第8話
その夜、カカポは自分がオークになる前の夢を見ていた。
「あの~川口君、こんなところに呼び出してどうするつもりなの?」
中学生の拓也はある日、大好きな女子を呼び出していた。
拓也は彼女に片思いをしていて、その日はその気持ちを告白するつもりでいた。
「いきなり呼び出したりしてごめんね!どうしても言いたい事があって……」
「そうなの?なら、早くしてね?」
拓也がその子を好きになったのはほんの些細な理由からだった。
オタクで友達の少ない拓也は学校でも浮いた存在だった。
そんな彼に優しい言葉を掛けてくれたのが目の前の女の子だったというわけだ。
「えっと……その……」
「大丈夫?そんなに言いにくいこと?」
拓也が誰かに想いを伝えるのは実はこれが初めてだった。
一言『好きです』と言えば済む事が拓也にとってはとてもハードルが高かった。
「俺、その……」
拓也は玉砕覚悟で想いをぶつける事にした。だが
「あ、告白だったらしないでね。迷惑だから」
「え?」
拓也の告白は未然に防がれてしまった。拓也は困惑した。
「やっぱり川口君があたしを呼び出したのってそれが理由だったんだ」
「どうして分かったの?」
「だって普段からやけにあたしに優しいんだもん」
男子なら一度は経験があるのでは無いだろうか?
好きな女子に対してやたらと優しくしてしまった経験は。
恋愛の経験値が限りなくゼロの拓也もその限りでは無かった。
「でも、ごめんね。あたし桜井君みたいなかっこいい人が好きなの」
「……そう、そうだよね!ごめんね!!変なこと言ったりして……」
拓也はその場から逃げるようにして立ち去った。
彼の初恋はこうして終わった。いや、始まりさえしなかった。
この世界には外見によって見えない境界線が存在するのだと拓也は知った。
世の中には『人は外見じゃ無い。内面だ』と言う人は結構居る。
だが、拓也にはそんな言葉はただの綺麗事にしか聞こえなかった。
それ以来、拓也は好きな人が出来ても声を掛けなくなった。
鏡に映る自分と女の子にもてる男を見比べていつも思った。
俺もイケメンだったらと。
「……ん」
カカポは目を覚ました。空にはまだ星がまたたいてた。
カカポは星空を見上げたままぼんやりと考えていた。
「昔の夢を見るなんてじいさんみたいだなぁ」
そんな事を考えていたカカポの耳にすすり泣く声が聞こえた。
気になって声の方を見ると、レイラが眠っている。夢を見ているようだ。
「……お父さん……お母さん……どうしてなの?」
どうやらレイラは自分を捨てた両親の事を夢見ているようだ。
その顔は普段見せる顔よりも幼く見え、レイラが少女なのだと気付かされた。
「レイラ」
カカポはレイラの事を自分よりも大人なのだと思い込んでいた。
エルフ族と言えば人間よりもずっと長寿で何十年も生きている者も少なくない。
それがファンタジーにおける一種のお約束だった。
「……うっ……ううっ」
だが、目の前で涙を流すダークエルフは幼さを残す少女そのものだった。
レイラはカカポが考えているよりもずっと子供なのだ。
「大丈夫だよレイラ。俺たちがここに居るよ」
カカポは夢を見るレイラに毛布をかけ直すとそう語りかけた。
こんな醜い顔のオークの優しさなんて迷惑なだけかも知れないとは思った。
だが、涙を流すレイラを見ていたら自然と身体が動いていた。
「……」
そんなカカポの気持ちが伝わったのだろうか?レイラは泣くのをやめた。
目元が赤く腫れていたが、その顔はいくらか安らかなものになっていた。
「ごめんなレイラ。こんな事しかしてやれなくて」
「そんな事ないですよ。カカポさんは立派です」
「グズグズ、起きてたのか?」
「はい、でも僕は何も出来ませんでした」
グズグズは寝袋に入ったまま星空を見つめていた。
その表情はカカポからは見えなかったが、声は悲しげだった。
「グズグズ?」
「はい、何ですか?」
「俺たち、レイラの仲間になれるよな?」
「きっとなれると思いますよ。いえ、なってみせます」
カカポとグズグズはそんなやりとりの後、二度寝した。
「カカポ!起きろっ!!」
俺はレイラの怒声でたたき起こされた。何だ!?何かあったのか?
