第3話

 俺たちが猟犬に見つかるのは時間の問題だった。

 せっかく生まれ変わったのにこんなところで死ぬ事になるなんて。

 まだ、女の子と付き合うどころか話しもしてないのに。

「……カカポ、すこしいいか?」

「ん?何だよ?こんな時に」

 いきなりススレが話しかけてきたから少し焦った。

 もしかして俺、思ってた事を口に出してたとか?

 だが、どうやらそうではないらしくススレは俺に向き直って話をした。

「カカポ、おれたちオークは最後はこうなるのが宿命なんだ」

「……何だよ、それ」

 それって俺に諦めろって言いたいのか?

 俺はこんな惨めな死を迎えるためだけにこの世に生を受けたってのか!?

 そんなのが俺の一生だって言いたいのか?

「おれたちは自分たちにすくいがないってわかってる。だからすきに生きるんだ」

「そんなの納得できるわけ無いだろ!?俺は生きたいよ!!」

 オークたちは自分たちがいずれ殺されるのを皆、承知していたのだ。

 だから暴れて奪ってむさぼるような刹那的な生き方をしていたのだ。

 この世界のオークは次の世代に自分の生きた証を残せないのだ。

「そうだろうな。おまえは他のオークたちとは違うみたいだからな」

「……ススレ?」

 ススレは何を言おうとしているのだろうか?

 俺の頭を力任せになでるとススレは不細工な顔で笑って見せた。

 その笑顔は俺が堀井を助けた時の顔によく似ている気がした。

「生きろよ?カカポ」

「……待て!ススレ!」

 俺はススレが何をしようとしているのかその瞬間分かった。

 だが、俺がススレを止めるのは一瞬だけ遅くススレは走り出した。

「ウォォォオオオ!!!」

 雄叫びを上げながら走り出したススレを猟犬が追いかけ始めた。

 そして、猟犬を追って冒険者も走り出しその場には俺だけが残された。

 ススレは俺を助けるために囮になってくれたのだ。

「……ごめん」

 俺は逃げた。

 死にたくない一心でひたすら逃げ続けた。


 俺は息を切らせながらひたすらに走り続けた。

 立ち止まったら、後ろから冒険者に殺されそうな気がした。

「ハァーッ!ハァーッ!!」

 ついに俺のスタミナが限界を迎え、生まれ育った森の外れで走れなくなった。

 額から大粒の汗が流れ、地面に吸い込まれていくのを見ながら呼吸をした。

 そんな時、ガサガサッと言う物音が俺の後ろでした。

「!?」

 冒険者に追いつかれたかと思い、俺は恐怖を押さえながら振り返った。

 しかし、そこに居たのは冒険者では無くただの鹿だった。

「何だ、脅かすなよ」

 安心して腰が抜けた俺はへなへなとその場に座り込んだ。

 来た方向を見ると俺が住んでいた辺りから黒煙がのぼっていた。

「……ススレ」

 俺は囮になってくれたオークの事を考えていた。

 生まれ変わってから俺はずっとオークと一緒に暮らしていた。

 しかし、彼らと言葉を交わす事はあまりなかった。

 勝手に俺が彼らと話すのは無駄だと決めつけていたからだ。

 だから、ススレがあんなに仲間想いな奴だなんてさっきまで知らなかった。

「……」

 俺はオークたちと関わろうとしなかった今までの自分を恥じた。

 ひょっとしたらもう少し心を開いていたらわかり合えたかも知れない。

 顔が悪くて臭くて下品なだけで、本当は良い奴らだったのかも知れない。

 でも、そんな事はもう二度と確かめられない。

 命を張って俺を助けてくれたススレに会って謝る事も一生出来ない。

「……俺、どうしたら良いんだろう?」

 たった一人(一匹?)になってしまった俺はどうやって生きれば良いのだろうか?

