第57話 ミナトの治療2

 ミナトが村長の家を出てくるのを、タロは待ち構えていた。


 タロはミナトを出迎えて、顔をベロベロなめたが、

「タロ、まだ治療おわってないからおとなしくしてて!」 

 と言われてしまった。


「……ぁぅぅ」

「すぐおわるからね!」

 ミナトはタロのことをわしわし撫でた。それだけで、タロは幸せな気持ちになった。


「コリン、次はどのおうち?」

「こっちです!」

「わかった!」


 ミナトとコリンはピッピとフルフルを引き連れて家の中に入る。


「ただいま」


 コリンは小さな声で呟くように言っているのに、


「コリン、どこまでいっておったのだ? 心配したのだぞ」

「まったく、心配させ負って」


 中のコボルトたちは起きていた。コボルトは耳が良いのかも知れなかった。

 その家にいたコボルトは四人だ。老人なのか若者なのかわかりにくい。


 だが、ミナトには初老二人、壮年二人に見えた。


 ミナトは、タロと一緒に暮らしてきたからか、犬の年齢を見分けるのがうまいのだ。


「治癒魔法の神官様? が来てくれたです」


 コリンはミナトを見て、首をかしげながらそう言った。

 ミナトが本当に神官様なのかどうか、コリンには自信がなかったのだ。


「僕は神官じゃないよ? ふむふむ。このおうちにも少しだけ瘴気がある」


 ミナトはキョロキョロ室内を見回しながらそう呟いた。


 だが、病人はそもそも幼いミナトが神官であるはずがないと思っていたのだ。

 そう思うのは当然だ。


 神官になるには神学校で何年も学ばねばならず、神学校に入学できるのは六歳からだ。

 病人はミナトの言葉を気にすることなく続ける。


「コリン、村には神官様にお礼に払うお金がないのだ。ご足労頂いて申し訳ないが――」

「ほぁ~~」


 病人の言葉の途中で、部屋の中にミナトが小さな声が響く。

 たちまち室内の瘴気は消え、四人の病は癒えた。


「え? 治った」「……苦しくない」「痛くもない。え?」


 突然のことに呆然とする元病人たちに、ミナトは笑顔で尋ねる。


「痛いとこない? 苦しいとことか、気持ちわるいとかない?」

「は、はい。全く快適で……」「すごく気持ちが良いです」

「よかったー」


 村長の時と同じく、元病人たちのお腹が「ぐぅ」っとなった。


「あ、お腹すいてるんだね。あんパン食べて!」

「そんな、貴重な食料を……」「治していただいたうえ、食料まで……」


 再び、村長同様に遠慮するが、ミナトの押しに負けて、あんパンを口にした。


「甘くて美味しい」「……なんて美味しいのでしょう」「こんなに美味しいもの食べたことない」


 食糧が不足し、栄養の少ない木の根を煮た物やどんぐりばかり食べていた。

 そんな栄養を摂れなかった弱った体に甘みが染み渡る。


 空腹は最高の調味料とはよく言ったものだ。


「美味しいです……ありがとう、ございます」


 ミナトの持っているあんパンはとても美味しいあんパンだ。

 だが、糖分に飢えている状態で食べるあんパンはこの世の物とは思えないほど美味しかった。


「病気を治してくれてありがとうございます。こんなに美味しい物をありがとうございます」


 元病人たちはボロボロと涙を流し、ミナトにありがとうを繰り返した。


 ミナトとコリンが次の家に向かう為に、外に出るとアニエスとタロがいた。


「ミナトだけで大丈夫な気もしますが、一応私も手伝いますね」

「ありがと、僕は病気の治療ははじめてだからたすかる」

「ぁぅぁぅ~」

「タロ、まだだよ~」


 少し離れていただけなのに、タロは久しぶりに再会したかのようにミナトに甘える。

 タロは「留守番できてえらい? えらい? ほめて?」と一生懸命アピールした。


 タロはミナトの顔をベロベロなめて、ミナトはタロのことを撫でる。

 首のところのもふもふしたところを、ミナトはわしわしと少し力強めに撫でた。


「タロ、留守番できてえらいねー」

「ぁぅ~」


 タロの尻尾がはち切れんばかりに振られる。


 それを見ながら、コリンが小声でアニエスに尋ねた。


「あの、ミナトさんは一体? アニエスさんの従者の神官見習いさんだと思ってたですけど」

「ミナトは神官よりずっとえらいの」


 アニエスはサラキアの使徒という正体を明かして良いか判断できないのでぼかして答えた。


「ずっと……アニエスさんより?」

「そうね、私よりずぅーっと」

「はえー」


 そんな話を聞いたミナトがタロを撫でながら、振り返る。


「あのね、コリン。僕はサラキア様の使徒なの」

 ミナトはコリンにあっさりと正体を明かした。


「サラキア様って……至高神様の愛娘のあのサラキア様です?」

「そう。コリンも知ってたんだ」

「そりゃ知っているです。有名ですし。村にもほこらがあるですよ」


 どうやらコボルトの村にはサラキアのほこらがあるらしい。


 ミナトは、だからサラキアはコボルトの村を選んだのかなと思った。

 サラキアと至高神がミナトとタロが送り込もうとしたのは、コボルトの村だったのだ。


「でも、使徒ってなんなのです?」

「使徒っていうのは……こう……サラキア様に仕事をたのまれたり? する? かんじ?」


 ミナト自身、使徒について何と説明して良いのかわからなかった。


「使徒というのはですね。神の地上の代理人、神の力の代行者です」


 アニエスが説明しても、コリンは首をかしげている。


「神から力と使命を与えられた人間のことです」

「ほぇー、………………だからすごいんですね」


 コリンはぽかんと口を開けたあと、しばらく間を空けて納得したように頷いた。


「あの、ミナト様の使命ってなんなのです?」

「様はつけないで? おねがい」

「でも、そんなわけには……」

「おねがい」

「わかったのです」


 ミナトがあまりに真剣な目をしていたので、コリンは様をつけないことに同意した。


「えっとね、サラキア様に与えられた使命は呪いを払うこと。あとは聖獣とか精霊を助けたり」

「それは重大な使命です」

「あとは、この世界をたのしむこと!」

「たのしむことです?」

「そうです」


 ミナトは笑顔で、少し冗談めかすようにコリンの口調を真似てそういった。


「でも、使徒ってことはないしょね? めだつし? 悪い奴に狙われるかもだし?」

「わ、わかったです」


 コリンは真剣な表情でうなずくと、タロをちらりと見て、もう一度ミナトを見た。


「あの、タロ様は……神獣というお話しでしたが、やはりサラキア様のです?」

「ぁぅ?」

「タロは至高神様の神獣だよ」

「そうだったですね。すごい」


 コリンはタロのことをじっと見つめる。


「やっぱりタロ様はすごいです。至高神様が、きっと遣わしてくれたですよ」


 コリンは跪くと至高神とサラキアとタロ神様に五秒ほどの短い祈りを捧げた。


「ちなみに私は至高神様の聖女です」

「聖女様……、かの有名な王都にいらっしゃるという聖女様です?」

「有名かどうかはわかりませんが、少し前まで王都にいた聖女です」

「……すごいです」


 驚いて固まったコリンに、ミナトが笑顔で言った。


「つぎいこ! どの家に重い病気の人がいるの?」

「あ、はい! ありがとうです。次はこちらです」


 それから、ミナトとコリン、アニエス、そしてピッピとフルフルは家々の訪問を再開した。

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