第84話 氷の大精霊と氷竜の王

「おお! 氷竜の王のお友達なんだ! すごい……え? ということはレックスは王様の家臣?」

「そうなる。隠していたわけでは、いや、隠していたんだが……」


 レックスの様子を見て、大精霊はため息をついた。


『事情はわかりました。使徒様、ご説明しても?』

「うん! 教えて」

『数週間前、この周辺に呪神の使徒がやってきました』


 使徒と聞いて、アニエスたちに緊張が走る。


『聖獣である熊や虎は呪われ暴れる獣と化しました』


 その情報を得てミナトたちはやってきたのだ。


『しかし、呪神の使徒の真の狙いは私と氷竜の王です』

「良く無事だったね? 少し呪われてたけど……」


 使徒がやってきて、それだけで済んだのは幸いだったといえるだろう。

 氷の大精霊が意思なき魔物となり、瘴気をまき散らす存在になっていてもおかしくない。

 ミナトが救った湖の大精霊メルデのようにだ。


「大変だったね」

『はい。私が無事だったのは、氷竜の王が私をかばい隠してくれたからです』


 そうでなければ、氷の大精霊もメルデと同じようになっていたに違いなかった。


『私をかばったせいで、氷竜の王は……完全に呪われ、あの山で苦しんでいます』

「……幽霊のふりをしてたのはなんで?」

『聖獣たちに弱き人を殺させないためです。それが氷竜の王の願いであったゆえ』


 ノースエンドの冒険者たちはとてもではないが、熊と虎には勝てないと判断されたらしい。

 だから大精霊は冒険者を守る為に幽霊のふりをして追い返していたのだ。


「レックスも? 冒険者を守る為にひとのふりをしてたの?」

「俺は違う。強い人族を連れていくために動いていた」


 レックスは少し躊躇った後、語り始めた。

 呪神の使徒の接近に気づいた氷竜の王はレックスを側に呼び、命じたのだという。


「聖獣と大精霊を助けられる人を探せと」

「え? 氷竜の王のことを助けられる人は探さなくていいの?」

「呪われし王を助けられる者などいない。だから王は命じなかった」


 竜というのは世界で最も強い種族だ。その王ならば、世界最強の一頭である。

 その王が呪われてしまえば、もう為す術はない。

 レックスは大精霊と聖獣を救った後、人族には逃げろと説得する予定だったと言う。


「それが王のご意志だ」


 氷竜の王は、できる限り抵抗し続けてなんとか体の支配権を取り戻し自死するつもりだという。

 それまでに人の国がいくつか滅びるかもしれないが、そうするしかなかった。


「だが、使徒様がいらっしゃるならば、話は別だ」

 レックスは突然、ミナトに向かって土下座した。


「使徒様と知らず、無礼の数々。どうかお許しを」

「いいよ~」

「使徒様! どうか、我が主、氷竜の王を助けてください!」

「いいよ~」


 あっさりとミナトは了承した。

 慌てたのは氷の大精霊である。


『お待ちを、サラキア様の使徒様!』

「ミナトでいいよ~。ミナトがいいな。お願い」

『あ、はい。ミナト様! お待ちください』

「なに?」


『氷竜の王の住処は、人の身でたどり着ける場所ではありませぬ』

「でも、呪神の使徒はたどり着いたんでしょ?」

『それだけではありません。氷竜の王の周りには強大な竜がいます。いくら使徒様でも――』

「だいじょうぶだと思う」


 ミナトの言葉に氷の大精霊は首を振る。


『確かに私と契約すれば、氷結には強くなります。ですが竜たちは強いのです』

「それもだいじょうぶだと思うけど……」

『ミナト様は竜の強さを知らないからそんなことが言えるのです!』

「そんなにつよいの?」

『ええ! 一軍を簡単に滅ぼせるほどの竜が何頭もいるのです。しかも皆呪われています』


