第62話 呪神の使徒の気配
「……直接お言葉をくださるとは……卑小なる身に余る光栄」
ヘクトルはその場で跪く。
一方、アニエスがコリンを優しく見つめならが言った。
「コリン。少しお話を聞かせて貰っても良いかしら」
「もちろんです」
サラキアの書によってわかったことは沢山ある。
特に最後にサラキアが書いてくれたことは非常に重要だ。
コリンが勇者で在ることを伝えた人と、瘴気を撒いた者が同一人物かもしれない。
そうサラキアは考えたらしい。
「その勇者だと伝えた人はどんな人でしたか?」
「えっと、ローブを深く被っていて、よくわからないですけど、多分人族? だったと思うです」
「その人には怪しい素振はありましたか?」
「わかんないです……」
「ふむ~」「わふ~」
ミナトとタロが考え込むと、アニエスが言う。
「もし、その人と瘴気を撒いたのが同一だとすると……」
「余程高位の呪神の神官かもしれませんね」
マルセルの言葉にアニエスは首をゆっくりと振った。
「高位というより……むしろ……使徒クラスと考えた方が良いでしょうね」
アニエスの言葉に、ヘクトル、サーニャに緊張が走った。
「呪神の使徒かもしれないの?」「わふ」
「ええ、導師クラスでも、勇者かどうか見分けることは難しいですし。覚醒前ならなおさらです」
「ふむむ~」「わふぅ~」
ミナトとタロは真面目な顔でをして考えこむ。
そんなミナトにヘクトルが尋ねる。
「遠くからコリンの気配に気づいたとき、ミナトは仲間だといいましたな?」
「うん。いった」
「ミナトは気づいていたのですかな? あのときに既にコリンを勇者だと」
ミナトは少し考えてから、答える。
「勇者かどうかはわからなかったけど、不思議な感じがした。仲間だとは思った」
「わふわふ」
タロも「そうそう」と言っている。
「そういえば、ミナトが倒れているコリンに近づくとき、タロ様は警戒してなかったよね」
いつもなら、未知の者に近づくときタロはミナトの側を離れない。
だが、あのときはミナトに「少し待ってて」と言われたタロは素直だった。
「わふわふ~」
「タロが「仲間だもん」だって」
「つまりミナトとタロ様は気づいたわけですね。私は気づきませんでしたが」
アニエスが言いたいことは、聖女では気付けず、使徒と神獣は気付いたということ。
「勇者だと気付いたのは使徒クラスの者だとしても、実際に訪れたのがその者だとは限りません」
マルセルが念のためにといった感じで釘を刺す。
「ふむ~。たしかに」「わふ~」
「マルセル。使徒の目的は何だと思いますか?」
アニエスはパーティの知恵袋であるマルセルの意見を求めた。
「……わかりません。いまわかっていることを整理してみましょう」
「おねがい」「わふ」
「呪神の手の者は瘴気を撒いて病気を流行らせ、コリンに勇者だと告げ村を救うように言った」
マルセルの言葉を聞いてみな黙って考える。
「意味がわからないわ」
最初に口を開いたのはサーニャだ。
「ぴぃ~?」「ぴぎっ」
ピッピとフルフルが鋭い声で鳴いて、皆の注目が集まる。
「あ、そっか」
「ミナト、ピッピとフルフルは何て言ってるの?」
「えっとね。支配しようとしたんじゃないかって」
「支配? リチャード王やピッピのお父さん、パッパみたいに?」
「そう。そしてこの子みたいに」
ミナトはサラキアの服の内側で眠る幼竜を皆に見せる。
「確かに呪神の信徒は支配にこだわっているように見えますね。マルセルはどう思いますか?」
アニエスに尋ねられて、マルセルは少し考えた。
「コリンは勇者なので、余程強力な呪者を用意しないと支配するのは難しいでしょう」
「むむう。そうかも」「わふわふ」
聖獣であるピッピの父、パッパを支配するよりも大変かもしれない。
「支配するのが難しい場合、呪神の信徒たちは痛めつけて体力と精神力と削ります」
ミナトは無言で幼竜を抱きしめる。
幼竜は徹底的に痛めつけられて支配されていたのだ。
「支配しやすくするために、コリンの心を折りにいったのでは?」
「…………」
アニエスは黙って、コリンを見る。
コリンでは熊には勝てない。熊に挑むことすらできないだろう。
だから、コリンは自分を責める。
そんなコリンが代わりにと必死に集めた薬草は、役に立たない。
コリンがミナトに会わずに村に帰ったら、薬草で村人を治療しようとしたはずだ。
そして、その村人は治らずにどんどん死んでいく。
コリンはさらに自分を責め続けるだろう。
コリンの心が折れたところを、支配しようとしたのかもしれない。
「うーん」
だが、ミナトが首をかしげる。
「どうしました?」
「あのね? マルセル。コボルトさんたちは聖獣でしょ?」
「半人半聖獣ですけど、まあ聖獣といっていいですね」
「僕、呪われて呪者になりかけた聖獣さんにあったことあるよ?」
ミナトとタロがこの世界に来てまだ間もない頃のことだ。
呪われた聖獣たちが助けを求めてミナトの元にやってきた。
「呪いが進行したら、死んじゃうんじゃなくて、別のものになる気がする」
そういって、ミナトはサラキアの書を取り出した。
サラキアは疲れているのでお手紙は書けないが、本来の使い方はできる。
本来の使い方とは、わからない事を調べることだ。
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【呪いの進行した精霊・聖獣】
呪いをかけられた精霊と聖獣は、徐々に蝕まれていき、最終的に呪われし者になる。
ミナトに助けられる前の湖の精霊メルデの状態が呪われし者。
呪われし者と呪者は違うので注意。
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「やっぱり」
「ですが、コボルトたちは呪われてはいなかったんですよね」
「そうだけど……」「わふふ……」
ミナトとタロが考えていると、サーニャが言う。
「体を弱めてから呪う予定だったとかじゃないの?」
「……そうかも?」「……わふ」
コボルトたちは半分聖獣なだけあって、呪いへの耐性は非常に高いのだ。
使徒クラスでなければ、容易に呪うことはできないだろう。
「つまり、この集落に来たのは使徒本人ではないのかも?」
「それならば、使徒はなにをしているんでしょうね?」
マルセルはそういって真剣な表情で考える。
「判断材料が少なすぎますね。考えても仕方ないかも」
アニエスがそういうと、マルセルは頷いた。
しばらく考えていたサーニャが「あっ」と呟いて、マルセルを見る。
「マルセルの心を折る作戦説だけど、コリンは死んでいたかもしれないじゃない?」
サーニャの疑問はもっともだ。
ミナトに会わなければ、そもそもコリンは死んでいた可能性も高い。
しかも、コリンを追い詰めたのは呪者である。
コリンは呪者と戦ったせいで、倒れて死にかけたのだ。
「死んでもそれはそれで構わないと思ったのでは?」
そのぐらいで死ぬならば、死ねばいい。生き残ったら見込みがあるから支配する。
そのぐらいの発想をしてもおかしくはない。
「もっとも、全部私の推測ですけどね」
マルセルはそう言って、アニエスを見た。
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