第68話 ミナトの製薬
夕食後もヘクトルとマルセルのあんパンの作り方講座は続いていた。
「あんこというのは、小豆を煮て……、小豆の産地は北方の……」
「ほうほう? 煮た小豆を漉すことでこしあんになると……」
「ミナト好みの砂糖と小豆の比率は……」
「パンは小麦粉を使った白パンが基本で……バターと卵、牛乳の比率は……」
「小麦の産地はどこがよいのです?」
「南方の……」
ヘクトルもマルセルも、ミナト好みのあんパンの作り方を熱心に研究したのだ。
だから、作り方は材料の産地を含めて完璧に頭に入っている。
コボルトたちは熱心にメモを取った。
コボルトは賢く、村内で子供を教育する習慣があるので、皆読み書きができるのだ。
「なるほど、なるほど。ちなみにクリームパンは?」
「クリームパンは……」
ヘクトルとマルセルも、丁寧にコボルトに説明していく。
一方、ミナトたちは、中断していたレトル薬を作ることにした。
夕食時にはまだ沈んでいなかった太陽が沈んだので、タロが灯りの魔法を使って周囲を照らす。
「全部で三つあったです!」
コリンが自分の家から予備のすり鉢とすりこぎ棒を持ってきてくれた。
「ありがと、コリン! これで僕も作れるね」「わふわふ」
サラキアの書によれば、まず神聖力を出しながら、すりこぎ棒でペースト状にするらしい。
「神聖力を出しながら、すりこぎぼうでごりごりしてー」
「ふむふむ~です」
神聖力を出すのが得意なミナトが、手本を見せる。
すり鉢の中にレトル草を入れて、すりこぎ棒でゴリゴリしていく。
「手が光ってるです」
「神聖力だよ!」「わふ~」
ミナトの手は、神聖力でまぶしいぐらいに光っている。
「神聖力ってそんなかんじで出すですね!」「わふわふ!」
コリンとタロは尻尾を振りながら、ミナトの作業をじっと見つめる。
「ミナトは何をしているのですか?」
そう尋ねたのはアニエスだ。
「レトル薬を作っているの!」
「レトル薬? それってなんですか?」
「えっとね。コリンの集めた薬草でつくる薬! サラキアの書に載ってたの!」
サラキアの書という言葉を聞いたとき、アニエスの表情が変わった。
「実は私は製薬スキルを持っているのですが」
「え? すごい」「わふわふ!」「すごいです」
ミナトたちは尊敬の目でアニエスを見る。
神殿の作る薬の中には神聖力を込めて作る物も多い。
それゆえ、聖女であるアニエスは神殿で製薬の技術も学んでいるのだ。
「レトル薬は聞いたことがないので、どのようなものか教えてくれませんか?」
「いいよ! えっとね、じようきょー……、サラキアの書を開いて見せてあげるね!」
内容が難しいので、ミナトはサラキアの書を直接見せることにした。
その方が口で説明するより早いと、ミナトは賢いので気づいたのだ。
ミナトはすりこ木棒を動かす手を止めて、サラキアの鞄からサラキアの書を取り出して開く。
「ありがとうございます。効果は滋養強壮、頭痛、関節痛の鎮痛。解熱、鎮咳……」
アニエスは真剣な表情でレトル薬の作り方を読み込んでいく。
「風邪薬ですね。製法は……魔法と神聖力を使うのですね。難易度は高いです」
「そうなの?」
「はい、初めてでこれを成功させるのは難しいかもしれません」
「アニエスでも難しい?」
「難しいです。成功するまで十数回は失敗すると思います」
「そんなに……」「わふ……」「大変です」
少ししょんぼりしているミナトたちに、アニエスは優しく微笑む。
「レトル薬は製法が失われた薬です。何十回でも失敗する価値があります」
「そうなの? ただの風邪薬なのに?」
「はい。風邪は皆引きます。そして、風邪でたくさんの人が死にますから」
「おおー。頑張って作らないと」
「はい。それに材料が安価かつ豊富なのもいいですね」
これまでレトル草は使い道のほとんどない、雑草に近い草だった。
だから、いくらでも生えている。
「私も頑張って、作り方を練習しますね!」
「僕も練習するです!」
「アニエス、製薬スキルあるんでしょ? 作り方教えて?」
