第7話

「それでは、次に私たちが目指すのは……」

「ちょっと待ってくれ」

 俺は次の目的地を説明しようとしたエルフの声を遮った。

 確かにそれも大切な事だけど、それよりももっと大切な事があるだろ?

「ん?どうしたオーク」

「それよりも前に自己紹介をするべきじゃ無いのか?」

 俺たちはさっきからお互いをエルフだのオークだのデビルだのと呼ぶ。

 しかし、これから協力して行くのだから名前とか明かした方が良くないか?

「……確かに貴様の言うとおりかも知れんな」

「僕たち、お互いの事を何も知らないですからね」

 俺の意見にエルフもデビルも納得してくれたようだ。

 なら、話は早い。言い出しっぺの俺が最初に自己紹介をすれば良い。

「じゃあ、俺から自己紹介をするよ。俺はオークのカカポだ」

「カカポ?随分と適当な名前だな。偽名では無いのか?」

「俺も出来れば偽名であって欲しい。でも、これが俺の本名なんだ」

 俺はエルフたちにオーク族の名前がかなり適当に付けられる事を説明した。

 覚えやすい点は良いが『勇者あああああ』みたいな名前は好きじゃ無かった。

「……なるほど。カカポさんはオークを辞めるために秘薬を求めてるんですね?」

「そう言う事だ。早くイケメンになって彼女が欲しいんだ!!」

 俺は前世では結局、彼女はおろか女の子の手も握った事が無い。

 その願いのためには進化の秘薬でイケメンにならなくては。

「顔が良いくらいで寄ってくるほど、女は易くないぞ?」

「うるせぇ!少なくともオークよりはマシだ!そんな事より次はエルフだぞ!?」

 同じ性格のイケメンと不細工が居たら絶対にイケメンの方がモテるに決まってる。

 俺の苦しみはエルフには分からないんだ。

「私か。私の名はレイラだ。見てのとおり、ダークエルフだ」

「レイラは何のために旅をしてるんだ?」

 レイラは以前、仲間を探して旅をしていると説明した。

 しかし、彼女は仲間を探すどころか秘薬の素材集めをしている。

「私が旅をするのはダークエルフの仲間を探すためだ」

「でも、今は違う事してんじゃん。何で?」

 俺はレイラには何か事情があるのではと考えていた。

 その事情が秘薬の素材集めに関係しているから俺たちと行動を共にしているのだと。

「カカポさんはダークエルフの事をあまり知らないんですか?」


「ん?デビルはエルフの事を何か知ってるのか?」

 今の口ぶりでは少なくとも俺よりはレイラの事を知っているようだ。

 俺はデビルにエルフについて教えて貰う事にした。

「ダークエルフはエルフの中にまれに生まれる個体で希少なんです」

「そう言えばこの間の冒険者もレイラの事を珍しがってたな」

 冒険者がレイラの事を珍しがったのはダークエルフが希少だからか。

 って事はレイラの両親は普通のエルフなのだろうか?

「ダークエルフはエルフたちに不吉な存在として扱われています」

「何でだよ?レイラは何も悪い事なんてしてないだろ?」

 レイラが一人で旅をする理由、それはエルフたちから追い出されたからだろう。

 追い出すまでは行かなくても、遠巻きに煙たがれる生活をしていたのだろう。

「ダークエルフは黒い肌と銀色の髪のせいでエルフたちから避けられるのです」

「それっておかしくないか?俺は普通にオークたちと暮らしてたぞ?」

 俺も他のオークに比べると違うところがいくらかあった。

 だが、ススレたちオークは俺を差別なんかせず普通に接してくれた。

「カカポさんは運が良かったんだと思います。どこの世界でも出る杭は打たれます」

「なんか嫌だな。そういうの」

 俺にはエルフたちのやることに口出しする義理は無い。

 レイラもそんな事は望んでいないと思うが、納得は出来なかった。

「追い出されたダークエルフは仲間も居ないまま当ての無い旅に出ます」

「だからレイラは仲間を探してるのか」

 レイラはどこかに居る自分の仲間を探しているのだ。

 自分と同じ痛みを抱える仲間を探して彼女は旅をしているのだ。

「はい。だからレイラさんにとってこの旅の行き先なんてどこでも良いんです」

「それで俺の素材集めの手伝いをしてくれてるって事か?」

 ここまでの説明で俺は合点がいった。

 レイラは好きで一人で居るのでは無い。仕方なく一人で居るのだ。

 本当は誰かと一緒に居たいと思っていても心を許せる相手が居ない。

 そんな時に『たった一人で生き残った孤独なオーク』が居た。

 レイラはそんな俺にどこか自分を重ねてシンパシーを感じたのかも知れない。

 だから俺に力を貸してくれるのだ。

「レイラ……」

「そんな目で人を見るな!ちょうど暇だったから手伝っているだけだ!!」

 俺はそんなレイラに何を返してあげたら良いだろうか?


