転生したらオークでした。今度こそ『DT』を捨てて見せます!

田中 凪

第1話

「先輩、もう見ても大丈夫ですよ」

 俺を呼ぶ奈央の声がしたから俺は顔を覆っていた手をどけた。

 目の前のにはタオルをまいて温泉につかる後輩の奈央が居た。

 今日はクリスマス。俺と奈央は二人だけの特別な時間を過ごしていた。

「・・・・・・奈央、その下は?」

「心配しなくてもちゃんと水着を着ていますよ」

「ははは、そうだよな」

 どうやら俺の期待は奈央に完全に見透かされていたようだ。

 でも、いくら水着を着ているとはいえ女の子と二人で温泉なんてドキドキする。

 この温泉は奈央のお父さんが管理する温泉だから今日は誰も入ってこない。

「私、先輩とこんな関係になるなんて思っても居ませんでした」

「急にどうしたんだ?」

「いえ、ちょっと去年の事を思い出してました」

 奈央はそう言いながら髪をいじっていた。

 奈央は陸上部の女の子で髪は邪魔にならないようにショートボブにしてある。

 でも、短くても艶やかな黒髪は見ているとドキッとした。

「私、本当は先輩みたいな人は全然タイプじゃ無かったんです」

「うん、それは良く分かってるよ」

 俺は奈央の顔を見ながらそう答えた。

 奈央は少し丸顔でいわゆる『童顔』だった。

 だが、鼻筋は通ってるし目も二重でぱっちりしている。

 おまけに唇も鮮やかな色をしていてふっくらと形も整っている。

 ハッキリ言って、俺にはもったいないくらいの美人だった。

「先輩、ちゃんと話し聞いてますか?」

「え?ああ、ちゃんと聞いてるよ!」

 しまった。奈央の顔を凝視するあまり話しを全く聞いていなかった。

 奈央の顔は今まで何度も見たが、それでも見とれてしまう。

「本当ですか?さっきから鼻の下を伸ばして上の空でしたよ?」

「・・・・・・ごめんごめん」

 奈央はジト目で俺を睨んでいる。これは下手な言い訳をしない方が良いだろう。

 俺は大人しく謝る事にした。ちゃんと謝れば奈央だって許してくれる筈だ。

「はぁ、仕方ないですね。今回は許してあげます」

「ありがとう、奈央」

 奈央を怒らせると怖いから、許してくれて本当に感謝しかない。


「私と先輩の今までの話しをしてたんですよ。私たちの出会い、覚えてますか?」

「もちろん覚えてるよ。文化祭の準備の時だろ?」

 あの時、奈央は文化祭のポスター作りに追われていた。

 しかし、奈央は絵はあまり得意では無く描いては消しを繰り返していた。

 それを見かねた俺が奈央の手伝いをしたのが始まりだった。

「残念ですがそこじゃありません。私と先輩はもっと早くに出会ってます」

「え?あれが初めてでしょ?」

 嘘だろ?俺と奈央は一体、いつ出会ったのだろうか?

 こんな可愛い女の子と出会ってたら、絶対に忘れないと思うんだが?

「・・・・・・本当に覚えてないんですか?」

「ごめん、降参するよ」

 奈央は少しふてくされたような顔をしている。

 俺も必死に思う出そうとするが、全く心当たりが無い。

「桜の木の下・・・・・・」

「え?桜の木の下?」

 うちの学校には校庭に立派な桜の木が植わっている。

 あそこで俺と奈央は出会ったのか?でも、全然覚えてない。

「仕方ないですね。だって先輩はあの時、失恋したばかりでしたから」

「それってもしかして・・・・・・」

 それは今でも忘れはしない。あれは俺が二年生に上がったばかりの出来事だった。

 その春、俺は片思いをしていた女の子に告白して玉砕したのだ。

「あの時の先輩の顔、まるで世界の終わりみたいな顔をしていました」

「だって、初めて告白したのに振られたんだからそりゃショックだよ」

 あの時の俺は自分の全てを否定されたような、そんな気分だった。

 自分には何の価値の無くて、何の魅力も無いその辺のゴミ以下の人間。

 そう思っていた。

「でも、先輩は腐ったりしないでそれからは必死に努力してましたよね?」

「・・・・・・少しでも自分を変えたかったんだ」

 振られてしまって、ゴミ以下になってしまった俺は最初は死のうと考えた。

 死ねば全てから解放されて楽になれると思ったからだ。

 でも、死ぬ勇気が無かった。だから、死ぬ代わりに自分を変えようと思った。

「私、いつも先輩が頑張ってる姿を見てたんですよ?」

「そんなの全然気が付かなかった。何かちょっと恥ずかしいな」

 俺はただ、過去の自分を乗り越えたいだけだった。周りなんて全く見ていなかった。


「分かってます。先輩の目には誰も映っていなかった事くらい」

「奈央?」

 なぜ奈央はあんなに悲しそうな顔をしているのだろう?

