きくない島がポツンとあった。

 目をこらすと島のあちこちに黒いもやの塊のような奴がウロウロしていた。

 あれが二人が言っていたシェイドなのだろう。

「あの黒っぽいのがシェイドか?」

「はい、今は日中だから大人しいですが夜になるともっとたくさん出ます」

 俺たちは夜顔の朝露を採りにあの島に行かなくてはいけない。

 つまり、時間的に考えてまだ暗いシェイドが元気なときに行くのだ。

「二人ともボーッとしてる暇は無いぞ?急いで準備するぞ?」

「ああ、分かったよ」

 俺たちは島の対岸まで行き、そこで島に行くための準備をする事にした。

 でも、舟なんてどうやって調達するのだろうか?

「なあ、レイラ。舟なんてどうやって用意するんだ?」

「ん?そんなの木を切り倒して作るに決まっているだろう?」

 島の対岸には太くて大きな木がたくさん生えて、森になっていた。

 要するに、その木を使って小舟を作るって事で良いのだろうか?

「つまりカヌーを作るって事か?」

「かぬー?良く分からんが木をくりぬいて手漕ぎの舟を作る」

 そうだった。カヌーなんて言葉はこの世界では通用しないのだ。

 ただ、レイラの説明から推測するにカヌーのような舟を作ると考えて良さそうだ。

「じゃあ、どんな木を切れば良いんだ?」

「それは僕が教えるのでとりあえず森に行きましょう」

 そう言われて、俺とグズグズは森に行く事にした。

 グズグズは歩幅が小さいから、俺が肩車して連れて行った。

「どの木を切れば良いんだ?」

「出来るだけまっすぐな木が良いですね」

 森には立派な大木が何本も生えていて、この森がかなり古い事を表していた。

 道中に古い切り株がいくつかあったから、俺たちと同じ事をした奴も居るようだ。

「この木なんか良さそうですね」

「これか?もっと太い方が良いんじゃないか?」

「あんまり大きいと切るのもくりぬくのも大変ですから」

「ああ、それもそうか」

 俺はグズグズが指定した大きすぎも小さすぎもしない木を一本切る事にした。


「木を切る時は倒れる方向に注意して下さいね?」

「ああ、分かってるよ」

 前世のテレビ番組で木を切る様子は何回か見ている。

 確か、最初に倒したい方向に切れ込みを入れておくんだっけ?

