第86話 氷竜王の山に行こう

 ミナトはモナカと聖獣たちに言う。


「みんなは、ここでゆっくりしててね。すぐ氷竜の王を助けてくるから」

「がう」

「うん、子虎も探すね」

『タロ様がいらっしゃるなら大丈夫だとは思いますがくれぐれもお気をつけください』

「うん!」「わふ!」


 そんな話をしている横で、ジルベルトがレックスに尋ねる。


「レックスは氷竜王の家臣ってことは竜なんだろ?」

「そうだ」

「なら、氷竜王のところまで、俺たちを乗せて空を飛んでいけないのか?」

「いけるが……竜の姿で近づけば、呪われた竜たちが襲ってくるぞ?」

「どういうことだ?」


「氷竜王の山の現状を説明する必要があるな。ミナトとタロも聞いてくれ」

「なに~?」「わふ~?」


 レックスが言うには、氷竜王だけでなく家臣たる竜たちも呪われているらしい。

 まだ呪いはさほど進行していないので、普段は山の上で大人しくしている。


 だが、空を飛んで近づくものが巨大な存在があれば、襲い掛かってくるのだという。

 それが、レックスは数度試して得た結論だという。


「恐らくだが呪いによって理性が無くなり、最も強い本能だけで動いているんだろう」


 最も強い竜の本能は巣を守ることだ。

 ピッピのような小さい存在なら、竜は脅威に思わず反応しない。

 だが、巨大な竜が飛んでくれば一斉に襲い掛かるらしい。


「徒歩で向かっても襲い掛かってこないか?」

「恐らく大丈夫だ。理性が無くなった竜たちは相手の力を正確に測れないからな」


 理性のある状態ならばとても強いタロが近づけば、竜たちは驚いて身構えるに違いない。


「本能的に竜が恐れるのは同族だけだ」


 竜に比肩する存在は、この世にほとんどいないのだ。


「そっかー。だからピッピが飛び回っても竜がこなかったんだね」

「ぴぃ~」


 ピッピは強力な聖獣である不死鳥だ。格は竜にも匹敵する。


「あ、レックス。この子を見て」


 そういってミナトは服の中に入れていた幼竜を見せる。


「これは……聖獣竜じゃないか?」

「うん。呪われていたところを助けたんだけど……」


 ミナトは幼竜を保護した経緯と、薬を飲ませていることを説明した。


「ほかに何かしたほうがいいことある?」

「わからん。……王ならば詳しいかもしれんが、聖獣の竜自体珍しくてな」

「そっかー」

「役に立てなくてすまん」

「気にしないで! はやく氷竜の王さんに会わないとね!」


 ミナトは幼竜が寒くないように、服の中にしまった。


「じゃあ、歩いて行こっか!」

「わふ~」


 ミナトたちは防寒具を身につけて、登山を開始する。

 タロの背には、体力の少ないアニエスとマルセル、そしてコリンが乗った。


「ピッピ、フルフル、子虎をさがしてね」

「ぴい~」「ぴぎ」

「うん、僕もさがしながら歩くよ」


 ミナトたちは、休憩しながらゆっくりと歩いていく。


「寒いところでは、息があがらない程度の速さで歩くの大事なの」

「そうなのです?」

「ええ。速いと汗をかくでしょう? 汗をかくと一気に体が冷えるわ」

「山で体が冷えたら命に関わるからな」


 ジルベルトとサーニャがコリンに寒い山に登るコツを説明している。


「汗かいたらいってね。乾かすから!」

「ミナトがいれば安心ですな! それでもMPを節約するにこしたことはありませんからな」

「うん、わかってる!」


 だからミナトもゆっくり歩く。


「ヘクトル、大丈夫?」

「お気遣いありがとうございます。ミナト。おかげさまで快調です」


 そう言った後、ヘクトルは空を仰いで短く感謝の祈りを捧げた。

 至高神の奇跡によって、ヘクトルは体が若返った。

 お陰で山道に耐えられるようになったのだ。


「木がひくくなってきたね!」


 昼過ぎには高い木が無くなり、低い木ばかりになった。


「うーん子虎みつからないねえ」