「私の事は良いから次は貴様の番だぞ!?レッサーデビル」

「分かりました。僕の事を話します」

 レイラは強引に話題をデビルの事に変えた。

 やっぱり、彼女の中でもこの事はあまり触れて欲しくないのだろう。

 いじめや差別の過去に触れて欲しい人なんてあまり居ないだろうし。

「僕はレッサーデビルのグズグズと言います」

「グズグズ?」

 何だ?その弱そうな名前は?それ、本当に本名か?偽名じゃ無いのか?

 カカポとか言う適当な名前の俺が言えたことでは無いが……

「意味は僕たちの言葉で『大きくたくましい様子』です」

「なるほど、ご両親は貴様に大きくたくましく育って欲しいと願ったのだな?」

 レイラはグズグズの間抜けな響きの名前を全く気にしていない。

 もしかして、気にしてるのは俺だけなのか?

「じゃあ、グズグズは何の為に旅をしてるんだ?」

「僕、強くなりたいんです」

 俺の問いにグズグズは力強く答えた。その目には固い決意と覚悟が宿っていた。

 何かよっぽどの事情があるのだろうか?

「僕たちレッサーデビルは北の高山に身を寄せ合って生きています」

「どうしてそんな場所に住むんだ?」

 北の高山は雪が積もることもある寒い山だ。

 とてもじゃないが、住むにはあまり適した環境とはいえない。

「それはレッサーデビルが弱い種族だからだ」

「はい、僕たちの種族は他の種族と比べてはるかに弱いです」

 確かに初めてグズグズに出会ったときから彼は強い存在とは思えなかった。

 力も弱いし、空も飛べないし、何か特殊な能力があるわけでも無い。

 ハッキリ言って雑魚モンスターだった。

「だから強くなりたいと?」

「はい!強くなって一族をもっと住みよい場所に連れて行きたいんです!!」

 そこまで聞いて、俺は少し恥ずかしくなった。

 俺は個人的な理由で進化の秘薬を求めているがグズグズは違う。

 彼の願いは個人的な願いだけでは無く、一族全体の願いなのだ。

 グズグズは厳しい環境に生きるレッサーデビル族に楽な生活をさせたいのだ。

「気にするな。幸福の大小なんて比べる物では無い」

「レイラ?」


 レイラは俺の気持ちを察したらしく、フォローしてくれた。

 こう言うさりげない気遣いをしてくれるレイラの思いやりはありがたかった。

「ありがとう、レイラ」

「勘違いするな。私は本当の事を言ったまでだ」

 確かにレイラの言った事は本当の事だろう。

 だが、この場でそれを口にしたのは間違いなく彼女の意思だ。

「まあ、とりあえずこれで俺たち全員の名前と旅の目的が分かったわけか?」

「そうですね。これからよろしくお願いします」

「なれ合う気は無いが、協力は惜しまん」

「せっかくだから仲良く行こうぜ?」

 これでひとりぼっちの三人の協力体制が生まれた。

 ただの利害の一致だったが、一人よりは心強かった。

「で、次はどこに行くんだ?」

「ここから一番近いところと言ったら、南の孤島だろうな」

「夜顔の朝露を採りに行くんですね?」

 レイラとグズグズは次の素材について何か知っているようだが俺はさっぱりだった。

 ここは恥を忍んでちゃんと質問するべきだろう。

「夜顔って何だ?」

「夜顔と言うのはその島にしか生えない花だ」

「夜間にだけ花を咲かせるから夜顔と言うんです」

 なるほど、要するに花の表面に付着した水分が素材になる訳か。

 今度は別に引っこ抜いたりしないから楽なクエストになりそうだ。

「その島には明日にでも採りに行くのか?」

「待て、島まで距離が少しある。着くのは二、三日あとになるだろう」

「それまで色々と準備しないといけませんね」

 レイラたちが指し示した孤島は四方を湖に囲まれた孤島だ。

 そこに行くには船が必要になるからそれも準備が必要だろう。

「じゃあ、ジタバタしても仕方が無いな」

「明日は日の出と共に動くぞ?今日はもう寝ろ」

「はいはい、お休み」

「おやすみなさい」

 こうして俺たちは星空のしたで野宿する事にした。

 夜空には見たことの無いような星座がたくさんあり、北極星も無かった。

 それを見て俺はここが地球じゃ無い事を改めて実感した。

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