第72話 コボルトの剣

 その日の夜、ミナトは外でタロにくっついて眠る。もちろんピッピとフルフルも一緒だ。


「日が沈むと少し冷えるな。ミナト大丈夫か?」


 ジルベルトは小声でミナトとタロにささやく。


「……昨日より寒くなってますね。ミナト、寒くないですか?」


 アニエスもミナトを心配している。


「わぁぅ?」

「大丈夫だよ。サラキア様からもらったコートだからね。あったかいんだ」


 ミナトが着ている服やコート、靴は神器なのだ。

 真夏は日光を遮り、風を遮らないので着ている方が涼しいぐらいだ。

 そのうえ汗をうまく吸い上げて乾かすので、べたつかない。


 だというのに、冬は寒い風を防ぎ、温かい。

 ミナトが子供らしく激しく動けば、速やかに熱を放散し、汗がこもらない。

 真冬の山でも、追加装備が要らないぐらいだ。


「タロもあったかいしね」

「わふ~」

「それでも心配ですね。私と一緒に寝ましょう」


 そういうと、アニエスはミナトを抱っこして一枚の毛布にくるまる。


「わふ~?」

「わかってますよ、タロ様」

 アニエスはミナトを抱っこしたまま、タロのお腹あたりで横になる。


「ぴぃ~」「ぴぎぃ」

 ピッピとフルフルはその間に挟まった。


「わふ」

 タロはミナトが隣にいるのを確認して、尻尾をアニエスとミナトに優しく乗せる。


「タロ、ありがとう」

「わふ~」

「……ありがと。ふわぁ」


 アニエスに抱っこされて、タロの尻尾に包まれて、ミナトは温かくてほっとした。

 そして、安心したミナトはいつもより早く眠ってしまったのだった。



 次の日もミナトたちは北の街に向かって歩いていく。

 朝食前にレトル薬を飲んだおかげで、老人たちの足取りも軽い。


「どこまでも歩いて行けそうですぞ!」


 村長たちの表情も明るい。

 そして、コリンはジルべルトに剣の使い方を教わりながら歩いていく。


「こうです?」

「そうだ。構えはそれでいい」


 ジルベルトは、旅の途中でも毎朝剣の素振りをする。

 もちろん、いつ実戦になるかわからないので、街にいるときに比べたら軽くだ。


 体がなまらせないためと、体の調子を確かめるための準備運動のようなもの。

 だが、それを見たコリンが剣を教えてくれと頼みこんだのだ。


「ふんふんふん。こうです」

「そうそう。筋がいいな」


 そんなコリンの剣をヘクトルがじっと見る。

 コリンの剣は、装飾がなく、刃こぼれのひどい、粗末な剣だ。

 さびてこそいないが、今にも折れそうなほど、傷んでいる。


「コリン、その剣には思い入れがあるのですかな?」

「思い入れというか……村にあった剣をもらったです」


 すると近くを歩いていた村長が言う。


「その剣は村の祠に昔からあった剣でした。代々村人が手入れしてきたものですぞ」

「刃こぼれは昔から?」

「はい。村に使い手が現れるまで大切に保管しろという言い伝えがありましてな」


 コボルトの勇者であるコリンが現れたので、剣が与えられたのだという。


「へー。伝説の剣みたいでかっこいい」「わふわふ」


 話を聞いていたミナトとタロがはしゃぐ。

 ミナトとタロは男の子なので、伝説の剣に憧れがあった。


「そですか? かっこいいです? えへえへへ」

「ほう。由緒正しき剣か。少し貸してくれないか?」

「はい、どうぞです」


 ジルベルトはコリンから剣を受け取ると軽く振る。


「どうですかな?」


 ヘクトルに尋ねられ、ジルベルトは真剣な表情で剣を見る。


「悪くない。だが、刃こぼれがひどいな。俺が本気で戦えば折れるぞ」


 コリンは非力だから折れないかもしれないが、敵の力次第では折れるだろう。


「でも、由緒正しき剣なら秘密がありそうですよね。少し持たせてもらっても?」

「もちろんです」


 コリンの許可を得て、ジルベルトはアニエスに剣を手渡す。


「ふーん。もしかして神器かと思ったのですが、神聖力は感じませんね」

「魔力も感じないですし、魔道具でもないですね」


 いつの間にかに寄ってきたマルセルも剣を見て言う。


「昔のコボルトの勇者が使っていた剣ってことかな?」


 サーニャも剣を見ながらそんなことを言う。


「僕にもみせて! いい?」「わぁふ! わふ?」

「もちろんです!」


 ミナトはアニエスから剣を受け取る。


「ふむ? ふむ?」「わふ? わふ?」

「どうだ? ミナトは何か感じるか?」

「うーん、神聖力とか魔力とかは感じない。でも、不思議な感じがする」

「わふわふ」

「やっぱり、タロもそう思う?」

「わふ~」


 タロはふんふんとコリンの剣の匂いを嗅いでいる。


「不思議な感じってなに? どんな感じ?」


 そう尋ねたサーニャの目は子供のように輝いていた。


「うーん、なんというか……。気配がしそうなのにしないっていうかー」

「どういうこと?」

「なんてせつめいすればいいかー」


 ミナトがゆっくり歩きながら、腕を組んで考えていると、


「わふわふわふわふ!」


 タロが剣をベロベロ舐めた。


「あ、あぶないです!」

「わふ?」


 慌てるコリンに、タロは平気な顔をして首をかしげながらベロベロ舐め続ける。

 タロは最強なので、刃こぼれした剣ぐらい舐めても平気だった。


「タロ、おいしい?」

「わふ~~わふ!」

「あ、においが不思議なかんじなの?」

「わふ~」


 ミナトも剣の匂いをクンクンと嗅いだ。


「あんまりにおいしないかも?」


 ミナトには、なんの匂いも感じられなかった。

 あえて言えば、コリンが日々磨く際に使っている布の匂いがした。


「……コリンが呪者と戦った時の臭いじゃなくて? お腹壊さない?」


 サーニャが心配するのももっともなことだった。

 初めて出会ったあったとき、コリンは呪者と戦って力尽きて倒れていたのだ。


「そのあとちゃんと洗ったですよ?」


 コリンは心外だといいたげに、尻尾をぶんぶんと振った。。


「わふわふわぁふわふわぅ」

「呪者の臭いじゃないって……タロ?」


 タロはまるで豚の骨であるかのように、ベロべロベロベロと剣を舐めている。

 あまりに一生懸命舐めているので、ミナトですら少し引いているぐらいだ。


「ぴ?」「ぴぎ?」


 上空を旋回しているピッピと、タロの頭の上に乗っているフルフルも不安そうにタロを見る。


「わむ」


 ついにタロは刀身を根元から咥えた。

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