第61話 コボルトの勇者

 一方、ミナトはサラキアの鞄から、サラキアの書を取り出して開く。


「ミナト、何を調べるのですかな?」

「えっとね、タロはコボルト神なのかなって」


 ミナトはヘクトルが真実を確かめる手段を欲していたので、調べることにしたのだ。


「サラキアの書って何なのです?」

「えっとね、サラキア様からもらった知りたいことが書かれている本だよ」


 サラキアの書を開くとミナトやタロが知りたいことが書かれたページが開かれる。

 もちろん、サラキアの知らないことは書かれない。


 たまにサラキアからのメッセージが書かれることもある。

 そして、魔導師の杖のように、ミナトの魔法の増幅装置にもなるすごい本なのだ。


「神器なので、人智を超えているのですぞ」


 ヘクトルがミナトの説明を補足する。


「ほえーすごい」

「ヘクトルとコリンとサーニャも一緒にみよ!」

「わふわふ~」


 コリンは感心し、タロを撫でながら、タロと一緒にサラキアの書をのぞき込む。


「失礼して……」

「見ていいの? ありがとね」


 ヘクトルとサーニャは遠慮がちにサラキアの書をのぞき込んだ。

 もちろん、ピッピとフルフルものぞき込んでいる。


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【コボルト神】

 至高神が地上に遣わした神獣の別称。主にコボルトたちが使う呼び名。

 至高神は犬とコボルトを寵愛しているので、コボルトの窮地に神獣を送ることがある。


 ※ただしタロはコボルトの為に送られたわけではない。

 とはいえ、至高神は、タロがコボルトを助けることを期待していなかったわけではない。


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「へー。やっぱりタロはコボルト神だったんだ」

「タロ神様!」

「わふわふぅ!」

「ありがとうございます。これで神学の研究が進みますぞ」


 ヘクトルは嬉しそうにお礼を言った。


「よかったー」

「あれ? ミナト、続きがあるよ」

「む?」


 サーニャに指摘されて、ミナトはもう一度サラキアの書に目を落とした。


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【コボルトとコボルトの勇者】

 コボルトは半人半聖獣の特殊な存在。


 人でありながら、聖獣としての力も少し持っている。

 コボルトの勇者とは至高神の聖女のように、至高神が力を与えた特別なコボルト。


 通常のコボルトよりも強く、成長度も高い。聖獣としての力が他のコボルトよりも強い。

 当代のコボルトの勇者はコリン。


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 それを読んだみんなが、一瞬だまった。


「コリンが勇者だとサラキア様のお墨付きが出ましたぞ」

「すごい! 勇者って、かっこいいなぁ」「わふわふ~」


 ミナトとタロがうらやましそうにコリンを見る。


「え、えへへ。やっぱりあの預言者は至高神様の預言者だったです」

「……んー? アニエス、ちょっときて」


 サーニャは首をかしげてアニエスを呼んだ。

 サーニャもコリンの集めた薬草が、ほぼ雑草であることを知っていたのだ。


 だから、サーニャは預言者は偽物で、コリンを勇者だとも思っていなかった。

 それはヘクトルも同じだった。


「どうしました?」


 サーニャが呼ぶと、コボルトの大人たちと話していたアニエスがやってくる。

 アニエスと一緒にマルセルまでやってきた。


 ちなみにジルベルトはコボルトたちに、シチューの作り方を教えるので忙しそうだ。


「実はコリンは本当に勇者だったのだけど、力を与えたのは至高神様で――」


 サーニャから説明されて、アニエスは険しい顔になる。


「サラキアの書を見せていただいても?」

「いいよ!」


 アニエスとマルセルは一緒にサラキアの書のコボルトの勇者の項目を読んだ。


「本当に書いてますね……」

「勇者なのは間違いないとなると……」


 アニエスとマルセルが考えたのは「あの預言者は何者だ?」ということだ。

 それはサーニャもヘクトルも同じだった。


「わふ!」


 その時、タロが「サラキアの書を見て!」と吠えた。


「ん? サラキアの書に何かあった?」


 ミナトたちはみんなでサラキアの書をのぞき込んだ。


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 ※ミナトとタロへ。

 コボルトの勇者コリンは、まだ勇者として目覚めていないの。

 未熟な、いわば勇者の雛というべき状態。


 だから、至高神はコリンの身に起きたことを把握していないわ。

 それに、至高神はコリンにまだ神託を授けていないの。


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「まだ勇者じゃないんだ。ほえ~」

「わふ~」


 サラキアと至高神は、使徒や神獣、聖人や聖女の目を通して地上の出来事を把握する。

 コリンはまだ勇者の雛だから、至高神はその目を通して、地上を観察できないらしい。


「そっか。コリンの身に起きたことは、至高神様もしらないんだね」


 知らなければ神といえども何も出来ない。

 サラキアはコボルトたちが引っ越したことも知らなかった。


 ミナトたちをコボルトたちがいない過酷な環境に送ったのもそのせいだ。


「なるほど。神託はまだ下っていないのですね」

「アニエスの時の神託ってどんなかんじだったの?」


 ミナトが好奇心に目を輝かせて尋ねる。


「言葉では説明が難しいのですが、ある日突然、自分が聖女だとわかります」

「聖女だって至高神様の声が聞こえるの?」


 アニエスは首をゆっくり振った。


「そういうわけではなく、自分が聖女だということを理解するのです。知るのではなく理解です」

「へ~。よくわかんないや」

「あの感覚は聖女や聖人以外だと、わからないかもしれませんね」

「過去の聖人聖女の記録でも、同じようなことが書かれていました」

「マルセル、詳しいわね。神官でもないのに」

「賢者の学院を出ていますから」


 どこか自慢げにマルセルが言う。

 そんなことを話している間、コリンは真剣な表情で考えこんだ。


「コリン、まだ若いんだから、未熟って言われても気にしないでいいんだよ?」

「わふふぅ」「ぴいぃ」「ぴぎ!」


 サーニャが慰めの言葉をかけて、タロがコリンをベロベロなめる。


 ピッピはコリンの肩にとまって「僕も未熟なんだ」と鳴きながら体を顔に押しつける。

 そして、フルフルはコリンの頭の上でプルプルした。


「そうじゃなくて、いえ、たしかに僕は未熟者ですけど……、それは気にしてないです」


 コリンはミナトたちを見て呟いた。


「じゃあ、僕に勇者だって言ったのは誰です?」

「わふわふ!」


 そのとき、またタロが鳴いて、サラキアの書に続きが書かれたことを教えてくれた。


「ありがと。タロ」

「わふ~」


 タロを撫でながら、ミナトはサラキアの書を読んだ。


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 ※※重要※※

 コリンに勇者だと告げた者は村に瘴気を撒いた者と同一である可能性も考えて。

 ミナト、タロ。まだコリンは勇者の雛だから、先輩として面倒を見てあげて。


 ※ヘクトルへ

 至高神からの伝言。


『汝、タロへの忠節大義。ほこらの前で祈るがよい』


 神殿でタロに祝福した至高神のミスをカバーしたお礼だって


 ※こうやって手紙を書くのは、非常に疲れるの。

 だから、しばらく手紙を書けないと思ってね。


 おいしいクリームパンとあんパンを供えてくれてありがと。


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 しばらく待ったが、それ以降サラキアの書に続きが書き込まれることはなかった。

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