第77話 ノースエンドに入ろう

 北の街に到着する予定の前日。

 コリンは、キャンプから少し離れた場所に村長に呼び出されていた。


「村長? なんのようです?」

「なにがあったのだ?」

「なにがって、なんです?」

「熊三号とミナトが契約したとき、なにがあったのだ?」


 村長はあれからコリンの表情が暗いことに気づいていたのだ。


「どうしてわかったです?」

「当たり前だ。何があった? 言ってみるがいい」


 コリンは躊躇ったあと、熊三号と出会ったときのことを語った。

 だが、預言者が現われたことについては語れなかった。


 預言者のことをミナトに言わずに隠したからだ。

 コリンは、自分が臆病なだけでなく、卑怯者だと村長に思われるのが怖かった。


「僕は臆病者なのです……熊を目の前にして動けなくなったです」


 熊を止めなければ、コボルトたちが襲われるとわかっていたのに動けなかった。


「それに、みんなの病気を防ぐために熊と戦わないといけなかったのに……」


 それは預言者の言葉だ。

 今となっては真偽はわからないが、当時のコリンとコボルトたちは真実だと信じていた。


「……よいか、コリン。勝てないのに挑むのは勇気ではない」

「でも! 戦わなければ守れないです。僕は勇者なのです」

「それがわかっているならばいい。命を懸けるべきは何かを守るべきときだけだ」

「でも……」


 コリンは守るべきときに勇気を出せなかったからこそ、自分は勇者ではないと考えた。

 だが、村長は笑顔でコリンを抱きしめる。


「コリン。そなたは充分に勇気がある。薬草を集めてくれたではないか。堂々としておれ」


 村長はそういうが、コリンは首を振る。


「……村長、僕はミナトとタロ様の従者として失格なのです」

「それこそ、コリンが決めることではないぞ? 至高神様とミナトとタロ様が決めることだ」

「村長……でも」

「コリン。本当にそなたは人のことを思える勇気のある子だよ」


 村長の言葉は、どこまでも優しかった。



 コボルトの村を出立して三日目のお昼。

 遠くに北の街が見えてきた。


「予定より早く着いたな。村長、みんな、疲れてないか?」

「ジルベルト殿。お気遣い感謝です。体調はすこぶる快調です」

「レトル薬のおかげですな」


 村人たちは自作のレトル薬を飲んでいる。

 そのおかげで、体力の回復が早かったのだ。


「おおー。大きな街だ! 王都とどっちがおおきいかな!」

「わふわふ~?」


 ミナトとタロは街を囲む壁を見てはしゃいでいる。


「ぴぃ~~」

「ピッピは王都の方が大きいと思うの?」

「ぴっ!」

「おもうじゃなくて、調べたの? すごい」


 ピッピは上空から街の全容を眺めて、どちらが大きいか判断したらしい。


「ぴぎ~?」

「下水道はどうかな? あるかな?」

「下水道もあるわよ。でも王都に比べたら、しょぼいかも」

「そっかー」「ぴぃぎ~」

 サーニャに下水道がしょぼいと聞かされて、フルフルは少し残念そうだ。


 しばらく歩いて、ミナトたちは全員で北の街の入り口まで移動する。


「と、とまれ! なんだそのでかい魔物は!」

「タロだよ! タロは犬だよ」「わふ~?」

「犬のわけあるか!」


 五人いた門番たちは槍を構えてタロに向けるが、アニエスが笑顔で前に出て聖印を掲げた。


「お騒がせしてごめんなさい。みんな私の連れなの。街に入れてくれるかしら?」

「その聖印は……聖女様?」


 アニエスの持つ至高神の聖印は一般聖職者の持つ物とは違う。

 一般人なら違いに気づけなくても、ちゃんとした街の門番ならば判別できるのだ。


「はっ、そのお犬さまが首に着けておられるのも……」

「わふ?」


 門番の一人が、タロの首輪にも至高神の聖印がついていることに気がついた。

 それも一般聖職者の者とは違う神獣の持つ聖印だ。


 だが、神獣自体が珍しいので、門番は一般信徒とは違う聖印だということしかわからない。

 門番は、タロのことを聖女に仕える聖獣だと考えた。.


「失礼いたしました! 聖女様とその御一行様! ノースエンドの街にようこそ!」


 門番たちは一斉に頭を下げた。それから門番たちの上司が出てきた。


「申し訳ありません。部下の教育が行き届かず……」

「いえいえ、職務熱心な門番さんのおかげで、民も安心して暮らせるのです」


 アニエスは、これぞ聖女の微笑み、みたいな見事な神々しい笑顔で答える。


「ありがとうございます……。あのまことに心苦しいのですが……名前と住所を……」

「もちろんです」


 街に入る者の名前と住所を記録しなければならないうのが、この街の法律らしい。

 それから、全員が順番に名前を紙に記入していく。


「みなさん、住所には神殿と書いてくださいね」

「わかった! タロとピッピ、フルフルの分も書いておくね?」

「わふ~」「ぴぃ」「ぴぎ」


 自分の名前を書くミナトを見て、門番の一人が言う。


「小さいのに名前をかけてえらいな」

「えへへ~。あ、おじさん、この街ってノースエンドっていうの?」

「そうだぞ。北の端って意味だ」

「へー? ここから北には人が住んでないの?」


 ミナトの問いに、隣で名前を書いていたマルセルが笑顔で答える。


「そういう意味ではありませんよ。ファラルド王国の北の端という意味です」

「そうなんだ! この街を過ぎたら隣の国?」

「そうですね。山が見えるでしょう?」


 マルセルが指さしたのは、聖獣が暴れているという噂の山だ。


「あの山のふもとがファラルド王国の国境です」

「かけた! てっぺんじゃなくて?」


 話している間に、ミナトとマルセルは名前と住所を書き終わりコリンに場所を譲る。


「コリン……です……えっと、住所は……神殿……です」

「お、君も小さいのに字をかけてえらいな!」


 コリンも門番に褒められている。

 コボルトたちは全員、字を読めるし書けるが、街の人間はそうでもないらしい。


 ミナトとマルセルは少し離れた場所に移動する。

 タロ、ピッピ、フルフルも一緒だ。


「ミナト、いいところに気が付きましたね。尾根に国境を引くのが普通だと思うでしょう?」

「思う」「わふ」


 ミナトは真剣な表情でうなずいて、タロも「そう思う」と同意する。


「普通と違うのは、あの山の後ろに竜が住んでいることです」

「ほほう?」「わわふ?」


 ミナトはそっと服の上から古代竜の雛を撫でる。


「後ろの高い山はもちろん、あの山も竜の領地ということです」

「ほえー」


 つまり山周辺はファラルド王国でも、隣国でもないということだ。


「簡単に言うと、竜の管理などできないってことなんだ」


 名前を記入し終わったジルベルトがやってきて、補足してくれる。


「どういうこと?」「わふ?」

「えっとだな。あの山の領有を主張するなら、竜もしっかり管理しろっていわれるわけだ」


 竜が万が一暴れようものなら、周辺諸国から抗議がくる。

 それだけならまだしも賠償を求められる可能性だってある。


「だから、竜の領地ということになっている。竜自身は国境になんか頓着してないだろうがな」

「そっかー」「わふわふ~」


 マルセルとジルベルトからノースエンドの説明を受けている間に、全員の手続きは終わった。

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