「んー。私の知らない薬なので……とりあえず作ってみて失敗しながらやるしかないです」
「そっかー。頑張る」
ミナトはレトル草のすりつぶしを再開する。
「ミナトは相変わらず神聖力がすごいですね。見事なものです」
「あの、アニエスでも失敗前提なんです? サラキアの書に作り方載っていてもです?」
「はい、薬はどうしてもそうなります」
「ほえー」「わふ~」
「神聖力を出しながらと書いていても、どの程度出すのかはやってみないと」
「ほえーです」「わふ?」
「ペースト状にもいろいろありますし……」
コリンとタロに説明しながら、アニエスもレトル草をすり鉢でゴリゴリし始めた。
それを見てコリンもゴリゴリする。
「わ~ふわふわふ~」
そんなミナトたちの周りを、タロは尻尾を振りながらぐるぐる回る。
タロはミナトたちを一生懸命応援しているのだ。
「ぴぃ~」「ぴぎぴぎっ」
ピッピとフルフルはミナトのすぐ近くで、作業を見守った。
「僕、神聖力だせてるです?」
「はい、出せてますよ! コリンははじめてなのにすごいですね」「わぁぅ」
「よかったです! でも、これ疲れるですね?」
「そうです。神聖力を使うのは疲れるんです。製薬は体力勝負なところがありますから」
アニエスが笑顔で言う。
一方、気合が入りすぎたミナトは、神聖力を込めるたびに、変な声を出しはじめた。
「ふぬう~~ちゃちゃっちゃあ!」
だが、ミナト自身は変な声を出していることに気づいていない。
一心不乱に集中してすりこぎ棒をゴリゴリしている。
「ちゃあちゃあちゃあ」「ぁぅぁぅぁぅ」
そのミナトの声に合わせて、タロは応援しようと小さな声で鳴いていた。
「……ミナ」「…………」
アニエスは、ミナトに声をかけようとしてやめた。あまりの集中力に気おされたのだ。
コリンも手を止めて、ミナトをじっと見つめる。
一心不乱にすりこぎ棒を動かしていたミナトは手を止めてすり鉢の中をじっと見つめる。
「………………ちゃああ」
そして、おもむろに魔法を使って熱風を吹かせ始めた。
すり鉢の中に入っているペースト状のレトル草を乾燥させるためだ。
「……魔力密度が」「……すごいです」
すり鉢からあふれた熱風のおかげで、周囲はまるでサウナのように熱くなる。
「ちゃあちゃあちゃああ」「ぴ~」
真剣なミナトの横で、熱風は自分の得意分野だと不死鳥のピッピがアピールしている。
ミナトの熱風で、レトル草のペーストは乾燥し、固形物となった。
「…………ちゃ……」
ミナトは指先から神聖力が混じった水をぽたぽたと垂らして、再びペースト状にしていく。
「ミナトは完全にレトル薬の作り方が頭に入っているのですね」
「すごい。僕はまだ覚えてないです」
アニエスとコリンが驚いているのも気にせず、ミナトは淡々と次の工程に入る。
「ちゃああああ」
ミナトは炎魔法をうまく利用して指先を熱くし、神聖力を手にまとってペーストを練る。
指先の熱で水分が蒸発し、徐々にペーストは固まっていく。
「んっ、ん、んっんっ」
そして、粘土のようになったレトル草を、小さくちぎって丸めていく。
ミナトの手先の器用さは、いつもの神像作りで鍛えられている。
加えて、コボルトたちと契約したおかげで、【細工者】Lv30のスキルを手に入れた。
ミナトはまるで熟練の職人のように手際が良かった。
あっという間に、すり鉢の中に粘土ぐらいの硬さの半生の丸薬が数十個できる。
「……ちゃあ~~」
そして最後に神聖力を込めた風で、丸薬を乾燥させる。
「…………できた」
「ミナト、手際がよいですね。本当に素晴らしい腕前です」
「………………ミナトすごい。あっという間だったです」
「えへへ、そうかな? えへへへへ」
アニエスとコリンに褒められて、ミナトは照れた。
「わふわふわふ~~」
そしてタロも嬉しそうにミナトの顔をべロベロ舐めた。
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