「こうかな?」

 俺は斧を使って木に切れ込みを入れ始めた。

 この斧は俺が黒の森に住んでいた頃から愛用している物で武器としても使っている。

「はい、良い感じですね」

 グズグズは力仕事が苦手だから俺のサポートに回って貰っている。

 彼は俺たちの中で一番の年長者らしく、色んな経験を積んでいる。

 逆に一番の年少者は俺で、何とオーク歴三年くらいしか無い。

 この世界のオークは地面から這い出した時点で大人なのだ。

「せ~~のっ!!」

 俺はリズミカルな音を立てながら斧を木にたたき込んだ。

 コン!コン!!と言う音が森に響き、少しずつ切れ込みが深くなっていった。

「こんなもんか?」

「そうですね……これだけ深く切り込めば大丈夫だと思いますよ?」

 切れ込みが三分の一から半分くらいの深さに達したから俺たちは反対側に回った。

 これから木を切り倒すからこっち側に居たら危ないのだ。

「よいっしょ!」

 俺は木に反対側から斧で切り込んだ。

 すると木の幹からメキメキッと言う音が聞こえてきた。あともう少しだ。

「グズグズ。多分、次で倒れるから気をつけろよ?」

「はい、いつでも良いですよ」

 俺たちは最後の一発を慎重に入れる事で同意した。

 いよいよ木が倒れるのだから木の下敷きにならないように気をつけなくては。

 木がどっちの方向に倒れてもすぐに逃げられるように心の準備をした。

「三……二……一……」

 俺はカウントダウンをして木にとどめの一撃を繰り出した。

 木はバキバキと言う音と共に俺たちとは反対の方向へと倒れた。

 ちょっとだけ意図していた方向とは違うが俺たちは無事に木を切り倒せた。

「全然、問題なかったな?」

「でも、何も問題が無いのが一番良いと思います」

 俺たちは倒した木を舟に加工する事にした。


 それから俺たちは木の皮をむいたり、削ったりして三人が乗れる舟を作った。

 俺は造船の事とかは全然分からなかったが見よう見まねで木を加工した。

 のみと木槌で丸太を舟にするのは、図工の時間みたいでちょっと楽しかった。

「……こんなもんかな?」

「浮かべてみれば分かりますが、良いと思いますよ?」

 俺とグズグズはちょっと不格好だが、何とか三人が乗れる舟を完成させた。

 余った材料でちゃんと三人分のオールも作ったし、素人にしては上出来だろう。

「じゃあ、早速レイラのところまで持って行って進水式にしようぜ!?」

「ちゃんと浮かんでくれると良いですね」

 俺は小舟を頭に乗せるとレイラの居る場所を目指して歩き出した。

 身長的、体力的に考えてグズグズには舟を運べないから俺一人で運ぶ事になる。

 分解して運べるように作れば良かったが、そんな技術力は俺たちには無い。

「重くないですか?」

「これくらいなら平気さ。舟もそんなに大きくないし」

 グズグズが俺の事を気遣ってくれたが、オークにはこれくらいの荷物は問題ない。

 オークは体力だけならダークエルフにもレッサーデビルにも勝っている。

 今だけはオークに生まれた事に感謝しよう。

「レイラー!」

「レイラさん!!」

 俺たちはテントの脇で何かしているレイラに声を掛けた。

 テントと言っても、枝を組み合わせて布を被せただけの簡素な物だが。

「ああ、舟が出来たんだな?」

「どうよ?俺たちの力作だぜ?」

 俺は自信満々でレイラに舟を自慢した。

 不格好な舟だが、自分たちの力だけで完成させるとどこか誇らしげな気持ちだった。

「……そうか。なら、ひとまず本当に浮くか試してみろ」

「ああ、うん。そうだよね」

 でも、レイラからしたら素人が作った不細工な舟にしか見えないわけで……

 彼女のその反応も当然と言えば当然なわけで……

「よいしょっと!」

 俺は持ってきた舟をザブンと湖に浮かべた。

 シェイドの島は海に浮かぶ島では無く大きな湖に浮かぶ孤島なのだ。

 水面に下ろされた俺たちの力作は少し傾いていたが、ちゃんと水に浮いた。

 傾きは少しずつ削って微調整するしか無いが、とりあえず乗れるのは確かだ。


「問題ないみたいですね?」

「そうだな。俺が乗っても大丈夫だったし、ちょっと整えれば完成だな」

 俺は三人の中で一番大きくて重いから、俺が乗れる事が一つの基準だった。

 逆に一番小さくて軽いのはグズグズだった。

「レイラ、舟の方は問題なかったぞ?」

「そうか。こっちはもうちょっとかかりそうだ」

 レイラは何やら多種多様な道具を手作りしている様子だった。

 彼女は一体、何を作っているのだろうか?

「それって何に使うんだ?」

「これか?これはシェイドが苦手な光を出す道具だ」

 レイラは作っている最中の道具を指して俺にそう説明した。

 見た目としては懐中電灯のような形をしているが、電気は使わないようだ。

「どうやってこれから光が出るんだ?」

「この筒の中に『陽光石』を入れる」

 レイラは手元にある石を手に取ってみせた。これが陽光石なのだろう。

 でも、陽光石とか言う名前が付いてるのに全然光っていない。

「普通の石と変わらないように見えるんだが?」

「今は確かに、他の石とさほど変わらないように見えるだろうな」

「これが光るようになるのか?」

 俺には石が光を発する様子があまりイメージできなかった。

 そんなのは『某天空の城に登場する石』くらいしか見たことが無い。

「これを細かく砕いてから薬と混ぜると強い光を発するようになる」

「……何か不思議だな」

 イメージとしてはパキッと言わせると光るようになる棒のような物か?

 あれも薬剤が反応して光ってるらしい。

「分量にもよるが、一マセ程度は光るだろう」

「じゃあ、俺たちが上陸して帰るまではもつって事か?」

 マセとはこの世界の時間の単位で感覚としては二時間くらいだ。

 二時間もあれば採取クエくらい終わるはずだ。

「たわけが、油断するな!夜顔がどこに生えているかまだ分からんのだぞ!?」

「……ごめんなさい」

 そうだよな。俺たちのやってる事ってこの間もそうだったけど命がけなんだ。

 油断してたらシェイドの仲間入りを果たすかも知れない。

 もっと気を引き締めないと。

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