第70話 北の街へ出立

 次の日、朝ご飯を食べると、早速出発することになった。


 コボルトたちは昨夜のうちに手荷物をまとめている。

 全体的に手荷物は少ない。自分で背負えるだけの量だけだ。


「もっとたくさん持って行っていいよ? サラキアの鞄にはたくさん入るからね」


 ミナトがそういっても、コボルトたちは、

「いえいえ、これで十分です。ありがとうございます」

 全力で遠慮する。


「でも、家具もあったほうが、いいよね?」

「か、家具?」

「建物は難しいけど家具なら持っていけるよ?」

「どういうことでしょう?」


 コボルトたちはミナトが何を言っているのか理解できなかった。


「家具を持っていく?」とはどういうことだろうか。


 何かの隠語かも? と困惑するコボルトたちに、ミナトは実際に見せることにした。


「みててね? サラキアの鞄はすごいんだよ。ついてきて」


 ミナトはサラキアの鞄を持って、村長の家に入る。


「こうやって~」


 ミナトがサラキアの鞄を箪笥に近づけると、鞄の口から魔法陣が広がる。

 そして、音もなくタンスはサラキアの鞄に収納された。


「ね? サラキア様の神器だからすごいんだよ」

「お、おお……。なんという……」

「まだまだ入るから遠慮しないで!」

「そういうことならば……」


 ミナトはコボルトたちに頼まれて、置いて行くはずだった物をサラキアの鞄に入れていく。

 大きめの道具や家具、貯蔵していたドングリなども入れていく。


「ほこらもしまっておこう!」


 ミナトは至高神とサラキア、そしてコボルト神が祀られたほこらも鞄に入れた。


「これでよし!」

「ありがとうございます。これで引っ越してもすぐにいつも通りの生活できます」

「よかったよかった」


 準備を終えて出立する直前になり、村長が威儀を正していった。


「皆さまに聞いていただきたいことがありまする」

「どうしたの?」「わふ?」


 首をかしげるミナトとタロに、村長は言う。


「どうか、コリンを、ミナト様とタロ様の従者にしてくださいませ」

「従者?」「わふ~?」

「……一緒に来てくれるってことよ」


 サーニャがミナトとタロに耳打ちする。


 そして、村長はコリンにも言う。


「コリン。聞いておったな。そなたはミナトとタロ様にお仕えするのだ」

「うん。わかっているです」

「もちろんだ。……たまには顔を出すがよい」

「うん」


 それを聞いたミナトとタロはコリンを見つめる。


「コリン、一緒に来てくれるの?」「わふわふ」

「はい。だめです?」

「もちろんダメじゃないけど、みんなは大丈夫? コリンがいなくなったらさみしくない?」

「わふわふ」


 大人のコボルトたちが笑顔で言う。


「コボルトにとって、仕える者を見つけられるのは幸せなことなのです」

「コリンがミナトとタロ様に仕えることができれば、我らみなの喜びですぞ」


 それを聞いていた他のコボルトたちも、うんうんとうなづいて同意している。


「神の使徒と神獣様に仕えられるなど……。うらやましいぐらいですな」

「ミナト、タロ様。どうかコリンを受け入れてやってくださいませ」

「もちろん、コリンが一緒に来てくれたらうれしいけど……」「わふわふ」

「ありがとうございます。どうかコリンをよろしくお願いいたします」


 コボルトたちは一斉に頭を下げる。


「ミナト。タロ様。そして聖女様方。よろしくお願いするです」


 そして、コリンも深々と頭を下げた。


「うん、よろしくね」「わふわふ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 コリンはミナトたちに同行することが決まった。


