第5話

 俺たちは近くの野宿できる場所まで歩いていた。

 エルフは目立つのが嫌だったし、俺はオークだから人の居る場所には入れない。

「あそこに水場があるからそこで今後について話そう」

「やっと休めるのか。もう森が見えなくなったな」

 俺が振り返ると生まれ育った黒の森は見えなくなっていた。

 住み慣れた場所を離れると言うのは少し心寂しいような気がした。

「やはり故郷を離れるというのは不安か?」

「そんな事は無いさ!むしろ清々してるくらいさ!!」

 俺はとっさに強がりを言って見せた。

 弱気になっているところなんて格好悪いから見せたくなかった。

「無理をするな。誰でも生まれ育った場所を離れるのは怖いものだ」

「……それはアンタもか?」

 エルフがそんな風に言うと言う事はやはり彼女も経験があるからだろう。

 自分が経験した事があるからそれだけハッキリと言えるのだ。

「まあ、そうだな。私もそうだった」

「あのさぁ。エルフは何のために旅をしてんだ?」

 彼女は故郷を離れるのは怖い事だと自分の口で言った。

 しかし、エルフはこうやって旅をしている。それはなぜだろうか?

「……仲間を探しているんだ」

「仲間?仲間とはぐれたって事か?」

 俺も仲間を失うつらさはついさっき知ったばかりだから分かる。

 エルフはどこかに居る仲間を探して旅をしているのだろうか?

「……まあ、そんなところだ」

「何だよ、その歯切れの悪い言い方?」

 こう言う言い方をする時は、たいてい何か重要な情報を隠している時だ。

 彼女は単に仲間を探している訳ではなさそうだ。

「おしゃべりはここまでだ。この革袋に水を汲んでこい」

「ちぇ、もう少し教えてくれても良いのに」

 俺は渋々革袋を持って水が湧いている場所を探し始めた。

 俺も隠している事があるのだから彼女にだって秘密くらいあって当然だ。

 それは分かってはいるのだが、少しでもエルフの事を教えて欲しかった。

「……穏やかな森だなぁ」

 俺は水を汲みながら森の様子を見ていた。

 黒の森は絶えずオークが立てる騒音でいつも喧しかったからちょっと新鮮だ。


 水面に映った俺の顔は相変わらず酷い顔だった。

 こんな顔じゃ誰も俺に好意を持ってはくれないんだろうなぁ。

 そんな事をぼんやりと考えながら水を汲んでいた。

「水を汲んできたぞ?」

「ああ」

 短い返事をするとエルフは俺から革袋を受け取った。

 エルフが何やら羊皮紙を広げていたので俺は彼女の向かい側に座った。

「……それは地図か?」

「そうだ。この辺りの事が描かれている」

 エルフが見つめる地図はハッキリ言ってお粗末な出来だった。

 全ての位置関係がだいたいで描かれているため、あまり当てにならなそうだった。

 だが、やっぱりあるのと無いのとでは違いが出るのだろう。

「ここが今、私たちの居る場所だ」

「じゃあ、この西にあるのが俺の生まれた森か?」

 エルフの指が地図上の一点を指していた。

 字が読めないから分からないが森の名前らしき文字列が書かれている。

「そうだ。そして進化の秘薬の最初の材料はここから更に西に行った山にある」

「何を取りに行くんだ?」

 俺は進化の秘薬を作るとは言ったが、具体的な事は何も知らない。

 エルフは進化の秘薬の事を知っているようだから尋ねてみた。

「ここの山にだけ生えている草が必要なんだ」

「秘薬とか言うからドラゴンの血とか使うのかと思った」

 ゲーム知識だが俺が知る秘薬はたいてい強いモンスターが素材になる。

 ドラゴンの血だとかユニコーンの角だとか蓬莱の珠の枝だとか。

「いや、ドラゴンは材料に含まれてはいない」

「じゃあ、案外簡単そうだな?」

 ドラゴンと戦わなくて済むなら難易度が一気に下がるはずだ。

 この分なら結構すぐにイケメンになれるんじゃね?