 僕が一人で頑張る事と奈央が何の関係があるのだろう。

「だから私を見て欲しくなったんです」

「どう言う事?見て欲しくなったって」

 奈央は僕にはもったいないくらいの美人だし、人気者だ。

 僕なんかが見なくても、好きなだけ注目を集められるだろうに。

「先輩がまぶしかったんです。いつも輝いて見えました」

「僕は別に輝いてなんか居ないよ。ただ、必死だっただけだよ」

「その必死さが私には輝いて見えたんです」

 奈央は何の事を言っているのだろうか?

 僕が輝いて見えたって、奈央の方が輝いているように見えるが?

 僕は日陰者だし、友達も多くない。女の子にだって振られた。

「私、実は陸上部を辞めようと考えてた時があるんです」

「そうだったのか?全然、そんな風に見えなかった」

 僕が知らないところで奈央が悩んだり苦しんでいる事が意外だった。

 奈央のような充実した日々を送ってる人でもそんな風になるんだ。

「それは先輩が見てたからです。先輩にはかっこ悪い姿、見せたくありませんでした」

「どうしてそこまで僕の事を意識するんだ?」

「先輩は私が見てる時も、そうじゃない時もいつも努力してました」

 確かに奈央の言うとおり、僕は自分を磨く事に明け暮れていた。

 一日でも早く振られてしまった自分を過去の存在にしたかったからだ。

 奈央はそんな僕を見て、何か感じ入るものがあったのかも知れない。

「そんな先輩の事を思うと、もう少し頑張ろうって気になるんです」

「僕は知らないうちに奈央に影響を与えてたって事?」

「最初は小さな対抗意識だったんです。でも、知らないうちに憧れになりました」

 奈央は必死に足掻く僕を見て、勇気をもらえたのかも知れない。

 僕はただ、過去から逃げているだけだったがそれが奈央には輝いて見えたのだ。

 自分のしていた事が誰かに勇気を与えていたなんて、意外だった。

「私がこの人をいつも意識してるように、この人に私を意識して欲しいって思いました」

「だから僕に近付いて来たのか?」

 奈央が僕にポスターを手伝うように頼んだのは偶然なんかでは無かったのだ。

 彼女は僕とのつながりを作るためにあえて僕に頼んだのだ。


「私、先輩の心に居たいんです。私の心に先輩が居るように」

「奈央はいつも僕の心に居るよ?」

 目の前で湯に浸かっている奈央の顔が赤いような気がする。

 のぼせているのだろうか?どこか涼しいところに連れて行った方が良いか?

「やっぱり分かってないんですね。私の気持ちが」

「奈央の・・・・・・気持ち?」

 奈央の気持ちって何だろう?僕と奈央は恋人同士で互いに想い合っている。

 これ以上、何があると言うのだろうか?

「私、先輩の事を考えると胸が苦しくなるんです。あふれてくるんです」

「・・・・・・奈央」

 奈央はとても切なそうな声で僕に訴えてくる。

 そんな彼女を見ていると、僕の心臓は勝手に早く脈打ち始めた。

「先輩。私の気持ち、受け止めて下さい!」

「え!?な、奈央!!」

 僕は目を疑った。奈央はタオルの下に水着なんて着ていなかった。

 彼女は生まれたままの姿を僕にさらけ出出出出出出出出出出出出出出出出


「あ~クソっ!また、バグったか」

「一番良いところでバグるなんて、あり得ないですよ」

 俺と堀井は悪態をつきながらコントローラーを無造作に放り出した。

 来月発売の恋愛シミュレーションゲーム『キミ*スキ』の大詰めをしていたのだ。

 あらかた完成して、後はこの奈央ルートを完成させるだけだった。

「もう、こんな時間か。飯にするか?」

「そうですね。先輩は何にしますか?」

 俺と後輩の堀井はゲーム制作会社に務めるサラリーマンだ。

 俺は堀井と一緒に昼休みのために会社から出た。

「ちゃちゃっと蕎麦にしようぜ?」

「良いですね。最近、新しいそば屋が出来たんですよ」

 俺と堀井は背広姿のサラリーマンの波に乗りながらそば屋を目指した。

 新作を発売する直前のゲーム制作会社は地獄絵図だった。

 他の部署では一週間会社に泊まり込みの連中も居るらしい。

「無事に発売できると良いんですけどね?」

「まあ、こう言う修羅場は珍しくないから何とかなるだろ?」

 俺たちはくたびれたスーツを来て目的地を探した。

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