第58話 ミナトの治療3

 村人は全部で三十人で、そのうち病人は全部で二十人という話だった。

 だが、コリンが薬草を探して離れている二日の間に二十五人に増えていた。


 二十五人を、コリンを除く四人で看病していたのだ。

 夜通し看病していた者達は疲れ果てて、みな熟睡していた。


 だから、ミナトとコリンは起こさずに病人だけを治療して回る。

 逆に病人の方は眠りが浅いのか、皆、家に入るとすぐに目を覚ました。


 病人たちはコリンの元気そうな姿を見て、ほっと胸をなで下ろし、 

「コリン、大丈夫だったのか? 怪我は?」

 自分も苦しいだろうに、コリンの身を案じて言葉をかける。


 コリンは村の大人たちに愛されているようだ。

 きっとコボルトの村全体が、仲間を大切にしているに違いなかった。


「おばちゃん、ありがと。僕はだいじょうぶ。治癒魔法を使える方を連れてきたです」


 コリンはミナトが神官ではないと知っているが、使徒とは言えないのでそう言った。


「そんな、治癒魔法の使い手たる立派な神官様に払うお布施なんて用意できな……」

「ほぁ~」

「…………治った」


 ミナトは病人たちの遠慮など気にしないで、あっというまに病を治す。


「だいじょうぶ? 痛いところは? 苦しかったり、気持ちわるかったりしない?」

「それは、はい。これほど爽快な気分になったのは何日ぶりでしょう。ありがとうございます」

「よかったよかった」

「ですが、我が村はまずし……」

「あ、お腹すいてる? すいてるよね? いいものがあるんだ~」

「いえ、そんな! このうえ貴重な食料まで……」


 コボルトたちの遠慮に慣れたミナトは全く気にしない。


「じゃーん。あんパン! すごくおいしんだよ! たべて!」

「そこまでしていた……」

「たべて!」

「ありがとうございます」


 元病人たちはミナトの押しに負けてあんパンを口にする。


「美味しい! なんという美味しさ、絶妙な甘さと……柔らかなパン、そしてこの黒い物の」

「あんこだよ!」

「あんこはしっとりしていて、優しい甘みが、パンの風味に絶妙に合っていて」


 元病人たちはポロポロ涙を流し、ミナトはうんうんと満足げにうなずいた。


 それからもミナトは瘴気を払い、病人を癒やし、あんパンを食べさせた。

 看病している者が寝ている建物では、特に声を小さくして起こさないように注意した。


 ミナトが家を回り始めて二十分ほどで、全病人の治療が終わった。


「……病の治療がこんなに早く終わるなんて、常識では考えられません」


 アニエスがそういって、ミナトの頭を優しく撫でた。


「ぁぅぁぅぁぅ」


 タロも「ミナトはすごい」と言いながら、ミナトの顔をベロベロと舐めた。

 二十四人の治療を二十分ほどだ。


 しかも、治療自体は一瞬だ。主に時間をかけたのはあんパンの配布である。


「まあ、普通の常識ではそうだろうが、ミナトなら想定の範囲内だな」


 そう言ったのはジルベルトだ。

 ジルベルトはミナトたちが治療している間、料理の準備をしていた。


 ジルベルトの目の前にあるのは大きな鍋だ。

 その鍋はミナトなら、お風呂に出来そうなぐらい大きかった。


 アニエスは聖女なので、災害に見舞われた地域などで大勢に炊き出しすることもある。

 そのときに使う鍋だった。


「なにせ、使徒様ですからな」

「うんうん。使徒ってのは、別格だねぇ」


 そう言ったヘクトルとサーニャは、少し疲れている。

 ミナトたちが治療している間、サーニャとヘクトルは近くで狩りをしていたのだ。


 コボルト村の皆にごちそうするためである。


「いや、使徒は別格なのでしょうが、使徒と言うよりミナトが別格なんですよ」


 ジルベルトの料理の準備を手伝っていたマルセルが、どこか自慢げに言う。


「歴史書に記載された使徒の事績と比べても、ミナトの能力は格別ですから」


 マルセルたちがそんな話をしていても、ミナトは気にしない。


「ジルベルト、何作ってるの?」

「ん? 野菜と肉をたっぷり入れたシチューだ」

「シチュー!」「ぁぅぁぅ」


 ミナトとタロはジルベルトの作るシチューが大好きだった。


「胃腸は大丈夫そうってアニエスに聞いて、とにかく栄養のあるものをと思ってな」


 シチューにはチーズとミルク、それに野菜と沢山の肉が入っている。

 栄養は充分だ。そのうえ温かくて美味しい。


「そっかー。あ、みんなにあんパンを食べてもらったけど、だいじょうぶだったかな?」


 ミナトはあんパンでお腹がいっぱいになってシチューを食べられないことを心配したのだ。


「まあ、大丈夫だろ。余ったら、明日に回せば良いし」

「あ、サラキアの鞄にも入れられるからね!」


 さらに三十分ほどが経ち、

「さて、そろそろ良い感じに煮えたかな」

 ジルベルトが鍋のふたを開けた。


 たちまち、美味しそうなシチューの匂いが村に拡がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る