第2話
「先輩、絶対に披露宴には来て下さいね!?」
「分かってるって。お前それ何回言うんだよ?」
昼休みを終えて、後輩の堀井と俺は会社に戻ろうとしていた。
堀井は来月に結婚式を控えていて幸せの絶頂を迎えていた。
「まだ、彼女のドレス姿を見せて貰ってないんですけどきっと可愛いんだろうなぁ」
「はいはい、ちゃんと前見て歩けよ?」
それに対して俺、川口拓也は『彼女居ない歴=年齢』の独身だった。
もっと言うと今まで女の子の手も握った事が無い正真正銘のDTだった。
「先輩、見てて下さいね?俺、結婚式までにこの仕事を片付けますから!」
「仕事は仕事、プライベートはプライベートだ」
そんな俺からしたら堀井は正直、羨ましい限りだった。
しかし、結婚が決まってから少し浮ついているところがあった。
「早く結婚式の日にならないかなぁ」
「お前、気をつけないと失敗するぞ?」
ここは先輩としてキッチリと注意するべきだろうか?
普段、あんまり後輩を叱ったりはしないがその方が本人のためになるか?
「大丈夫ですって!俺、人生の絶頂期に入ってますから」
「今が絶頂期だったら十年後とかはどうなるんだ?」
やっぱり堀井は今、少し調子に乗っているように見える。
ここは俺がちゃんと注意してやるのが良いだろう。
「お前なぁそう言う……」
そこまで言いかけて俺は嫌な予感がした。
あれ?あのトラック、まっすぐにこっちに来てないか?
このままじゃ堀井、轢かれるんじゃないのか?
「堀井!危ねぇ!!」
「え?」
そこまで言うと俺は後先も考えずに横断歩道に飛び出していた。
その時、俺は自分の危険なんてものは頭の隅に押しのけていた。
ただ、目の前で誰かが死ぬなんて絶対に嫌だった。
そして、ありったけの力で轢かれそうになっている堀井を突き飛ばした。
堀井の瞳に映る俺はどことなく安心したような顔をしていた。
なんでそんな顔、してんだよ?俺、死ぬんだぞ?
次の瞬間、俺の身体にすさまじい衝撃が走った。
そして、そこでいったん俺の意識は途切れた。
「ここはどこだ?」
俺は真っ暗で狭い場所で意識を取り戻した。
もしかして、ここは死後の世界なのだろうか?
「何だ?何か音が聞こえるぞ?」
俺は音のする方向へと土をかき分けながら進んだ。
この時ようやく、自分は土の中に居るのだと言う事が分かった。
「何で俺、土の中に居るんだろう?」
俺はトラックに轢かれて死んだんじゃ無いのか?
分からない事だらけだったが、とにかくこの土の中から出よう。
もしかしたら、何かの理由で埋まってしまったのかも知れない。
「実は俺は土葬された後でゾンビになってたりして」
そんな考えが一瞬よぎったが、頭から必死に追い出した。
せっかく生きていると思ったらゾンビだったなんて悲しすぎる。
「音が近付いてきた!もう少しだぞ!」
俺が埋まっていた場所は案外浅かったらしく音は俺のすぐ上で鳴っていた。
ボゴォっと言う音を立てて俺の手が地面を突き破った。
その手を誰かが掴んで俺を外に引っ張り出してくれた。
「ああ、助かった。ありが・・・・・・」
俺はそこまで言いかけて言葉を失った。
なぜなら俺を土の中から引きずり出したのは人間では無かったからだ。
「マヌケなツラだなぁオマエ」
俺の手を掴んでいたのは醜悪な見た目のモンスターだった。
その顔を俺はフィクションの中で何度か見た事があった。
「・・・・・・オークだ」
「ナニいってんだ?オマエもオークじゃねぇか」
「え?」
何言ってんだ?このブタ野郎は?
俺がオークだなんて、そんな事があるわけが無いだろう?
