第4話

 エルフが何か言ってくれないと、俺は殺されてしまう。

 せっかく生まれ変わって、ススレが身代わりになってくれたのに。

 何としてでも生き延びたかった。

「仕事なら既に完遂しているだろう?」

「何?どう言う意味だ」

 このエルフはいきなり何を言ってるんだ?

 言い分は完全に冒険者たちの方が正しいと俺は思うぞ?

 まあ、正しかったら俺の命がヤバいんだけどさ。

「これは黒の森のオークではないと言う意味だ」

「なぜそう言い切れる?」

 俺を弁護するダークエルフに冒険者たちは詰め寄った。

 だが、エルフは依然として済ました顔をしている。

「簡単なことだ。このオークからは血の臭いがしない」

「だからどうした?血の臭いがしないオークの何がおかしい?」

「オークは生肉をむさぼり、生き血をすする生き物だ。だから奴らからは腐臭がする」

 確かにエルフの言うとおり、ススレたちからはすごい臭いがしていた。

 俺は慣れてしまったが、きっとすさまじい臭いを発し続けていたのだろう。

「だが、このオークからはそんな臭いがしない。ずっと木の実を食べていたのだろう」

「……確かにオークなのに肉を食わないと言うのは妙な話だ」

 エルフの説得に冒険者たちの気持ちが揺らいでいる。

 俺は今ほど生まれてからずっと清潔にして来た事に感謝した日は無い。

「そして何より、このオークの身体は緑色をしている」

「え?」

 エルフの言うとおり、俺の身体は少し緑色をしている。

 最初は他のオークたちを同じ色だったが、次第に緑になった。

「黒の森のオークは赤みがかった灰色だと聴くが?私の記憶違いだろうか?」

「……本当にそのオークは俺たちの標的じゃ無いんだな?」

「無論だ。そうでなくては私の仕事が無くなる」

「……」

 突然冒険者の一人が俺の方へと短剣を投げた。

 え?何で?話しはついたんじゃ無いのかよ?

「○×△!!」

「え!?」

 短剣は俺を通り過ぎて後ろに居たゴブリンに当たった。


「今回のところは見逃してやる。だが、二度目は無いと思えよ?」

 そう言うと冒険者たちは踵を返してその場を後にした。

 え?これってつまり俺は助かったって事?

「ありがとう!本当に助かったよ!!」

「勘違いするな。さっきの借りを返しただけだ」

 あ、助けてはくれても別に心を開いたとかそういのじゃないんだな。

 このエルフは義理で俺を助けてくれただけなのか。

「……そうかい。じゃあ、俺とアンタはもう関係ないって事だな?」

 俺はダークエルフから逃げるようにしてその場を離れようとした。

 なぜかは分からなかったが、エルフに嫌われたくなかった。

「待て。貴様、どこに行くつもりだ?」

「どこって、どこだろうな?自分でもどこに行けば良いか分からないんだ」

 少なくとも、もう森には戻れないだろう。

 森に戻れば、今度こそ冒険者たちに殺されてしまうからだ。

 俺は当ても無い旅に出るしか無かった。

「……」

 その返事を聴いて、エルフは少し考えている様子だった。

 何だ?このエルフにとって俺がどうなろうと関係ないだろう?

「貴様、私と来る気は無いか?」

「え?いきなり何だよ?そんな事してアンタに何のメリットがあるんだよ?」

 俺としては美人のエルフと一緒に旅が出来るなんて正直嬉しかった。

 でも、このエルフを信用して良いものか判断しかねた。

「メリットなど無い。ただ、せっかく助けたのに行き倒れられたら後味が悪い」

「つまり俺の事を心配してくれるって事か?」

 それはあまりにも意外な理由だった。

 もしかしてこのエルフっていわゆる『ツンデレ』なんじゃね?

「心配などしていない。ただ乗りかかった船だからだ」

「あ、そう。ならお言葉に甘えようかな?」

 やっぱりこのエルフ、ツンデレだ。これはツキが回ってきたかも?

 なんせ美人のエルフと二人旅が出来るんだからな。

「何を鼻の下を伸ばしている!妙な考えを起こすなよ!?」

「……へいへい」

 とりあえず俺は命の危機を脱することが出来た。

 欲を言えばこのオークの身体がなんとかなれば良いのだが。


「……あのさぁ」

「ん?何だ?何か言いたい事でもあるのか?」

 歩きながら俺はエルフに対して気になっていた事を尋ねてみた。

 尋ねても良い事かどうか迷ったが、話題がそれくらいしか無かった。

「アンタは何であんな場所に居たんだ?」

「……それは」

 俺の質問に対してエルフは答えにくそうにしていた。

 やっぱり訊いたら良くない事だっただろうか?

