第74話 呪われし熊

 その後も、ミナトたちは北の街に向けて歩いていく。


 道中、ミナトは歩きながらレトル薬を作り、コリンは歩きながらジルベルトに剣を教わった。


 そして、コボルトたちは歩きながら、あんパンとクリームパンの作り方を勉強していた。

 マルセルやヘクトルに作り方を聞き、ミナトにおいしいパンとはどのようなものか尋ねるのだ。


「おやつにクリームパンを食べよう!」

「わふわふ~」


 ミナトとタロも気前よくあんパンとクリームパンを皆に配った。

 そして休憩時間や夕食後には、ミナトと一緒にコボルトたちもレトル薬を作った。


「材料がたくさんあっていいねぇ」


 とっくにコリンが二日かけて集めたレトル草はなくなっていた。


 だが、そこら中に生えているし、

「わぁふ!」

 見つからなければ、嗅覚の鋭いタロが見つけてきてくれるのだ。


 コボルトたちも、すぐに自分でレトル草を見つけられるようになった。

 コボルトたちはタロ程ではないが、普通の人よりも嗅覚が鋭いのだ。



 一日目。ミナトはレトル薬の作り方がすごくうまくなった。


 品質は相変わらず【神話級】だったが、作成速度が倍ぐらいになったのだ。

 もっとも【神話級】より上はないので、品質は上がりようはなかった。


 二日目。昼ご飯を食べた後、大人は昼食の後片付けで忙しかった。

 三十五人分以上の料理を準備し、後片付けするのは結構大変なのだ。

 そして、病み上がりのコボルトたちは体力を回復させるために休憩している。


 最初、ミナトとコリンも手伝おうとしたが、

「昨日、ミナトとコリンがほとんど後片付けしただろ。大人にも働かせろ」

 とジルベルトに言われてしまったのだ。


 昨日、コリンが素早く皿を集めて、ミナトが水魔法を駆使して一気に綺麗にした。

 そのことをジルベルトは言っているのだろう。


「うーん。あ、そうだ! レトル草を探そ! さっきあっちでみたし!」

「それがいいです!」


 ミナトとコリンは元気がありあまっているのだ。


「わふ~」

「タロはお留守番! いねんてんになるでしょ!」

「ぁぅ!」


 タロは小さく吠えて抗議する。

 犬は食後に走ったりすると胃捻転になりやすい。そして大型犬は小型犬よりなりやすい。

 そして胃捻転になると、命に関わるのだ。


「だめ! 食後はやすまないとだめ! ほら、コボルトのみんなをみならって!」

「ゎぅ~」

「だめ!」

「ぴぃ~」


 鼻を鳴らして一緒に行きたいと甘えるタロをミナトは優しく撫でる。


「タロはここでみんなを守ってて」

「タロ様、一緒にお休みしましょうぞ」「ええ、ええ、それがよろしい」


 タロのことが大好きなコボルトたちがモフモフする。


「わふ?」

「僕はだいじょうぶ。なにかあったら、よぶからね?」

「わぅ~? わふ?」

「うん、あんまりとおくにいかないからね」


 タロを説得してミナトとコリンはレトル草を採りに行く。

 フルフルはミナトについてきたが、ピッピはタロがさみしがらないようにその場に残った。


「ミナト、コリン、あまり離れるなよ!」「わふ~」

「わかってる~」


 ジルベルトとタロに見送られながら、ミナトたちは藪の中に入っていく。


「あ、あっちに沢山あるです!」

「あっちにもあるよ、てわけしよう」

「はいです!」


 ミナトとコリンは手分けして、レトル草を集めていく。


「いっぱい生えてるね!」

「ぴぎ~?」


 手伝おうと思ったフルフルが、草を二本採って持ってくる。


「フルフルのはレトル草じゃないよ? それは毒だよ」

「……ぴぎぎ?」

「でも、ありがと。レトル草似てるもんねー」

「ぴぎ~ぴぎっ!」

「味は同じなの? ふむう?」


 フルフルは見た目ではなく、味で区別しているらしかった。


「でも、これは毒だったはず……」

 ミナトはサラキアの書を開いた。


 ----------


【ゲトル草】


 毒草。

 狩人がすりこぎでペーストにしたものを矢じりにつけて使う。

 獲物をしびれさせる効果がある。


 ----------


「やっぱり毒だったよ。あ、フルフルは【毒無効】があるもんね」

「ぴぎ~」


 フルフルは【毒無効】のスキルを持っているので、ゲトル草を食べても平気なのだ。

 ちなみにミナトもフルフルから【毒無効】スキルをもらっているので平気である。


「一応、もっていこうか。サーニャが喜ぶかもだし」

「ぴぎっぴぎっ」


 ミナトとフルフルがそんなことをしている間にも、コリンは集中してレトル薬を集める。