「素材に含まれていないとは言ったがドラゴンに遭わないとは言ってないぞ?」

「え?それってまさか……」

 俺はその一言で猛烈に嫌な予感がした。

 こう言う場合、考えられるパターンはゲームではいくつかしか無い。

「ドラゴンが住む火口に材料を取りに行く事になるぞ」

 そう、ドラゴンの懐に俺たちは素材を取りに行かなくてはいけないのだ。


 それから俺たちは必要な物品を揃えると火山に登り始めた。

「……暑ちい」

 火山はもうもうと煙を上げ、来訪者を拒み続けていた。

 並大抵の生き物ではここを寝床にする気にはならないだろう。

「気をつけろよ?いつ噴火するか分からないからな」

「マジかよ。今、噴火が始まったら俺たち間違いなく死ぬぞ?」

 俺たちは火山の五合目辺りまで登ってきていた。

 夜間なのに火口が赤々と光を放ち、暗くないのだ。

 まるで血液のような溶岩があの中に溜まっているのかと思うと泣きたくなった。

「ん?何だ、あれは?」

「ドラゴンか!?」

 何かを見つけたらしいエルフが声を漏らしたから、俺は身構えた。

 こんな山道でドラゴンに襲われたら、逃げる事も反撃する事も出来ない。

「いや、ドラゴンではない。あれは……」

「何だ?あのちっこいの」

 エルフが見ている先を目をこらして見ると何かが居る。

 体長が一メートル位で紫色の体色をしたそれは見たことの無い生き物だった。

「あれはもしや『レッサーデビル』では?」

「レッサーデビルって何だ?」

 そんな会話をしながら、俺たちはレッサーデビルに近付いてみる事にした。

 俺が知る限り、そんな種族のモンスターは聞いた事が無い。

 デビルと言うからには何か特殊な能力のある生き物なのだろうか?

「私も詳しくは知らないが、高山に少数が住む種族らしい」

「って事はアイツはここに住んでるって事か?」

「いや、どうやらそんな様子では無いらしい」

 俺たちは山を登るレッサーデビルの近くまでやって来た。

 そいつは小さな身体で懸命に山を登ろうとしているがいかんせん身体が小さすぎる。

 俺たちより先に進んでいたはずなのにすぐに追いつかれてしまった。

「もし、貴様はレッサーデビルでは?」

「え?」

 こっちを振り向いたレッサーデビルはつぶらな瞳をしていた。

 丸みを帯びた輪郭の顔にちょこんと一本角が生えている。

 鼻も低く幼児体型とあいまって子供のような印象を受けた。

 デビルと言う凶悪そうな名前とは裏腹にかわいらしい見た目の生き物だった。


「コイツがレッサーデビルか?」

「あ、あの!僕に何か用が?」

 レッサーデビルは俺たちに囲まれて少しおびえている様子だった。

 小さなレッサーデビルから見たら、俺たちは見上げるくらい大きい。

 そんな相手が二人して近付いてきたらきっと怖いに違いない。

「怖がることは無い。私たちは貴様に少し尋ねたい事があるだけだ」

「僕に訊きたいこと?」

 エルフは膝を曲げ、レッサーデビルに目線を合わせた。

 上から目線で質問したら尋問してるみたいだからな。

「見たところ貴様はレッサーデビルのようだが、この辺りの者か?」

「いえ、僕は遠い北の高山からやって来ました」

 そう言ってデビルは北の方角を指さした。

 北には雪をかぶった高い山が見えるがあそこからここまで来たのだろうか?

「なぜこんな山までやって来た?この山に何かあるのか?」

「僕はこの山に生える千年草を探してやって来ました」

「千年草って事は俺たちと同じ目的でやって来たのか?」

 俺たちがこの火山までやって来たのも千年草を手に入れるためだった。

 エルフが言うにはこの草の根が秘薬には必要らしい。

「あなたたちも千年草を探してるんですか?もしかして進化の秘薬の為ですか?」

「そうだ。私たちは進化の秘薬のために材料を集めているのだ」

 待てよ。このデビルも進化の秘薬の素材を集めてるんだろ?

 それってつまり、俺たちってライバルって事じゃね?

「エルフ!そんな事、話して大丈夫か?」

「問題ない。むしろ好都合かも知れん」

 俺はエルフに耳打ちをしたが、エルフは至って平然としている。

 その根拠は一体どこから来るんだろうか?

「進化の秘薬を一つ作るも二つ作るもそう変わらん」

「素材の奪い合いとかにはならないって事か?」

「無論だ。でなければこんなに易々と情報を開示するものか」

 それを聞いて俺は安心した。

 何だよ。そういう事は最初に言っておいてよね。俺、焦っちゃったじゃん。

「なあアンタ、俺たちと一緒に素材を探さないか?」

 俺はデビルに協力しないかと持ちかけた。

 だって、仲間は多い方が賑やかだし早く薬が出来るかも知れないだろ?

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