「ぴい~」「ぴぎっ」


 空からピッピが、地上ではフルフルが探しているが、見つからなかった。


 その日の夕方になり、ジルベルトたちが野営の為にテントを建てていると、

「む? 何かいる! ピッピ、フルフルここで待ってて!」

 突如ミナトが走り始めた。


「ぴい~」「ぴぎっ」

「待つです!」

「わふわふ!」

 ミナトを追ってコリンとタロが駆け出した。


「遠くに行くなよ!」

「わかってる!」


 ミナトはジルベルトに返事をしてしばらく走った。

 ちなみにミナトがピッピとフルフルに留守番させたのは、キャンプ場に戦力を残すためだ。


「タロ、コリン、匂いしない?」

「わふ~? わふっ!」

「……しないです、……あ、したかもです?」


 キャンプ場から二分ほど走って、ミナトは足を止める。


「この辺りから聖獣の気配がする」

「ふんふんふんふん」「ふんふんふん」


 タロとコリンは匂いを嗅いで周囲を探る。


「わふ!」

「あ、そっち? いた!」

「…………」


 大きな岩の陰に隠れるようにして、子虎が倒れていた。

 冷たい岩の上から、ミナトは子虎を抱き上げる。


 子虎は毛は白と黒の縞模様だ。いわゆるホワイトタイガーだ。

 その大きさは小型犬の成犬ぐらいで、痩せていた。


 体には小さな傷が沢山付いている。


「わふ~?」

「うん。息はしている。疲れて気絶したのかも」


 傷だらけになりながら一匹でここまでやってきて、水も食べ物もなく、寒くて倒れたのだ。


「まにあってよかった」


 あと一日遅れていたら死んでいたかもしれない。

 ミナトは治癒魔法を子虎にかけて傷を癒やす。


「これものめるかな?」


 ミナトは水薬のレトル薬をほんの少し口元に運ぶ。

 口を湿らせる程度だ。

 意識がないのに、無理に飲ませたら気管に入ったりして危険だとミナトは判断した。


「少しずつのませるしかないね」

「わふ」


 心配したタロは子虎のことをべろりと優しく舐めた。


「……こんなに小さいのに。こんな山まで……お姉さんのために……勇気があるです」

「そだね」

「見習わないとです」

「え?」「わふ?」


 ミナトとタロが同時に首をかしげた。


「なんです?」

「コリンと同じだよ?」

「わふわふ」


 タロも「そうだそうだ」と言っていた。


「コリンもみんなのために、死にかけながら遠くまで薬草を集めて歩いたでしょ?」「わふ」

「…………」

「コリンもこの子も同じだよ。二人とも凄いし、勇気があるよ」「わふ!」

 タロは「すごい」と言いながら、コリンのことをベロベロ舐めた。

「僕は……熊が怖くて……臆病な卑怯者なので……この子とは違うです」

「わふわ~ふ!」


 臆病な卑怯者は死にかけながら薬草を集めたりしないとタロは言う。


「僕もそうおもう。しかも自分のためじゃないし」


 コリンは病気ではなかったのだ。

 本当に臆病な卑怯者なら、一人で逃げただろう。


「だから、コリンは勇気があるよ。すごい」「わふわふ」

「…………」


 コリンは何も言わず、目に涙を浮かべた。


「わふ?」

「そだね。寒いから温めた方いいね。服の中に……」


 ミナトは子虎を服の中に入れようとしたが、そこには既に幼竜が入っている。


「やっぱり、せまいかな……」

「あの、僕が抱っこするです」

「じゃあ、お願い」


 コリンは子虎を受け取ると、コートの前を開いてそっと入れる。


「冷たいです」


 一匹で岩の上に倒れていた子虎の毛皮は冷え切っていた。

 その子虎を、コリンは服の上からそっと撫でた。


「これはレトル薬だよ。たまにあげてね」

「わかったです」


 そして、ミナトたちはキャンプ場まで戻ったのだった。

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