第73話 コボルトの勇者の剣

 剣を舐めるのを止めていなかったミナトも、タロが剣を咥えるに至って少し慌てた。


「ぺってしなさい、ぺって!」


 柄をもっているミナトがそういっても、タロは、

「もみゅもみゅもにゅ」

 剣を口の中に入れたままだ。


「はわわ、タロ様が食べたです」

「ぺってして、ぺっ! 食べちゃダメ!」

「もにゅもにゅ? ぺっ」


 ミナトにしつこく言われて、やっとタロは剣を口から出した。

 刀身がタロのよだれまみれだ。よだれが垂れているほどである。


「よだれがすご……む?」


 柄をもって刀身を見つめたミナトが目を見開いた。


「あ、これ神器だ」

「え? 神器です?」

「だって、ほら。神聖力をかんじるし……ね? アニエスもそう思うよね?」

「確かに……」「感じますぞ」


 それまで、ただの金属だと思われていた刀身は神聖力をまとっている。

 その神聖力の強さは、アニエスとヘクトルにも感じられるほどだ。


「刃こぼれまで治ってるし……。どういうことなんだ?」


 刀身を観察したジルベルトが困惑しながら、ミナトを見つめる。


「まるで新品だね! タロ、すごいねぇ。気づいたの?」

「わぁぅわぁぅ」

「そっか。ねてたのかー」

「どういうことなのですか?」


 ミナトとタロの会話の意味が解らなくて、アニエスが尋ねる。

 それはその場にいる皆の疑問だった。


「えっとね……」


 ミナトは少し考えてから説明を始めた。


「この剣は眠って、普通の剣のふりをしてたの。それをタロが力をあげて起こしたの」

「わふわふ~」

「そっか。タロには寝ていることが分かったんだね。匂いで? すごいなぁ」

「わーうわふわう」


 ミナトはタロを褒めながら撫でまくった。


「力というのは魔力ですか? 神聖力ですか?」

「両方だよ。マルセルも今は魔力を感じるでしょ?」

「確かに……少し感じます。ですが、普通の魔道具や神具は起動していなくても気づけます」

「えっとね。魔力とか神聖力を全部だしちゃってたからね」

「つまり、魔力も神聖力も、両方枯渇していたと。見せていただいても?」

「もちろんいいです!」


 コリンに許可をもらって、ミナトはマルセルに剣を渡す。


「隠ぺいの魔法。いや。奇跡の類か? 厳重に隠していますね」

「それも隠してあることすら隠す奇跡ですな」


 マルセルの言葉にヘクトルが補足する。


「さすがは神器といったところか……よかったな、コリン」


 ジルベルトに頭を撫でられながら、コリンは首を傾げた。


「どういうことです?」

「つまりですね……えっと」


 アニエスが少し考えて、簡潔にわかりやすくまとめた。


「勇者が出現するまで、眠る剣だったんですよ」

「そうだったですね……。でもタロ様がいなければ、剣はぼろぼろのままだったです?」

「コリンは勇者だから、使っていたらそのうち目覚めたと思いますよ」


 マルセルに剣を渡されたコリンは、輝く刀身をじっと見つめる。

 コリンはまだ勇者ではなく、「勇者となりうる雛」に過ぎない。


 勇者として覚醒するころには、今より神聖力や魔力がずっと強力になっている。

 勇者となったコリンの魔力と神聖力で、剣は目覚めたに違いなかった。


「そ……なんですね。目覚めるのはずっと先だったですか」


 コリンは複雑な表情を浮かべている。

 そんなコリンにジルベルトが言う。


「コリン。自分には不相応なものをもらったと思ってるだろ」

「そんなこと……あるです」


 神器たる剣を持つ資格が自分にあるのかとコリンは考えていたようだ。


「だがな、剣士として言わせてもらえば、剣はおまけだ。たとえ神器でもな」

「そうなのです?」

「ああ。いい剣を持っても急に強くならないし、人として成長するわけでもない」

「……」

「コリンは、これからもこれまで通りがんばるしかないってことだ」

「はいです」


 少しだけコリンの表情が明るくなった。


「コリン。タロ様が剣を目覚めさせたのだ。つまり、そういうことだ」


 村長がコリンの目をじっと見ながら言う。


 省略されていたが、コリンは村長の言葉の意味を正確に理解した。

 タロは至高神の神獣、つまりコボルト神なのだ。


 つまりそのタロが剣を目覚めさせたということは、神の意志である。

 コボルトたちは全員そう考えた。


「がんばるです」

「それでよい」


 村長はコリンに笑顔で言った。

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