そう思って周囲を見回すと辺りが朝日で徐々に明るくなっていた。
ああ、何だ。普通に朝になっただけか。
「おはよう、レイラ」
「おはようではない!いつまで寝てるつもりだ!!」
俺を叱るレイラはもう昨夜の彼女ではなく、いつものレイラだった。
あの後は悲しい夢なんか見ないで安眠できたようで良かった。
「グズグズもいつまでも寝てないで起きろ!!」
「あ、おはよう御座います」
グズグズもレイラにたたき起こされている。なんだか、おふくろみたいだ。
おふくろやおやじはあっちで元気にしてるだろうか?
「今日は朝早くから出発すると言っていただろう!?」
「ごめんごめん、すぐに準備するから」
俺とグズグズはレイラに尻を叩かれながら出発の準備をした。
もちろん、千年草を入れた頭蓋骨も忘れずに持った。
「今日から南の島に行くんだっけ?」
「その前に色々と準備が必要なんです」
俺たちはそんな会話をしながら南の方角へと歩きだした。
南の島とか言うからリゾートを連想してしまうが、多分そんなのじゃない。
前回の火山と同様に今回も苦しい冒険になる事は容易に想像できる。
「まず、舟が必要だ」
「僕たちが目指す孤島には橋なんかかかってませんからね」
二人の会話を聞く限りでは、どうやらそこは人の出入りが無い場所らしい。
と言うか、多分人が住んでないのだろう。
「どんな場所なんだ?その……南の孤島って」
「そうだな。貴様には説明しておく必要があったな」
レイラとグズグズは歩きながら俺に目的地について説明してくれた。
世間知らずの俺にとって二人の知識はとても頼りになるものだった。
「南の孤島は正式には『シェイドの島』と呼ばれている」
「シェイド?」
シェイドって何だ?島を発見した人の名前か?
それか何か別の意味でもあるのか?
「シェイドって言うのはその島に出る影のことです」
「影?」
俺にはいまいちピンと来なかった。
だっていきなり『影が出る』とか言われても普通はさっぱりだろ?
影が出るって一体何の事だ?
「影と言うのはその島に出現する黒い幽霊のようなモンスターの事です」
「幽霊?じゃあ、亡霊の島って事か?」
俺はゴブリンとかドラゴンとか出るからファンタジー世界だと思っていた。
そしたらいきなり幽霊とか言い出すから急にホラーテイストになってしまった。
「おおむね亡霊と言う表現で間違いないだろうな。あれは死者の魂だからな」
「やっぱり夜に出るのか?」
幽霊とか亡霊と言えば夜に出るのが定番だ。
夜のほの暗い闇の中から幽霊が人間に襲いかかるのがホラー映画で定番だ。
「いえ、日の光が苦手なのは確かですが日中にも活動してるシェイドは居ます」
「マジか!?そいつらって倒せるのか?」
ホラー映画だったら幽霊には物理的な攻撃が効かない。
お経だとかお札だとか十字架だとか不思議な力で対抗する。
「一応、通常の攻撃で一時的に行動不能には出来る。だが殺すのは不可能だ」
「まあ、相手は既に死んでるわけだからな」
普通の攻撃が効くと言う事はアンデッドのような存在なのだろうか?
動く死体のゾンビとか動く白骨死体のスケルトンのようなものなのかも?
「それが島全体を歩き回っているから誰も近づけないんです」
「しかも、島で死ぬとシェイドにされてしまうらしい」
「って事はシェイドがドンドン増えてるって事か!?」
倒す事が出来ないなら数を減らす事は絶対に出来ない。
それなのに島で死ぬとシェイドの仲間入りなのだからシェイドは増える一方だ。
つまり、俺たちがこうしている間にもドンドン難度は上がっているのだ。
「安心しろ。島を訪れる者は数年に一度しか居ない」
「皆、わざわざ死にに行くような真似はしませんよ」
「そっか、なら急がなくても大丈夫なんだな?」
レイラとグズグズの説明で俺は少しだけ安心した。
今日行くのと、明日行くのとで難度が違うならそれは一大事だ。
だが、島に行く奴が滅多に居ないのなら少しだけ猶予があると言う事だ。
「もう少しで島が見えてくる筈だぞ」
俺はドキドキしながら丘を越えた。
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