そう思って、俺は水面に自分の顔を映してみた。
「な、何じゃこりゃぁぁぁあああ!!!」
水面に映し出された俺の顔は牙が生え、豚のような鼻をしていた。
間違いなく、俺はオークに生まれ変わってしまったのだ。
「ハッピーバースデー、カカポ」
俺はオークの一匹、カカポとして生きる事を余儀なくされた。
俺がオークの一匹、カカポとして生きるようになっていくらか時間がたった。
ちなみにカカポとは適当に付けられた名前で意味は無いらしい。
感じとしては『ああああい』とか『ああああう』くらいの適当さだ。
「おい、カカポ。オマエまたそんなモノくってるのか?」
オークの一匹、ススレが俺に話しかけてきた。
ススレは俺にカカポと名付けた張本人でいわば名付け親だ。
「こっちにきてオマエもニクをくえよ」
「いや、俺は遠慮しておくよ」
そう応えると俺はアタリの実をかじった。
アタリの実はスイカに似た食感で甘みが少なくおいしい物では無かった。
しかし、人間や獣の生肉をむさぼるよりは遙かにマシだった。
「へんなヤツだなオマエは」
ススレは特に気にした様子も無く肉をむさぼり、生き血をすすっていた。
俺にはそんな事、見るだけでも気分が悪くなった。
幸か不幸か俺は身体はオークだったが、心は人間だった。
「そういえばオマエ、また『みずあび』なんかしてたんだってな?」
「別に良いだろ?俺が好きでやってる事なんだから」
オークは入浴を含めて身体を洗ったりなんかしない。
そのせいで全身から異臭をいつも放っている。
こんな不潔な生き物に生まれ変わるなんて何の因果だろうか?
「みずはかぶるものじゃなくてのむものだぞ?」
俺に興味を失ったようにススレは食事に戻った。
今のやりとりで分かったとおり、俺はオークの中でも浮いていた。
殺して奪って食べて寝て最後は殺される。それがオークの一生だ。
だが、俺は殺されるなんて嫌だし、殺すのはもっと嫌だった。
だから他のオークたちのやっている事を俺は受け入れられなかった。
「いつか絶対にこんな場所、出て行ってやる」
俺は決意を新たにすると日課の水浴びをすることにした。
少し離れたところに水が湧いてくる泉があった。
そこで身体を綺麗にするのが俺の数少ない楽しみだった。
「こんな酷い顔じゃ一生女にはモテないだろうなぁ」
水面に映った俺の顔はススレと大差ないくらい醜悪だった。
前世でも結局、女の子の手も握る事は無かったが今回も無理だろう。
一度で良いから女の子に好きになって貰いたいものだ。
俺はほどよく冷えた水に自分の身体を沈めた。
満月が木の間から顔を出し、少しだけ幻想的な雰囲気を出していた。
「何でオークなんかに生まれ変わっちまったんだ?俺」
俺はそうぼやかずには居られなかった。
オークは不潔で下品で野蛮な生き物で品性なんて持ち合わせていなかった。
もちろん、知性も低くてちょっと難しい話題をするとすぐ話しが合わなくなった。
「こんなところで一生過ごすくらいなら生まれ変わらない方がマシだったなぁ」
そんな連中に朝も昼も夜も囲まれている俺は嫌気がさしていた。
こんなところに居たら、いつか俺もあんな風になるのだろうか?
想像するだけで恐ろしかった。
「愚痴ってても何も始まらないか。さっさと帰るか」
そう思った俺は身体を清めるとオークたちの待つ場所へ戻ろうとした。
しかし、俺の足はある物を見て歩みを止めた。
「何だあれ?煙か?」
見上げると天にまで届きそうな煙がもうもうと上がって居るでは無いか。
オークは火なんて使わないからただ事でない事がすぐに分かった。
「カカポ!」
俺の方へ走ってくる一匹のオークが居た。
傷だらけで血まみれのオーク、ススレの姿を見て俺は確信した。
群れが冒険者に襲撃されたのだ。
「ススレ!逃げるぞ!?」
俺はススレと一緒に森の中を逃げる事にした。
そこまで親しい間柄では無いが、名前を付けて貰った恩がある。
俺たちは暗闇の中を必死に敗走し続けた。
「ん?ススレ、隠れろ!!」
俺の耳にオークじゃ無い何者かの足音が聞こえた。
足音は迷わずに俺たちの方へ近付いてきていた。
「・・・・・・」
俺とススレが隠れるとすぐに猟犬を連れた冒険者が現れた。
顔は兜で隠れていたが俺たちを見つけ次第殺そうとしているのは分かった。
ヘルムの向こうの瞳はそれくらい殺気を放っていた。
「・・・・・・」
俺は息を潜めてやり過ごそうとしたが猟犬はいつまでも臭いを探していた。
隣のススレはオーク特有の異臭を放っていたし、血の臭いもしていた。
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