「よいしょよいしょ……。あ、あっちにもあるです……」


 レトル薬採集に夢中になりすぎたコリンは、離れすぎていることに気づかなかった。


 ふと、嫌な気配を感じたコリンが顔を上げると、

「ひぅっ!」

『…………』


 そこには、村にやってきてコリンに勇者だと告げた預言者が無言で立っていた。

 相変わらずフードを深くかぶり、ペストマスクをつけている。


「……お、お前は」


 何者なのか。どうして勇者だと知っているのか。なぜ薬草について嘘をついたのか。

 問い詰めたいことがいっぱいありすぎて、とっさに言葉が続けられなかった。


『臆病で卑怯な、偽りの勇者よ』


 小さな、ささやくような声で預言者は言う。


「ぼ、僕は偽りの勇者じゃないです。サラキアの書にだって――」

『神がふさわしくないと考えたから、覚醒していないのだ。偽の勇者』


 預言者は離れているのに、耳元で囁かれているように感じられる。

 声量は極めて小さいのに、はっきりと聞き取れた。

 頭の中にすっと入ってくる声だった。


「そ、そんなこと……僕がまだ幼い……」

『より幼い者に助けられたことを忘れたのか?』


 ミナトのことだ。ミナトはコリンよりずっと幼いのに、力をふるっている。


『……お前には誰も救えない。神はお前を見放した』

「そ……」


 そんなことないですと、コリンは言えなかった。

 そうかもしれないと思ってしまった。


 だって、自分は勇者なのに、臆病だから。


『……お前にその剣はふさわしくない。渡すがよい』


 預言者はコリンに向けて手を伸ばす。


「……この剣をどうするです?」

『よりふさわしいものに渡す。コボルトを救える真の勇者にな』

「そんな……」

『お前が同行すれば、使徒にも迷惑だ。お前よりふさわしい者がいる』


 その方がいいのかもしれない。

 臆病な自分は勇者の器ではなかったのだ。


 そう思ったが、コリンは剣を渡すことができなかった。


『……ほう。お前はあくまでも自分は勇者であり、使徒の従者にふさわしいと主張するか』


 コリンは動けなかっただけだが、預言者はそう理解したようだ。

 ペストマスクの向こうで預言者はため息をつく。


『ならば、一人で討伐し証明してみよ』


 そう言うと同時に、預言者の姿は消えて、巨大な熊が現れた。

 まるで預言者によって、熊が隠されていたかのようだった。


「ひぅっ」


 コリンは慌てて剣を抜くと、熊と対峙する。

 その熊は身長三メートル近くあり、体の大半が歪な金属で覆われていた。

 それはまるで、金属のフジツボに全身が覆われているかのようにみえた。


「と、とおさないです」


 ここを通したら、熊はみんなに襲い掛かるだろう。

 コリンのひざが笑う。脂汗が背中を流れる。剣を持つ手が震える。


「GUAAAAAAA!」

「はぅわ」


 熊が咆哮を浴びたコリンは心臓を鷲づかみにされたと思った。

 皆を守りたいという思い。勇者としての矜持。それがすべて吹っ飛んで、コリンの腰が抜けた。

 剣を落とし、しりもちをついた。自分の小便で太ももが生ぬるい。


「はぅわっぁゎ」


 意味のない言葉を繰り返して、這ってでも逃げようとした。


「GUGUOOOOO」


 熊は完全にコリンを獲物と認識し、食らうために近づいてくる。


「ひぅぃ……」

「GUAAA……」


 コリンが動けないことがわかっている熊は、ゆっくりと大きな口を開け、かぶりつこうとし、

「ほゃああ~」

 突如、吹き飛んだ。


 コリンにかぶりつく寸前の熊を、横からミナトが蹴り飛ばしたのだ。


「大丈夫?」

「……ミ、ミナト?」

「ごめん。おそくなった! ちょっと待っててね」

「GUAAA!」


 怒り狂った熊に向かってミナトは走っていく。

 熊は太い腕を振るい鋭い爪で切り裂こうとするが、ミナトは軽く跳ねてかわす。


「ちゃ!」


 宙に浮いたミナトの右手が輝くと、

「GUAAAA……ああぁぁぁぁ」

 熊を覆っていた歪な金属のようなものが、蒸発していった。


 巨大な熊は力なくゆっくりと倒れこむ。


「がぅ…………」


 そんな熊をミナトは優しく撫でた。


「もう、だいじょうぶだよ。つらかったね」

「がう」


 そこにタロとピッピがやってきた。


「わふわふわふ!」「ぴぃ!」

「タロ、大丈夫、終わったからね」

「がう~!」「ぴぴぴ!」

「ごめん。でもすぐ終わったし……」


 なぜすぐに呼ばないのかと怒るタロとピッピにミナトは謝ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る