第87話 子虎
キャンプ場に戻ると、既にテントが建てられており、夕ご飯の準備が始まっていた。
「子虎を見つけたのですね。流石ミナトです」
「うん、まだ意識が戻ってないんだけど……アニエスも診てあげて」
「もちろんです」
アニエスはコリンが抱っこする子虎を丁寧に診察する。
「外傷はないですし、病気でもないですね」
「水薬のレトル薬を少し飲ませたんだけど……」
「なら、すぐに目を覚ましますよ」
「よかったー」「わふ~」
「よかったです」
コリンは、安心した様子で、子虎を優しく撫でた。
次の日の明け方、コリンがミナトを揺すって起こした。
「ミナト! 子虎が起きたです!」
「……にゃ」
コリンに抱っこされていた子虎はミナトとタロをじっと見つめる。
「にゃあ」
子虎が最初に言ったのは姉を助けてくれと言うことだった。
聖獣である子虎は、ミナトとタロを見て使徒と神獣だと理解したのだ。
「おはよう。だいじょうぶだよ、お姉さんは助かったからね」「わふわふ」
「にゃあ~」
タロは子虎の匂いを嗅いで、べろっと舐めた。
「子虎さん。痛いところとかない? 苦しいとかかゆいとかは?」
「にゃ」
「そっか、よかった。でも体力はないから、ゆっくりしないとだめだよ?」
「にゃ」
子虎はミナトに従順だった。
起きてきたみんなのことを子虎に紹介し終えると朝食だ。
朝ご飯を食べながら、ミナトは言う。
「子虎をお姉さんのところに送るのって難しい?」
「今からか? この状態でパーティをわけるのはリスクが高いんじゃないか?」
ジルベルトはそういって、レックスを見る。
「そうだな。竜は今のところ大人しいが、いつ襲ってくるかわからんからな」
地上を歩けば襲われる確率は低くなる。
だが山頂に近づけば近づくほど襲われる可能性は高くなる。
「もう、いつ襲われても不思議はない高さまで来ているのは間違いない」
パーティをわけて、タロのいない方が襲われたら無事では済まない可能性が高い。
「氷竜の王を助けてから、皆で戻りましょう。子虎もそれでいいですか?」
アニエスがそういうと、子虎は「にゃ~」と同意した。
子虎も一緒に行動すると言うことが決まると、ミナトが尋ねた。
「子虎さん。僕と契約する?」
「にゃあ~」
「ありがと。名前はないがいい?」
「にゃにゃ!」
「コトラがいいの?」
「にゃ!」
最初に呼ばれた子虎という呼び方が気に入ったらしかった。
「じゃあ、君の名前はコトラ! よろしくね!
「にゃあ~」
「コリン、コトラのことお願いね
「まかせるです!」
コトラはレトル薬の効果もあって、元気にみえるが、まだ病み上がりの状態。
そのうえまだ子供なのだ。まだまだ慎重に扱わなければならなかった。
朝ご飯を食べながら、ミナトは幼竜にもレトル薬を飲ませる。
意識がないので、ゆっくり数滴垂らすだけだ。
ミナトは毎日食事の度に、幼竜にレトル薬を飲ませているのだ。
「にゃ?」
「うん。まだ目を覚まさないんだ。すごく疲れてるの」
「にゃぁ」
コトラも心配そうに幼竜のことを見つめていた。
朝ご飯を食べた後、ミナトたちはひたすら山を登る。
しばらく登ると、万年雪が積もっている場所まで到達した。
「タロ!」
「わふ!」
さっそく、ミナトは買っておいたそりを取り出す。
それをタロに取り付けて、みんなで乗った。
「タロ、走って!」
「わふわふ!」
タロは、楽しそうに走り出す。
「ふわ~~、タロすごい! かっこいい!」
「わふ~」
ミナトに褒められて、タロは上機嫌だ。
「はわわ、速いです」
「にゃ!」
コリンに抱っこされたコトラはタロを尊敬の目で見つめている。
「は、速い、タロさま、もう少しゆっくり」
「わふ~?」
アニエスに頼まれて、タロは少しだけペースを落とす。
それでも歩いて登るよりはるかに速い。
観光地の山にあるロープウェイの二割増しぐらいの速さだ。
「……タロ、こっそりはやくすればいいよ」
少しずつ加速すれば、みんな気づかないというミナトの作戦だ。
「……わふ」
タロは走りながら、真面目な顔で頷くと、少しずつ加速する。
「……タロ様、ばれてるぞ?」
「わふ~?」
ジルベルトに指摘されても、タロはわからないふりをした。
タロは速いので、お昼頃には呼吸がきつくなるぐらいの標高までたどり着いた。
「わふ~?」
「うん。これ以上はそりは無理かも?」
ここから先の傾斜が鋭すぎるのだ。だいたい四十度ぐらいある。
もちろんタロは平気だ。鋭い爪を氷や岩に突き立てて、そりを曳いたまま登れるだろう。
だが、そりに乗る人間達はそうはいかない。
しがみついていなければ、ずり落ちてしまうだろう。
しっかり握る持ち手もないうえ、みな分厚い手袋をはめている。
「掴むところとか、つけとけばよかったね」
「ぴい~」
「あ、そっか。タロのひもも丈夫なのにしたほうがいいね」
そりとタロをつなぐ紐も、これ以上進めば切れかねない。
もし、切れたら、ものすごい速度で滑落することになり、非常に危険だ。
ミナトたちがそりの改良点を考えている横で、ジルベルトたちも話合いをしていた。
「動いてなくても、息があがるな」
「高所は息が辛いとは聞いていましたが、本当にきついですね」
マルセルは「はぁはぁ」と息をしながらも、初めての体験にどこか嬉しそうだ。
「それより寒い。あれだけ厚着してきたのに、寒すぎるだろ」
「街一番の手袋とブーツを買ってきたのに、凍傷になりそうですな」
「ジルベルト、ヘクトル、剣は握れそう? 私は弦をいつもみたいに握れないっていうか」
「弦自体も脆くなっていそうですね」
「そうなの」
ジルベルトたちが、極寒の高所での現状を話合い、
「ここにテントをはって、拠点としましょう」
アニエスが決断をくだした。
「まだ昼ですが、この先にテントをはれる場所は少ないでしょうし」
「テントをはらずに、日没になったら死にかねないしな」
ジルベルトたちがテント設営を開始した。
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