「あ、無理に答えなくても良いんだ。ただ、何となく気になって……」

「いや、それくらいは答えても問題ないだろう」

 エルフは少し間を置いてから俺の質問に答えてくれた。

 ちょっとキツい印象を受けるが、結構良い奴なのかも知れない。

「私があんな人目につきにくい場所に居たのは、私がダークエルフだからだ」

「ダークエルフってそんなに皆から避けられるのか?」

 前世ではダークエルフが登場するフィクションを目にする機会が結構あった。

 作品によってはダークエルフは差別の対象になっていた。

「お前、ダークエルフの事を何も知らないのか?」

「ダークエルフどころか世の中の事を何も知らない。ずっと森に居たからな」

 俺はオークに転生してから数年間、ずっと外の世界を知らずに生きてきた。

 外に出るなんて、せいぜい近隣の村を襲撃するときくらいだ。

 しかし、俺はそれが嫌で襲撃に参加するふりだけしていた。

「そうか、お前は何も知らないのだな?」

 そう言ったエルフの目は少し柔らかかったように見えた。

 俺の事をまるで友達でも見ているかのような目だった。

「良いか?ダークエルフと言うのは希少な種族なんだ」

「希少だから変に目立つって事か?」

 学校でも会社でもどこのコミュニティでも変わってる奴は目立つ。

 そして、変に目立つとたいていトラブルに巻き込まれるのが世界のルールだ。

「お前、オークのくせに察しが良いな?何か特別な個体なのか?」

「う~ん、話すと長いんだけど俺は他のオークより頭が回るんだ」

 前世の記憶について話すべきか迷ったが、今は止めておく事にした。

 このダークエルフと俺はまだそこまで親しくない。

 このエルフの事をもう少し知って、信頼できるか判断してから明かそう。

 それからでも遅くは無いはずだ。


「特別な個体……だからオーク特有の臭いがしないのか?」

「俺は他のオークみたいに生肉を食べたりしたくないんだ」

 俺はエルフに対して自分が今までどんな暮らしをして来たかを軽く話した。

 あれ?俺がエルフに質問してた筈なのに、いつの間にか逆になってね?

「なるほど。ではお前はオークを辞めたいと考えているのだな?」

「そうなんだ。もうちょっとマシな種族に生まれたかったなぁ」

 何でよりによってオークなんかに生まれなくっちゃいけないんだよ?

 普通、こう言う作品だったらもっと強くて格好いい種族になるものだろ?

「……」

「エルフ?どうかしたのか?」

 俺のぼやきを聞いてエルフがうつむいて何か考え事を始めたようだ。

 もしかしてオークを辞める方法があったりするのか?

「お前、進化の秘薬に興味は無いか?」

「何だそれ?ポケクエのアイテムか何かか?」

 ポケクエと言うのは『ファイナル・ポケット・クエスト』と言うゲームの事だ。

 世界でも広く販売されている人気のRPGでシリーズがたくさんある。

 ファイナルなのにシリーズがあるなんて変だとか言うツッコミは無しだぞ?

「ぽけくえ?良く分からんが伝説の薬で飲めば望む姿に進化するらしい」

「望む姿って事はこんな不細工なオークからイケメンになれるって事か?」

 飲めばイケメンになれる薬なんて最高じゃないか!?

 その瞬間、俺の生きる希望が生まれた。

「美しくどころか強くもなれるし空だって飛べるようになるらしい」

「俺、その薬が欲しい!どこで売ってるの?いくら!?」

 昔、誰かが人生はキャラクリでミスったらハードモードだと言った。

 だが、そのミスったキャラクリをやり直せるのだとしたらどんなに良い事か?

「まて、落ち着け。その薬は売り買いされているものでは無い。自分で作るのだ」

「だったら俺、作るよ!何の素材が要るの?」

 どんなに困難な素材集めでもやり遂げる覚悟が俺にはあった。

 だって飲めばイケメンになれる薬だよ!?絶対に欲しいじゃん!!

「貴様、現金な奴だな。そうだな、詳しい説明は一息ついてからだ」

「よーし!じゃあ、早く行こう!休んでる暇なんか無いぞ!?」

 俺はイケメンになるべく『進化の秘薬』を作る旅に出た。

 エルフはちょっとキツいけど美人だし良い奴だ。

 俺はオークとして生まれて初めて心躍る瞬間に巡り会えた気がする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る