 大精霊の言葉を聞いて、

「やべーな」

「リチャード王が聞いたら真っ青になるでしょうね」

 ジルベルトとマルセルは、あまり緊張感なくそう言った。


『あなたたちも、竜の恐ろしさを理解していません! 竜というのは――』

「ばぅふ?」


 氷の大精霊の後ろから、タロがやってきた。

 頭の上にフルフルを乗せて、尻尾を元気に振っている。


「氷の大精霊さん、タロと竜、どっちがつよそ?」

『え? あ、はい。あ、うーん? えーっと、こちらの御方ですかね?』


 混乱して氷の大精霊は固まって、タロとミナトを交互に見る。


「GAAAAAAAA!」


 タロは自分より大きな熊を咥えて、引きずっていた。

 巨大な熊はその鋭い爪でタロを傷付けようと暴れているが、タロは意に介していない。


「ばふばふ」


 タロは「みつけた!」と鳴きながら、どや顔で、尻尾を振っている。


「熊さんを連れてきてくれたの? タロ、ありがと。とりゃあ~」


 ミナトは熊を解呪する。


「がお」


 解呪されたとたん、聖獣熊がミナトに体を押しつけて甘えはじめた。


「もう、だいじょうぶだよ」

『え? あ、神獣様? です?』

「そだよ! タロは至高神様の神獣なんだ。竜とタロ、どっちがつよそ?」


 氷の大精霊が返事をする前に、

「GAAAAAA」「GUOOOOOO」

「GYAAAAAA」

 周囲から恐ろしい咆哮と、

「ピイイイイイイ!」

 ピッピの鋭い鳴き声が聞こえてきた。


「わふ~」

「あっ、ピッピとフルフルが連れてきてくれてるの?」

 ピッピは周囲の呪われた聖獣たちを、上空から炎魔法を駆使して追い立てている。


「ぴぎっぴぎっ!」

 フルフルは自らをおとりにして、呪われた聖獣たちを引きつけているようだ。


「一気に相手にするのはしんどいぞ」

「ミナト。こういうときは各個撃破が基本ですぞ?」

 ジルベルトとヘクトルがそう言いながら身構える。


「大丈夫、解呪すれば良いからね」

「GAAAAA」

「ほりゃあ~」

「GUOO」

「ちゃ~」

「GYAAA」

「ちゃぁ~」


 木々の間から、呪われし聖獣が顔を出した瞬間にミナトの解呪が炸裂する。

 あっというまに、モフモフたちの山ができあがる。


 熊六頭に、虎七頭。全部で十三頭だ。

 みな体が大きいので、モフモフ密度が非常に高い。


「がう」「ぐお~」「ごろごろ」

 熊と虎の聖獣たちは、ミナトにお礼を言って、甘え始めた。


「何度見てもミナトの解呪には驚かされますね」

「やっぱり、腕を上げたか?」


 アニエスとジルベルトがそういうと、ミナトは熊と虎を撫でながら首をかしげる。


「うーん。ちょっと、ズバッてかんじがなかった」

「ズバ?」

「そう」


 ミナトは自分の右手を見つめる。

 なにかに解呪が妨害された気がしたのだ。精霊を助けたときもそうだった。

 周囲から感じる嫌な気配のせいかもしれない。


 ミナトが考えていると聖獣たちはアニエスたちにも甘え始めていた。

「……可愛いですね。なんて人なつっこい虎でしょう」

「もふもふね!」

 アニエスとサーニャは撫でまくっている。


「はわわわ。熊怖いです」

 そんなことを言いながらも、コリンも熊を撫でていた。


「ピッピ、フルフル、ありがと」

「ぴぃ~」「ぴぎぴぎっ」


 ミナトはピッピとフルフルを撫でた後、サラキアの鞄から神級レトル薬を取り出した。


「みんな、大丈夫? これ食べて?」

「がう!」「ぐお!」「ごろごろろ」


 神級レトル薬の効果は非常に高く、たちまち聖獣たちは皆元気になった。

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