第55話 コボルトの村

 美味しい朝ご飯を食べた後、ミナトたちは、コボルトの村に向けて出発した。


 タロの頭にフルフル、背にコリン、アニエス、マルセルとヘクトルが乗った。

 そして、ミナトとジルベルトとサーニャは走り、ピッピは空を飛んでいく。


 コリンは畏れ多くて神様の背には乗れないと遠慮したが、アニエスが、

「いいから乗りなさい。人の速度で歩けば余計にタロ様に迷惑がかかります」

 といって、強引に乗せたのだ。


 もっとも、タロは、

「わふ~?」

 首をかしげて「迷惑じゃないけど?」と言っていたが、ミナトは通訳しなかった。


「わふわふ~~」

 タロは元気に走って行く。


 巨大なタロは当然、必要な運動量が多い。いつもの散歩のかわりに、勢いよく走っていく。


「は、はやいです!」

 コリンが驚き、

「タロ様はすごいでしょー」

 とアニエスがどや顔をした。


「タロ様、もう少しゆっくり頼む」

「わふ」

 ジルベルトに頼まれて、タロは速度を緩める。


 ミナトはともかく、ジルベルトとサーニャにとってタロの速さについていくのはきついのだ。


「タロ、今日は長い距離を走るから、ゆっくりね」

「わふ!」

 ミナトに言われて、タロは「わかった」と元気に返事をした。


 タロが並足でしばらく走ると、速度になれ始めたコリンが呟く。


「やっぱり、タロ神様の背に乗るなんて、畏れ多いです」

「タロは別に神様じゃないよ? 神獣だけど」


 ミナトは改めてコリンに言う。


「あ、そういえば神獣とは何か聞いてなかったです」


 前に話したときは神獣の話ではなく、預言者の話になったのだ。


「神獣は亜神のような存在。地上におけるもっとも神に近い存在ですよ」

「つまり……神様です?」

「神様じゃないよ?」

「わふわふ」

「それにタロは神獣だって隠しているから、タロ神様って呼ばれたくないんだって」

「わ、わかったです! 気を付けるです」


 それからコリンはタロのことをタロ様と呼ぶようになった。


「あ、あれが村です!」

 コリンがそう言ったのは、お昼前だった。

「僕の足だと二日かかったのに……」

「薬草を採りながら、二日なら充分速いわ」


 へこんだコリンをアニエスが慰めた。


 コボルトの村は先を尖らせた丸太で作った高さ二メートルほどの柵で囲まれていた。


 広さは直径五十メートルほど。


 柵の中に木造の家が五軒ほど並んでいて、畑と栗の木が植えてあった。

 村の出入り口は木の柵で作られた扉だ。


「静かだな。誰も外を歩いてない。一応警戒した方が良いな」


 ジルベルトが皆を見ながら言った。


「病気の人が多いから、外に出てないのは当たり前です」


 きょとんとしてコリンが首をかしげる。


「そうだな。その通りだ。だが常に警戒するのは大事なんだ」


 ジルベルトはコリンの頭を撫でた。

 ジルベルトが警戒しているのは、山賊の類いだ。


 村を訪れたとき、不自然に静かな場合、山賊などに滅ぼされている場合がある。


 それならば、ただの悲劇だが、まれに占拠されている場合がある。

 その場合は、山賊と戦闘になりうるのだ。


「看病している人も、あまり外を出歩かないのか?」

「お昼寝しているのかもです。夜に症状が重くなるのですよ」


 夜通し苦しんだ患者も、その患者を看病した者も、昼近くになってやっと眠れる。

 そういう病気らしい。


「聞いたことのない症状ですね」


 そう言いながら、タロの背から飛び降りたアニエスがミナトの耳元で囁いた。


「ミナト。……気づきましたか?」

「呪いの気配?」「わふ?」


 ミナトはアニエスにだけ聞こえるぐらい小さな声で返事した。

 タロは人よりずっと耳が良いので、離れていても返事をしてくれる。


「そうです。ごくごくわずかながら瘴気が漂ってます。ミナトはどう思いますか?」

「でも呪者はいないよ?」「わふ~」


 タロも「いない」と言っている。


「でも、瘴気はあるかも? ということは……」「わふ……」

「つまり?」

「少し前に呪者がきたのかも? はぁゃ~」


 考えながらミナトは何でも無いことのように、右手をあげると、一瞬で瘴気を払った。


「……え? って、ミナトのやることに驚いていたら身が持ちません」


 いくら薄かろうと、瘴気という物は、こんなに簡単に払えるような物ではないのだ。

 しかも村に入らずに、村を漂う瘴気を払うなど、時間をかけてもアニエスには無理だ。


「…………あっ」


 驚いた後、アニエスは嫌な可能性に気づいて、ハッとして村を見る。


「まさか!」