 俺はこの世界の事をあまりにも知らなすぎる。

 誰の力も借りずに生きるなんて多分無理だ。

 しかも、この世界のオークとは命を狙われ続ける存在らしい。

 さっきの冒険者たちの襲撃がまさにそれだ。

「もういっそ、ここで死んだ方が楽かも知れないなぁ」

 そんな風に思った時だった。

「ん?何だこの匂い?」

 俺が嗅いだ事も無いような良い匂いが風上から流れて来るでは無いか。


「こっちからだ、こっちの方からするぞ!?」

 俺は死のうと考えていた事なんて忘れて匂いの元を探し始めた。

 良い匂いと言っても食べ物の匂いでは無い。女性の匂いだった。

「あの丘の向こうだ!」

 匂いの元を探し出してどうするかなんて考えていなかった。

 ただ、本能的に匂いの主がどんな輩なのかを知りたかった。

「あ、あれは!!」

 俺は丘を登り、匂いを発している存在を見つけ出した。

 それは小鬼、つまりゴブリンに囲まれるダークエルフだった。

「……!!……!」

 ダークエルフは何かをゴブリンたちに向かって言っている。

 だが、ゴブリンたちは下卑た笑みを浮かべたままエルフの包囲網を狭めていく。

「ヤバいんじゃね!?あれ」

 それを見た俺は疲れなんて忘れて既に走り出していた。

 あのエルフを助けたいと言う気持ちだけで俺は行動していた。

 ゴブリンたちの顔を見る限り、エルフは乱暴されそうになっていた。

 俺はエルフの知り合いでも何でも無かったがそんなの絶対に嫌だった。

「クソッ!雑魚共が群れて!!」

 ダークエルフは口調こそ強かったがおびえていた。

 この世界のゴブリンは気に入った女を手籠めにするからだ。

 そして、目の前のゴブリンたちはエルフが大変お気に召したらしい。

「こんな奴らに犯されるくらいならいっそこの場で……」

 自決を覚悟したエルフだったが天は彼女を見捨てては居なかった。

 こんな人里離れた場所で彼女を助けに来た者が居たのだ。

「うぉぉぉおおお!!!」

「オ、オーク!?」

 天は彼女に醜い顔のオークを一匹、遣わせたのだった。

「○×△!?」

 突然のオークの襲撃に驚いたのはダークエルフ本人だけでは無かった。

 彼女を囲んでいたゴブリンたちもこの珍客に混乱していた。

「おらおらおらぁ!!!」

 オークのカカポは迷わずにゴブリンの中で一番大きい個体を殴り倒した。

 突然のオークの襲来とリーダー格が倒れた事でゴブリンたちは戦意を失った。

 まるで蜘蛛の子を散らしたようにゴブリンたちは一目散に退散した。


「あんた、大丈夫か?」

「……オーク!!」

 俺はエルフに声を掛けたがエルフは警戒心剥き出しでこっちを見ている。

 そんなにオークって嫌われるモンスターなのだろうか?

「まあ、なんとも無いならそれで良いんだ」

 なんだかいたたまれない気持ちになって俺はその場を後にする事にした。

 ただオークと言うだけでこんなに嫌われるなんてな。

「やっと見つけたぞ」

 後ろから声がしたから俺が振り返ればそこには冒険者たちが立っていた。

 全員、返り血まみれでさっきまでオークを血祭りに上げていたのが見て分かる。

「そいつで最後の一匹だ」

「これで依頼達成だな」

 冒険者たちは武器を構えて俺に近付いてきた。

 嘘だろ?俺、せっかく生き残ったと思ったのにこんなところで殺されるのか!?

「待て、そのオークは私の獲物だ」

「え?」

 俺に近付いてくる冒険者たちをさっき助けたダークエルフが止めた。

 何でコイツはわざわざそんな事をするんだ?

「ダークエルフか、珍しいな」

「見たところ、里を追われて独り旅ってところだな」

 冒険者たちはエルフを値踏みするような目で足の先から頭のてっぺんまで見た。

 ダークエルフは整った顔立ちで目鼻立ちがハッキリしていた。

 それでいて髪はプラチナブロンドで肌の色とコントラストを形成していた。

 俺はこんな綺麗な相手を前世でも見た事が無かった。

「人の獲物に手を出すのは冒険者の流儀に反するのだろう?」

「そのオークは黒の森から逃げた最後の一匹だ。つまりこっちの獲物だ」

 冒険者の言うとおり、俺は森から逃げてここまで来た。

 言い分は彼らの方が正しいが、それでは俺は殺されてしまう。

 頼むぞエルフ!何か上手い事を言ってくれ!!

「このオークは私が始末する。そちらの手出しは無用だ」

「依頼は完遂する。それが俺たちの流儀だ」

 この冒険者、妙にプロフェッショナルだな。

 仕事人間としては尊敬するけど、今だけはもう少しいい加減になって欲しい。

 俺はエルフが何か言ってくれる事を祈った。

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