第88話 山頂へ
一方、テント設営から少し離れた場所に、ミナトはレックスを呼び出した。
「レックス、嫌な気配がしているっていったでしょ?」
「ああ、森に入ったときから言っているな」
「あれ、あの頂上の方からしてる」
「なんだと? 頂上は氷竜の王のいる場所だ」
ミナトは頂上の方を見る。
「嫌な気配が強くなってる」「わふ」
ミナトにタロも同意する。
「レックス、頂上まで、どのくらい時間かかりそう?」
「そうだな。俺は竜だから人間の足でどのくらいかわからないんだが……」
そう前置きして、レックスは少し考える。
「平地の街道なら、人の足でも十五分ぐらいの距離だ」
「むむう?」
人の足で平地で十五分の距離ならば、だいたい一キロぐらい。
高山での一キロは非常に長い。数日かかってもおかしくない距離だ。
「……レックス」
ミナトは少し考えて、レックスに耳打ちする。
「…………どうした?」
レックスも小声で囁き返す。
「もうそんなに時間ないかも」
「それは一体どういう?」
「嫌な気配がこれ以上強くなったら、取り返しが付かなくなるかも」「ぁぅ」
ミナトにタロも同意見だった。
「……王が死ぬと言うことか?」
「わかんない。もっと酷いことになるかも?」「ぁぁぅ」
固まるレックスにミナトは真剣な表情で言う。
「……夜にぬけだそう」
「…………それはさすがにまずいだろ」
「でも、みんな連れていったら、しんじゃう。それに何日もかけてられないし」
「……だが」
「タロがいるからだいじょうぶだよ? ……はやく氷竜王を助けないとだし」
レックスは真剣に悩んだ。
今でも徐々に王の呪いは進んでいる。ゆっくりしていたら手遅れになりかねない。
早ければ早い方が良いのは間違いないのだ。
「うーむ」
レックスはミナトと、そしてタロを見る。
タロはとても強い。理性を無くした竜たちと戦いになっても勝てるだろう。
それに、タロならば極寒の高山も大丈夫にちがいない。
「……ピッピはここに残って、みんなを暖めてあげて」
「ぴぃ」
「フルフルも、みんなを助けてあげて」
「ぴぎっ」
このパーティにおいて、タロが飛び抜けて強力な戦力だ。
だから、タロのいない方に、できるだけ戦力を残しておくべきと、ミナトは判断していた。
「レックスが来てくれないなら、僕とタロだけでいくよ」
その言葉で、レックスも心を決めた。
「わかった。だが、みなに手紙を残してくれ」
「うん。わかってる」
夜ご飯を食べると、皆眠りについた。
テントの中心には不死鳥のピッピが発熱して、暖房代わりになってくれた。
真夜中、皆が寝静まった頃。
「…………」
ミナトは無言で起き出して、手紙をしたためる。
『ひょうりゅうのおうをたすけてきます。たろがいっしょなのでしんぱいしないでください
あしたじゅうにはもどります。こりん、ことらをおねがい』
それを見届けると、タロは一頭でこっそり外に出る。
タロが出たことに気づいた者は多かった。
「……タロ様、どうしたです?」
「ぁぅ」
「うんこです? はやくもどるですよ」
「あ、俺も一緒に行こう、腹が冷えたのかもしれん」
そういってレックスもタロと同じく外に出て行った。
うんこしに行くのがミナトやコリンなら心配するが、タロと竜であるレックスなら心配ない。
道に迷っても凍死しないし、滑落もしないだろうし、滑落しても死なないだろう。
だから、みんなは安心して再び眠った。
タロとレックスさえ外に出てしまえば、後は簡単だ。
ミナトの【隠れる者】のスキルレベルは人類史上最高レベルなのだ。
誰にも気づかれることなく、ミナトはテントから出る。
テントから出ると、外は猛吹雪だった。
魔法のかかっていない普通のテントだったら、吹き飛ばされていただろう。
「……いこっか」
ミナトとレックスはタロの背に乗って、走り出す。
しばらく走ると、雲の上に出たことで吹雪がやみ、星が見えた。
「ふわあ~空が綺麗だねぇ。タロみてみて」
「わふ~」
下をみると雲だらけだ。
そして、上空には雲一つ無い。空気が薄いお陰で、地上より星が綺麗だ。
星雲が文字通り雲みたいにみえた。
「普通の人間は綺麗とか言っている余裕はないんだがなぁ」
レックスが呆れたように言う。
四十度を超える急斜面をただの平地のように、タロは走る。
「爪が鋭いのか? 飛ぶ竜より早いかもな」
「さすがタロ!」
「わふ~」
喜ぶタロをみて、レックスは真剣な表情で告げる。
「さすがにこの速さなら警戒されるかもしれん」
「ドラゴンに?」
「そうだ。いくら空を飛ばない奴に対しての警戒が薄いとは言え、気をつけろよ」
「タロ、ドラゴンが出てくるかもしれないって」
「わふ~~」
「うーん。ドラゴンが空を飛んでたら、タロも届かないもんね。どしよっか」
「その時は俺が竜の姿に戻ろう」
「お願いね」
「……わふ?」
「そだね。飛んでないドラゴンはタロに任せるよ」
暗闇の中、走るタロの背で、ミナトは呟いた。
「嫌な気配がどんどんつよくなってる」
まるで空気が薄くなった分を嫌な気配が埋めているかのようだ。
「これだと、全力でうごけないかも? タロも気をつけてね」
「ばう!」
タロは任せろ力強くと言った。
人の足では果てしなく感じるはずの高山の一キロも、タロの足では一瞬だ。
地平線の向こうに待機した太陽が空が赤く染め始めた頃、頂上に到着する。
頂上は、何者かに切り取られたかのように直径百メートルほどが平になっていた。
「やっぱり嫌な気配はここがねもとだ!」
「わふ」
「そういえば、邪魔されなかったね?」
「わふ」
頂上の広間の中央に体長十五メートルはある巨大な青白い竜が伏せている。
全身に赤黒い腫瘍が生えている。その姿は赤黒い腫瘍に寄生されているかのようにみえる。
腕や足、背中から伸びる黒光りする鎖によって、地面に縫い付けられていた。
「あれだ」
鎖はミナトが感じていた嫌な気配をまき散らしていた。
それは瘴気に近い。だが、これまでの瘴気とは違いミナトとタロにまとわりついてくる。
「……陛下、なんとお労しい」
「あれが氷竜王?」
「そうだ」
『……レックスか』
その声は音ではなく魔力によって、ミナトたちに届く。
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