 訪れた呪者に村人が殺されているのではとアニエスは思ったのだ。


「だいじょうぶ。ちゃんと人はいるよ?」


 そうミナトは笑顔で言うと、

「コリン、中にはいっていい?」

「もちろんです! ついてきて欲しいです」


 コリンはタロの背から飛び降りると、

「タロ神様、背中に乗せてくれてありがとうです」

 丁寧に頭を下げた。


「わふ~」

 コリンに続いて、ヘクトルとマルセル、ピッピもタロの背から降りる。


「タロ様、ありがとうございます」「ありがとうございます」「ぴぎっ」


 コリンを見習って、ヘクトルとマルセルもいつもより丁寧に頭を下げた。

 フルフルもいつもより余分にプルプルしていた。


「わふ~」

「タロ様、それにみなさま、村に案内するです。あ、寝ている人が多いから静かにです」


 コリンは村に向かって静かに走って、木の柵で作られた扉を開いて中に入る。

 扉は内側にあるかんぬきで閉められていた。


 鍵がかかっているわけではないので、柵の間から手を入れれば簡単に外せるようだ。


「獣よけの柵ですね」


 マルセルの言葉の意味は、つまり人の侵入を防ぐ為の扉ではないと言うことだ。

 コボルトたちは、人に対しての警戒心が薄いのかも知れなかった。


 コリンはとても小さな声で、

「ただいまです。タロ様と治癒魔法を使える神官様をつれてきたですよ~」

 と囁きながら、村の中へと入っていく。


 ミナトたちも続いて中に入る。


「コリン。まず病気の人の診察をしましょう」

「ありがとうです。アニエスさん、じゃあ、この家からお願いするです」

「みんなは食事の準備でもお願いします」

「タロはここでまってて!」

「ぁぅ~」


 寝ている人を起こさないように、みんな小さな声で話している。


 そして、アニエスとミナトは、コリンの後に続いて、静かに家に入る。


 当然、タロは大きすぎるので外で待機組だ。

 ミナトにくっついて中に入るのは、ピッピとフルフルである。

 家の中に入ると、床部分が一メートルぐらい掘られていた。


 ミナトは「学校で習った竪穴式住居ってこんなのだったかも?」と思った。

 床の大部分は土が露出していて、奥に敷かれた藁の上にコボルトが横になっていた。


 横になっているコボルトは全部で五人ほどだ。

 その中の一人の元にコリンはミナトたちを連れていく。


「このばあちゃんが村長です。一番年寄りだから、一番弱っているですよ」

「……だれが年寄りじゃ」


 コリンは小さな声で話していたのに、村長はしっかり起きていた。

 村長もコリンと同じコボルトだ。寝ているので二足歩行かどうかもわからない。

 ただ、大きめの犬が仰向けに横たわっているかのように見えなくもない。


「……お客さんですな」


 村長は体を起こそうとしたので、慌ててコリンが止める。


「寝てなきゃダメです! 薬草を採ってきたし、病気を治せる神官様をつれてきたです!」

「コリン、また無理をして……無事か? 前みたいに大けがしてないか?」

「大丈夫ですよ!」


 村長はコリンの頭を優しく撫でる。

 アニエスの目から見て、村長はあまり歳を取っているようには見えなかった。


 顔が毛で覆われていて、しわが目立たないから年齢がわかりにくいのかもしれない。


「コリン、お前が何もかも背負う必要なはないのじゃぞ?」

「大丈夫です。僕は勇者ですから!」

「勇者など……。そんな役割に縛られる必要はないといっておるのじゃ」


 そう寂しそうに呟いて、村長はアニエスとミナトを見た。

 そして村長は再び体を起こそうとしたが、コリンに止められる。


「寝たままで失礼いたしますじゃ」

 と心底申し訳なさそうに言うと。


「このようなあばら屋にきていただきありがとうございます」

 丁寧にお礼を言った。


 コリンもそうだが、コボルトは礼儀正しいんだなぁとミナトは思った。

 村長のお礼を受けて、アニエスがまさに聖女のような笑顔で言う。


「いえいえ、私たちにできることがあればなんでもおっしゃってくださいね」

「ありがとうございます。ですが、我が村は貧しく神官様に払えるような……」

「お気になさらず。お礼はいただきませんから」


「いえ! そのようなわけには! 治療の対価が高額なのは田舎者である我らでも――」

「本当にお代はいただきませんから」

「ありがとうございます。その慈悲のお心は、是非村のより若い者に――」


 遠慮する村長と、治療を受けさせたいアニエスが話し合っている室内に、

「ふぅお~」

 ミナトの気の抜けた声が響いた。

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