 ミナトたちが楽しそうに話している近くで、ジルベルトは村長にこっそり言う。


「村長。そんなに道中は危ないのか?」


 村長は出立前にあえて言った。

 それは、コボルトたちが北の街にたどり着けない可能性を考えているからだ。


「念のためですぞ」

「そっか。だが、心配はしなくていい。俺たちは強いし、ミナトとタロ様はもっと強い」

「それは心強い」


 口ではそういうものの、村長はまだ不安そうだった。


「もし、わしを含めて老いぼれが倒れたら、捨て置いてくだされ」


 病み上がりの自分たちが、北の街への旅を全うできるかという不安らしい。


「その心配はしなくていい。ミナトがそんなことを認めるはずがないだろ」

「そうですな」


 村長はにこりと笑った。


 準備を全て終えるとミナトたちは北の街に向けて出発した。

 三十人のコボルトたちと一緒なので、歩く速度はゆっくりだ。


「手荷物も、全部、サラキアの鞄に入れるよ?」

「いえ、そんな」


 コボルトは遠慮するが、ジルベルトが笑顔で言う。


「荷物が軽い方が、休憩を少なくできるから、ミナトとタロ様も助かるんだよ」

「そういうことでしたら……」


 そして、コボルトたちの手荷物も、最低限のものを残して全てサラキアの鞄に入れる。

 その効果もあり、少しだけコボルトたちの歩く速度が上がった。


「わはは……タロ!」

「わふわふ……わふ?」

「タロは走ったらダメ!」

「わふぅ?」

「ご飯をたべたあとは、ゆっくりあるいて!」

「ぴぃ~」

「ダメ!」


 食後しばらく、ミナトはタロを走らせなかった。

 タロは走りたいと「ぴぃぴぃ」鼻を鳴らしたが、ミナトは許さなかった。


 北の街までは徒歩で三日かかる。

 病み上がりのコボルトたちにとっては、長い道のりだ。


 無理をせず、日が沈む前に野営の準備をする。


「……ミナト、タロ様。テントには病み上がりの者たちを入れたいんだが、いいか?」


 テントを設営したジルベルトがミナトとタロにこっそり尋ねた。

 病み上がりのコボルトたちにも疲労度に差がある。

 高齢の者たちは疲れ切っているし、比較的若い者たちはまだ元気だ。


「もちろんだよ。そうして」「わふわふ」


 タロが入れるぐらいの大きなテントだが、全員が入るのは少し厳しい。

 三十人のコボルトに、アニエスたち五人。それにミナトたちだ。

 特にタロは大きいのでコボルト十人分は場所をとる。


「すまないな」

「うん! 実は僕は外で寝るのも好きだからね」「わぁぅわぅわぅ」


 ミナトもタロも、外でくっついて寝るのも好きだった。


 その日の夜ご飯は肉を中心としたメニューだ。


 道中、サーニャとタロが、野生の鳥と猪を獲ってくれていた。

 タロは、食後二時間ぐらい走るのを、ミナトに禁じられている。


 だが、巨大なタロは、必要な活動量もその体にふさわしいぐらい多い。

 だから、走るのが解禁されると、力いっぱい走って、猪を獲ってきた。


「サーニャ、タロ、ありがと!」

「気にしないで!」「わふわふ~」

「サーニャ、本当にありがとうございます」


 コボルトたちはサーニャには丁寧にお礼を言う。


「タロ様。我らに生きる糧を与えてくださり、ありがとうございます」

「わふ~?」


 そして、タロに対しては、まるで祈るようにお礼を言った。


 夜ご飯を食べた後、ミナトとコリンとアニエスはレトル薬を作る。


 それを比較的元気な大人のコボルトたちが興味津々な様子で見つめていた。

 もちろん疲れ果てている高齢のコボルトたちはすぐにテントの中で眠りについている。


「みんなも作る?」


 ミナトがコボルトたちに尋ねると、

「作れるでしょうか?」

 コボルトたちは遠慮がちに言う。


「練習すればたぶんできるよ! おしえるね!」

「ありがとうございます!」


 一方、ミナトの近くではタロが一生懸命「わふわふ」言いながら、至高神像を作っていた。

 そんなタロをピッピとフルフルが応援している。


 タロたちの様子を横目で見ながら、ミナトはコボルトたちに丁寧にレトル薬の作り方を教える。

 その様子をジルベルトやヘクトル、マルセルとサーニャが興味深そうに見つめていた。


「まず、すり鉢でレトル草をごりごりするんだけど、そのときに魔力を流すの」

「魔力……」

「そうそう、そんなかんじ、うまいうまい!」

「ミナトとの契約後、魔力の扱い方がわかるようになりました」

「ほえ、そうなんだ。あっ、ごりごりするコツはー」


 レトル薬は魔力や神聖力の量はおおざっぱでも大丈夫だ。

 だが、すりつぶし方などが難しい。


 コボルトたちは手先が器用なので、すりつぶしなどのコツを習得するのが早かった。

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