第59話 美味しいシチュー

 シチューの匂いにつられて、村の家々から、コボルトたちが顔を出す。


「……ごはん?」


 目をこすりながら、扉から顔を出したコボルトが、

「そうだぞ、おいしいぞ。こっちに来て食べるといい」

「ゎぅ!」

 ジルベルトを見て、びくりとして慌てて家の中に引っ込んだ。


 知らない人がいたので、怯えたのだろう。


「ごはんだよ! みんなでてきてー」

 ミナトは大声で皆を呼ぶ。


 ミナトは、コボルトたちが目を覚ましたと判断したのだ。

 雀の聖獣から貰った【索敵Lv42】の力で、ミナトの気配を探る力は凄まじい。


 コボルトの小さな村ぐらいならば、隅々まで気配を探れるのだった。


「コリン、みんなを呼んで! 一緒にシチューをたべよう!」「わふわふ!」

「わかったです!」


 ミナトとタロに呼びかけるよう言われて、コリンは真剣な表情で頷いた。


「みんな! シチューがあるですよ! 食べに来て欲しいです! こわくないです!」


 コリンに呼びかけられ、看病疲れで寝ていた四人のコボルトたちが家の外に出てくる。


「あんパン食べた人もシチュー食べよ! でてきてー」


 ミナトに呼ばれて、元病人の二十五人も外に出てきた。

 元病人たちはあんパンを頂いたうえシチューまで頂くわけにはいかない、と遠慮していたのだ。


「並んでくださいねー」

「はい、こっちですよ」


 アニエスとマルセルが手際よく列を形成していく。


「あ、そんな貴重な食料を……」


 病人じゃなかった四人のコボルトも、元病人たちと同様に遠慮する。


「気にしないで! もう作ったし、食べなかったら腐っちゃう!」


 本当はサラキアの鞄があるので、腐ることはない。

 だが、遠慮させない為にミナトはそう言った。


「ありがとうございます。このご恩は――」


 元病人たちも含めた、二十九人のコボルトたちは列に並びかけたが、

「「「わぁぅ」」」

 家の陰から顔を出したタロを見て一斉にびくりとする。


 全員が耳をピンと立てて、尻尾の毛を逆立たせて、ほぼ同時に平伏した。


「か、神様、よくぞおいでくださいました」


 村長が平伏したまま、プルプル震えつつ、タロに向かって挨拶する。


「わふ~」

「タロは神様じゃないよ?」

「タロ神様……」「タロ神様……」「ありがとうございます、タロ神様」


 村長も、村人たちもコリンと同じような反応をする。

 やはり、コボルトたちにとって、タロはタロ神様らしい。


「わふわふ~? わふ!」

「タロ神様は神様ではないと?」

「わぁう!」

「なんと、至高神様の神獣であらせられると……」


 村長はミナトの通訳なしにタロと話していた。


「ねね、村長。タロの言葉がわかるの?」

「はい。我々はイヌ科の言葉はだいたい」

「すごい」

「もっともイヌ科でも知能の低い種や子供の言葉はわからないことが多いです」


 知能の低い種は、そもそも言葉を話していないのということだろう。

 子供の言葉がわからないのは、人間でも赤子は言葉を話さないのと同じかもしれない。


「すごいねー。あれ? コリンもわかるの?」

「はいです。黙っててゴメンです」

「いいよ! そだったんだ~。あ、そういえば、通訳してないのに返事してたことあったね!」


 コリンは奥ゆかしいので、通訳は不要だと言い出せなかったのだろう。

 ミナトとコリンが話している間も、タロと村長は会話を続ける。


「わふわふ~」

「ミナト様は、サラキア様の神獣なのですか? なんと!」

「神獣じゃなくて使徒だよ?」

「ああ、使徒!」


 そこで、改めてミナトは皆に自己紹介することにした。


「僕はミナト! サラキア様の使徒で~」

「私はアニエスです。至高神さまの聖女をやっています」


 ミナトたちの自己紹介が終わると、コボルトたちが自己紹介した。


「さて、みんな自己紹介も終わったところで、シチューを食べよう、並んで並んで」

「シチューによく合うバゲットもあるからね」


 ジルベルトがシチューをよそう準備をし、サーニャは皿とバゲットを準備している。


「で、ですが、そのような貴重な――」

「わふぅ!」


 遠慮するコボルトに、タロが「食べて!」と強く言った。


「……ありがとうございます」


 タロ神様の言葉を受けて、コボルトたちも遠慮するのを止めた。

 シチューとバゲットを配り終えても、三十人のコボルトたちは食べなかった。


 コリンを含むコボルトたちは、じっとタロのコトを見つめている。


「食べないの?」

「そんなタロ神様より先に食べるなんて、失礼なこと……」

「ミナトより先に食べるなんて、失礼すぎです」


 どうやら、コボルトたちは、食べる順番にこだわるらしい。

 コボルトたちは人だが、イヌ科に近い風習があるようだ。

 狼などは、群れのトップが最初に食べて、その後に残りの狼が食べるのだ。


「そっかー、いただきます!」

「わふわふ!」


 ミナトとタロがシチューを口にする。


「うまい! あったかくて、チーズの味がする。おいしい!」

「わふ~~わふわふ」


 すると、コボルトたちもシチューを食べた。


「なんと、美味しい……」

「この肉は、鴨? 柔らかくて口に入れるとほろりとほどけて……」

「芋がほっこりしていて……濃厚なチーズとミルクの風味と……」


 コボルトたちは涙を流して、感動していた。

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