第56話 ミナトの治療

 ミナトは村長に触れてもいない。

 子供らしく室内を好奇心一杯の目で、キョロキョロ見回していた。


 だから、村長はミナトをアニエスの従者見習いか何かだと思っていた。


 だが、ミナトはキョロキョロしながら、

「ふむ~。部屋の中にも少し瘴気がある」

 と使徒らしく観察していたのだ。


 もちろん、部屋の中にある立派な鹿の骨の飾り物とかは凄く気になってはいた。


「でも、鹿のかざりを調べるまえに、やっとかないとね!」

「ぴぃ~」「ぴぎっ」


 ピッピとフルフルも「それがいい!」と賛成してくれたので、

「ふぅお~」

 と気合いを入れて、村長のことも治療して、ついでに瘴気も払ったのだった。


「………………え?」

 ミナトが「ふぅお~」と言った瞬間、村長の全身が楽になった。


「……治ったのじゃ?」

「え? 治った?」「わ、わたしも……治った」


 大人しく寝ていた、村長以外の四人の病人も治ったようだ。


 発熱、頭痛、吐き気、お腹の痛み。食欲はなく、全身の関節も痛い。

 そんな症状が数週間、続いていた。


 高齢の村長は、このまま死ぬことを覚悟していた。

 治療を遠慮したのは、高価な治療費を払えないという理由なだけではない。


 自分はもう長くないのだから、村のまだ元気な者から助けて欲しいと言う思いもあったのだ。

 一般的な神官は、一日に数回も治癒魔法を行使できない。


 しかも病は重い。一人治すのに数時間はかかるのが普通だ。

 自分はもう充分生きた。


 だから、自分は後回しでよい、手が回らないなら治らなくてもいいと村長は考えていた。


「え? え? どこも痛くないし苦しくないのじゃ……」

「うぅぅ……苦しくない、苦しくないよぅ」


 村長以外のコボルトたちは泣いていた。


「村長? みんなも治ったです? ど、どういうことです?」


 村長たち元病人は呆然とした表情で、コリンは目を見開いてミナトを見た。


 コリンは、タロが神獣だと聞いてはいたが、ミナトがサラキアの使徒だと知らない。

 コリン相手に隠す必要を、ミナトが感じていたわけではないが、言っていなかった。


 だからコリンも村長と同じく、ミナトをアニエスの従者か何かだと思っていた。

 それゆえ、まさか一瞬で病気を治せるとは思わなかった。


 村長はミナトをじっと見つめて呟くように言う。


「あなたが、治してくださったのですね?」


 ミナトが「ふぅお~」と言った瞬間、村長にはミナトが少し光ったように見えた。

 それに、ミナトから気持ちの良い何かを感じ取った。


「ありがとうございます、このご恩は――」

「いいよ! それより元気になった? いたいところない? くるしいとかも?」

「は、はい。まことに、ありがたいことで、このご恩は――」


 次の瞬間、村長のお腹が「ぐぅ~」と鳴った。他の病人のお腹もほぼ同時に鳴る。

 村長たちは消化器が弱っており、食欲がなく、あまり沢山食べられなかった。


 だから、完全に回復した今、元気になった胃袋がお腹が空いたと訴え始めたのだ。


「あ、みんな、あんパンたべる?」

「あんパン? とは一体?」

「えっとね、甘くておいしいパンだよ! たべて!」


 ミナトはサラキアの鞄からあんパンを取り出して村長に渡す。


「いえ、貴重な食料までいただく――」

「おいしいよ! 食べて!」


 村長は遠慮しようとしたが、ミナトのあまりにキラキラした目を見て、

「ありがとうございます」

 と頭を下げて、あんパンを口にした。


「あ、美味しい」「美味しい」「……美味しすぎる」

「おいしいでしょー。えっとね、パンの中にあずきを煮た甘いあんこをいれてるの!」

「このような素晴らしい物までいただいて……なんとお礼をいえば……」

「気にしないで! あ、コリン、他のみんなにも治療しにいこ!」

「は、はいです!」

「じゃ、みんな。あとでね!」


 そして、ミナトとコリンは村長の家から去って行った。

 ミナトの後ろをピッピとフルフルも付いていった。


「ぁぅぁぅ」

「タロ、まだ治療おわってないからおとなしくしてて!」 

「……ぁぅぅ」


 家の外に出たミナトとタロの声を聞きながら、村長はアニエスに尋ねた。


「あの、あの方は一体……」

「ミナトは特別な子供です」


 使徒であることを明かしていいか、ミナトに確認していないのでぼかして答えた。


「私も治療魔法に関しては自信があるのですが、ミナトには全くかないません」

「そ、そうなのですな」

「はい。普通は数日の仕事になるでしょうに……」


 村長の病は重かった。普通の神官なら一日かけても完治は難しい。

 数日かけて、体力を回復させながら、病巣を小さくしていくのだ。


「数日も……」


 その間、他の者を治療できないので、当然費用がかかるのが一般的だ。

 村長が遠慮したのはそれを知っていたからでもある。


「私なら一時間、いや数十分でしょうか」


 至高神の聖女であるアニエスは、ミナトを抜けば世界でも随一の治癒魔法の使い手だ。


「でも、ミナトなら、まとめて五人を一瞬で治療しましたね」


 そういって、アニエスは微笑むと、室内を見回した。

 わずかに残っていた瘴気も消えている。


 治癒魔法を使うと同時に呪いまで払うとは。

 病気治療のコツを教えようと思っていたが、その必要すら無かった。


「ミナトは、底が知れませんね」


 アニエスは、小さく呟いた。

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